第32話 「ミズヴァルの大聖堂」

 それから黒須くん、エッダ、ハーディの三人は街の中心、丘の方を目指しながらその道中でお祭りを巡りました。


 途中にあった娯楽施設が集まる場では様々なゲームで遊び、中でも射的のようなもので意外な才能を発揮した黒須くんが最高得点を叩き出したり、仮設の舞台が設置された場所でサーカスのような出しものを見てはしゃいだりして、精一杯に楽しみます。


 お昼が近づくとエッダおすすめのお店に入って美味しい食事に舌鼓をうちます。ミズヴァルに着くまで、というより地面から生えてよりまともな食事を取っていなかった黒須くんはとても嬉しそうでした。


 その後はいったお化け屋敷のような施設では、ホラーに耐性がない黒須くんが異世界製のリアルなおどかしに本気でびっくりして瘴気すら出かけたのを、ハーディがしがみついて止めたので、またエッダにいらぬ誤解を与えてしまいました。

 その後恐怖で動けなくなった黒須くんはエッダに手を引かれて脱出します。ポジションが逆ですよ、情けない。


 その後も甘味を食べ歩きしたり、管弦楽団の演奏に耳を傾けたり、街を彩る白い花を使った多彩なオブジェを眺めたり、お祭りセールをしているお店で買い物をしたりと、黒須くんとハーディはエッダの案内の元、存分にミズヴァルを堪能しました。 


 並びながら笑い合う三人は、案内人と冒険者ではなく、とても仲の良い友達同士のように見えたことでしょう。黒須くんも、心からの笑顔を見せていました。


 そろそろ夕方に差し掛かろうといった時刻になって、彼等は丘の方へと向かいます、


 丘に近づくうちに道は階段になっていき、上に行くほど建物は生活感漂う住居から、洗練された佇まいの建屋や荘厳な社のようなものに変化していきます。


「この先に、ミズヴァルの『大聖堂』があるよ!」


 黒須くんの手をひき先導するエッダは、急な坂道でも少し息が乱れる程度で元気いっぱいです。日常的に行き来しているからでしょう。もちろん、ゾンビな黒須くんとハーディは息を乱すことすらありませんが。


 こうして連れられてきたのはほぼ丘の頂上に位置するところ。岩肌が大きくえぐられてドーム状になった、広場のような場所でした。あまり人気のなかった丘地域でしたが、その場所には手狭になるほどではないにしろ、結構な人が集まっていました。


 そこにあるのは、むき出しの地面に突き刺さるようにそそり立ち、鈍く青い光を発する、人の何倍もある巨大な鉱石でした。黒須くんたちのいる場所から見ても、はっきりとその大きさが感じられます。不思議な絵か文字に見える柄が表面を飾っていて、見方によってはモニュメントや石碑のように思えます。


 その周囲にも白い花が咲き乱れ、青い鉱石を彩っていました。


 エッダはそのモニュメントに向いて片膝をつき、胸の前で指を組んで俯きました。広場には他にも同じようなポーズをしている人々が何人かいます。どうやら、これがこの世界のお祈りの仕方のようですね。二礼二拍手とかしたら怒られそうです。


「これが、この世界の教会?」


 思っていたのとは違う光景に黒須くんがちょっと驚いています。教会といえば誰しもが建物をイメージするはず。エッダも確かに『大聖堂』と言いました。しかし眼の前にあるのは開けた空間、名付けて青空教会といったところでしょうか。


「この世界? この街の《教会》は、よそとはちょっぴり違うよ。他の街ならちゃんと建物があって、でっかい神様の絵とか飾っているけど、ミズヴァルではあの《魔晶石》を神さまの依り代としているの。あんまりにも大きすぎて、ちゃんとした聖堂を建てられなかったんだって!」


 エッダの言う通り、その鉱石はかなりの高さ。更に幅も広く一から建物で覆おうとすればかなりの手間と技術を必要するでしょう。場がおあつらえ向きな構造になっていることもあって、下手に手を加えないほうが返って神聖さが増すといった感じです。


「へえー……確かに神様とか降りてきそうな感じだね……」


 黒須くんが真っ先にイメージしたのは、神社の鳥居。日本には神様に関係した建物や芸術が多いことから、それなりに感じるものがありました。


 神の代わりとなるものを象徴とし、信仰を集めるモチーフとする。どうやら、この世界でも、教会の建物は黒須くんのいた世界とそれほど変わりないようですね。


「あれは魔晶石なのかい? 魔力を込めることで空間移動なんかに使われてる《魔導石》のもとになることは知っていたけど、あんなに大きいものなんだね……」


 ハーディは信仰云々ではなく、冒険者としてその魔晶石の大きさに圧倒されていました。魔導石は値段としては高価な部類に入ります。ならその素となる魔晶石、目の前にある見上げる程大きいものでは、一体どれくらいの価値を誇るのでしょう。


 恐らく、値段が付けられないというのが正解なのでしょう。


「聖堂の魔晶石は特別なの! 世界一大きいって言われてるんだから! どうクロノス! 凄いでしょ、感想どうぞ!」


「すごく……大きいです」


 巨大で美麗な魔晶石を前に、黒須くんは圧倒されているようで、とても簡単で危ない感想しか呟くことが出来ません。


 日の光を浴びて輝く魔晶石、一心に祈りを捧げる信者。敬虔な信達が集まり心を砕くその光景は決して邪気のあるものではなく、純粋な信仰というものが、ここまで清廉な空気を生み出すものなのかと、宗教に疎いハーディも感心しています。


「祭りの間だけど、お祈りに来る人はいるんだね」


 黒須くんは周りを見渡しながら呟きます。昇ってきた方を振り返れば音楽や賑やかな喧騒が響いてきます。街全体が祭りに浮かれるその中で、この空間だけは外界から切り離されたように静かでした。


「この時間帯はお祈りをする時間帯だから、大聖堂じゃなくてもお祈りをしてる人は街の中にいると筈だよー、まあ、祭りを楽しんでいる人の方が殆どだと思うけどね」


 そうこうしていると、太陽が稜線の彼方に沈みだし、徐々に日光が橙の色を帯び始めます。日暮れの色を浴びて輝く魔晶石は、言葉に言い表せぬほど綺麗でした。


「ふわぁー………」


「綺麗だね……」


 見惚れている二人を眺めるエッダはとても満足そうでした。案内人の面目躍如といったところでしょうか。


 そんな三人に、近づく影がありました。

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