第33話 「聖遺物と鍵」
「やあ、エッダさん。礼拝ですか?」
「司祭さま!」
黒須くんとハーディが、それぞれ信仰都市ミズヴァルの名を体現したような光景に目を奪われていると、巨大魔晶石の方から近付いて、エッダに声をかける人物があります。
ふくよかな体格を白地に金の刺繍を基調とした、豪奢ではあるが嫌味ではない程に纏められた法衣に身を包み、覇気といったものとは無縁ですが、追落ち着いた佇まいと何事にも動じないような存在感を感じさせる、そんな雰囲気を持った柔和そうな顔をしたおっさんでした。
「いえ、今はお仕事中です! こちらの冒険者さまたちを案内しているの」
そう言って隣に立つ二人を紹介するエッダ。
「こんにちは、ボクはハーディといいます。こっちは、クロノス。ほらクロノス、いい加減戻ってきなよ」
「……はっ」
少し思考が彼方へと行っていた黒須くん、ハーディの声で我に返ります。
「ご紹介しますね。こちらはこのミズヴァルでいちばん偉い『大司祭』さまだよ!」
「エッダさん、その紹介は、何とも言えないな……」
司祭と呼ばれたおっさんは苦笑しています。改めて二人に向き直り、自己紹介を始めます。
「私はミズヴァルの街で『教会』を統括しております、教皇区より派遣されましたハルヴァトと申します。まあ、街の皆さんからは『司祭』としか呼ばれておりませんので、そのようにお呼びください」
「司祭さまは司祭さまだよ!」
ミズヴァルの教会統括というと、その地位と権威はかなり高い筈ですが、偉ぶった様子は一切なく、無邪気に接しているエッダに対しても穏やかに対応をしています。権力を笠に着た生臭坊主という訳ではなさそうですね。
いきなり教会のお偉方と遭遇したハーディと黒須くん、予想外の事態にまたこそこそと顔を突き合わせて内緒話を始めます。
「……教皇区から派遣された司祭様ってことは、成程、たしかに信仰都市では一番の権力者だね」
「……それって、エレシュキンが言ってた『教会の人間』の……!」
「……そのトップだね。注意していたほうが良いかも」
早急に話を纏め終わった二人にハルヴァトが近づいてきます。
「本日からは街を上げての祭りです。どうぞ楽しんでくださいませ」
そういうと自然な感じでクロノスに手を差し出す司祭さん。気さくな感じがするのも好感触ですね。しかし、いくらエレシュキン特性のローブを着ているとはいえ、ゾンビが直接人と触れ合っても大丈夫なのでしょうか。
「え、あ、はい」
ハーディもその辺りのことに思い至りましたが、握手を求められて応えない訳にもいかず、咄嗟にその手を握り返してしまいました。
涼し気な顔を装ってはいますが、内心ばっくばくなハーディ。隣にいる黒須くんは、特に何も考えてないのか呑気な表情です。
「…………」
「…………」
「……冒険者といえば、呪いの装備やモンスターの呪詛もかなりの脅威だと聞きます、もし冒険の途中で呪いの類に掛かった場合はすぐに教会へお越しくださいね」
ハルヴァトはにっこりと微笑んで、手を離します。
「は、はい、ありがとうございます」
その後、黒須くんとも握手を交わす司祭さま。どうやらバレなかったようですね。
「そうだ司祭様。良ければ教会の教えと、この街についてのお話を聞かせていただけませんか。ボクは亜人なので恥ずかしながらあまり人族の歴史に詳しくなくて……」
「おお、そうですか! 信仰に差別はございません、人も亜人もみな平等でございます。神の門戸は万人に開かれております、興味をお持ちでしたら、ぜひ私がお聞かせ致しましょう」
急にテンションの上がる司祭さま。ハーディ的には、ちょこっとエレシュキン封印のヒントでも聞ければ、と思っただけなのですが。
「まず、この世界の成り立ちからですが――今から三千年も前、世界は邪な者たち、『魔族』によって支配されていました。人々は虐げられ、強大な力を持つ魔族の奴隷のように暮らしていたのです。それをご覧になっておりました我らが神が、天よりその御身をいくつかに分け、降臨なされたのです。それが我々の信仰しております、『英雄』でございますれば――」
急に饒舌になり語り出す司祭様。ちょっとしたトリップ状態になっているのか、相手が話を聞いているかどうかも気にしていない様子です。
「あ、いや、その……」
「あー、司祭さまの話が始まっちゃったねえ~。一度話し始めるとなかなか終わんないよ~」
「この話、『英雄の神話』だよね?」
話し続けるハルヴァトを無視して黒須くんがエッダに問います。
「そうだよ! 司祭様のおかげで、この街の人なら誰でもちゃんとした神話を語れちゃうの。もちろん、あたしも」
やれやれ、みたいに肩をすくめて笑うエッダ。その表情から察するに、ハルヴァトのご高説の餌食になった人は沢山いるみたいですね。
「そうなんだ……。ん?」
なにかに気付く黒須くん。魔晶石モニュメントの方を見ると、魔晶石があんまりなサイズだったために目に入りませんでしたが、その前に何かが突き刺さっています。
厳粛な造形をした石の台座に刺さったそれは、身の丈もあるほどの純白の大剣です。
「あの剣は……?」
「ああ、『聖遺物の大剣』でございますね?」
ハーディ相手に熱弁を奮っていたハルヴァトが黒須くんに気付いて正気を取り戻し、その疑問に応えます。
「せいいぶつ?」
こてんと首を傾げる黒須くん。彼がその『聖遺物の大剣』とやらを見て真っ先に頭に浮かんだのは、森の中にある台座に刺さっているとある勇者のソードです。
「そうですね、街と我らの教えについてお話するのには、欠かせないものでございました。あそこに鎮座されておりますのは、『聖遺物』――かつての英雄が、魔族と戦うために用いた武器でございます」
「武器、ですか」
そう言いながらハーディは大剣をつぶさに眺めます。自分の背と変わらない程の大きさ、幅刀身は自分の半身程で、その表面には何かの紋様が刻まれています。武器というよりは、儀礼用の芸術品のようにも見えます。
「ええ。この街が『信仰都市』とされておりますのも、あの『聖遺物の大剣』がここにあったから、というのが理由です。言い伝えによりますと、あの剣はあらゆる邪悪を寄せ付けず、正義を持たぬ者が振れれば瞬く間に燃え上がると言います」
黒須くんとハーディがじっと大剣を見つめます。なるほど、二人から見れば神聖な雰囲気の白き大剣も、どこか近寄りがたく、おどろおどろさすら感じます。
「よければ、もう少し近くでご覧になりませんか?」
「え!?」
その話聞いたうえだとめっちゃ怖い! と、二人のゾンビはびくつきます。
「さあ、さあ」
「あ、いやあ、その、」
「あ、あははは」
どもるハーディに、日本人らしく愛想笑いを浮かべる黒須くん。しかしハルヴァト、一歩も引きません。
「折角ミズヴァルに来たのです、その象徴ともいえる聖遺物を、是非近くで感じていって下さい。何かを感じ取るかもしれません、そうして信仰は生まれ育まれていくのです、さあ」
司祭、有無を言わせません。やっぱり二人がゾンビなことに気付いているんじゃないでしょうか。
「もう! 司祭さま、お話が長いよ!」
冷や汗だらだらなゾンビ達を救ったのは、心優しき少女でした。
エッダは司祭と二人の間に割り込むと、司祭の話と動きをストップさせます。
「二人とも! あたしが見せたい『一番きれいなもの』はこの大聖堂でも、英雄さまの剣でもないんだよ。勿論どっちも凄いんだけどね!」
「そ、そういえば、そんなこと言ってたね!」
黒須くんはこれ幸いと話に乗っかります。この機を逃せばハルヴァトを止める手段はなくなるのではないか、とそんな危機感を覚えながら。
「はやくしないと、時間になっちゃう! 司祭さま、お話はまた明日にしましょう! 二人はお祭りの間は街に滞在するらしいから!」
「そうですか……」
ちょっぴり残念そうなハルヴァト。おっさんがしゅんと凹むその姿は妙に哀愁を誘います。やはり先のゴリ押しは、信仰心からくる善意だったのでしょうか。どっちにしても迷惑千万ですが。
「それじゃあ、行ってきます!」
「あ、っと、すいません、そういうことらしいので」
常識人らしく一礼するハーディ。
「仕方ありませんね。ぜひまた起こし下さい、お待ちしております。その時はまたお話の続きをお聞かせしましょう」
ハルヴァトも無理に引き留めることはせず、穏やかに微笑みながら別れの言葉を告げました。
「はい! ありがとうございました!」
「二人とも、はやく~!」
「は、はやく行こうクロノス!」
エッダとハーディは一足早く先に行ってしまいます。
「あ、待ってよ!」
「あの剣です」
黒須くんが駆け寄ろうとした途端、横から唐突に声がしました。
「! エレシュ……」
「静かに、騒がれます」
「う、うん。あの剣って、あれが?」
「ええ、間違いなく、わたくしを封印する『鍵』に違いありません」
仮面の奥から強く、負の感情を燃やす目でエレシュキンは聖遺物の大剣を見つめます。
「今は目立ちます。皆様が集まった時、隙を見つけて、どうかあの剣から私を解き放ってくださいませ」
「えっと、わかったよ」
「では」
端的に要点だけを伝え、エレシュキンは現れた時と同じようにすっと消えました。既に背を向けていた司祭や先をゆくエッダには気付かれていないようです。それどころか、周りにいる人達は誰も、エレシュキンと黒須くんの方を見ていませんでした。
エレシュキンが何か不可思議な力でも使ったのでしょう。
「……? どうかしたのかい、クロノス?」
立ち止まったままの黒須くんにハーディが呼びかけます。
「ううん、お待たせ」
そう言いながら二人に追い付いた黒須くん。エッダもいるし、取り敢えず後で伝えようと、聖遺物の大剣のことは一度胸にしまいます。
「ところでエッダ、どこへ行くの?」
「言ってなかったですっけ? あたしの《お家》ですよ!」
そう言えばどこ向かってるんだっけ? と問いかけた黒須くんに、エッダは満面の笑みで応えるのでした。
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