第31話 「穏やかな時間」
ミズヴァルは、荒野の岩山を削って造られた街。半分は平地部分の《市民区》、もう半分が山の片面に沿った坂部分の《教会区》となっています。下町には主に旅行者や巡礼者を迎える宿やレストランなどの商業施設、一般の住人がくらす住居がひしめき合っていました。
道は綺麗に舗装されており、建物も景観を損なわないように、派手な外見や極端に傷んだものがないように配慮されています。また『花と信仰の都』という名が付く通り、街中には白い花弁を付けた花が所せましと咲き乱れ、花壇に家の壁に屋上にと、あらゆるところにその白さを見つけることが出来ました。
仮面を付けて走る子供、元気な声で呼びこみをする出店の店員、お得意の技を披露する旅芸人。所狭しと人が往来し、人族だけでなく、エルフや獣人、様々な人種が溢れているようです。見るもの全てが目新しく、どこを見ていいのかを迷う程、お祭りは賑わっていました。
そんな美しい街並みの中を、エッダの案内で進むゾンビ一行。行程を任せた黒須くん達は、彼女おすすめのスポットを中心に街の中を回っていました。
「ここはミズヴァル大噴水! 大昔のすっごい魔術師さんが作って、丘の上のもう一つの噴水と合わせて街中に水を巡らせているの。街に咲く花たちも、この水の魔力が関係しているらしいよ。さっきの広間にあった噴水もここから水を経由してるんだ!」
まず最初に案内されたのは、とても大きな芸術品のような噴水。その周りには、ベンチや芝生があり沢山の人の憩いの場となっているようです。何人かは噴水の真ん中にある彫刻の、その天辺に位置する像が持つ盆に向かってコインを投げています。
何かの願掛けなのでしょうか、恋人の姿もちらほら見えます。
「へえー、どういう仕組みで動いてるんだろう……」
「私も詳しくは知らないんだ。魔術的な何かだって」
そこに混じって手をつないで立っている黒須くんとエッダも雰囲気でカップルに見えているのでしょうか。ハーディとトリーは揃ってコインを投げています。「よし」あ、入りましたね。「くっそ! はいんねぇ!」トリーは無理みたいですね。
「次はあれだな! 行くぞレイナ!」
「おい引っ張るな、それよりあっちだろう。美味そうな匂いがする」
食欲全開な二人は何か意気投合しながら食べ歩きを楽しんでいました。
次に進むは大道路、本来なら馬車や荷車が走る道路も今は人が自由に歩き回り、側道にあたる部分にはお店が所狭しと並んでいます。道の真ん中あたりでは人だかりが出来ており、扇情的な衣装の踊り子が華麗な舞踊を披露していました。
そんな人混みの中をすいすいと抜け、エッダは今はまだ人が少ない建物の一つに近付いていきました。はぐれそうになったクラリスをトリーが肩車というか、肩立ち担ぎしており、文字通り胴体一つが群衆から抜けたその見た目は、結構な数の視線を集めていました。
「おお〜! ゴッゾより細っちぃけど立ちやすいぞ! トリー!」
「そうかい、そりゃ光栄だよお嬢さま……」
トリーは滅茶苦茶不服そうな表情をしていましたが。
「ここは『ラルテガーヌ』、私が街で一番だと思ってる宿屋! この時期は予約も早くに埋まっちゃうから、早めにと思って案内しました! あ、でも今すぐでなくても大丈夫だよ、この辺りには宿が多いし、いいところも沢山あるから、取り敢えず紹介ってことで!」
そう言って宿屋を紹介するエッダ。三階建ての立派な建物です。それなりのお値段がしそうな感じですが、今の彼らは資金潤沢。宝石も金貨も沢山持っているので問題はありませんね。
「こういう宿屋って、初めてだから何か憧れちゃうな……」
ちょっとレトロな感じを残しながら、映画に出てくるような趣をもった異世界の宿に、黒須くんの好奇心が刺激されます。
しかしエッダの言う通り、周りに宿は沢山あり他に見るものも沢山ありそうです。一旦保留にして、再びエッダの案内で大通りを進み始めました。
「お勧めはあそこのお肉屋さんの屋台! 限定で出す揚げ物料理がとっても美味しいの! そこの建物は『グッツェ』って名前のレストラン! 見た目ボロイけど安くて美味しいよ!」
進みながら、目に付く店を紹介するエッダ。食べ物を出す店が多いようで、胃袋を刺激する様々な臭いが、あちらこちらから漂ってきます。
「こらエッダ! どこがオンボロだって!」
「あちゃ、ごめんおばちゃん! 夕食に是非って宣伝しとくからぁ!」
「ちょ、ちょっと、エッダ、ストップ、ストップ!」
紹介したレストランの店主に返事をするため足を止めた処で、黒須くんが待ったをかけました。文字通り引っ張り回されながら案内され、流石に目を回しています。
「どうしたの? あ、お腹空いた?」
「そうじゃないけど、ちょっと疲れたとういか。あと、そろそろ手を放して欲しいというか……」
ゾンビ耐久力で体力的には人間なんかと比べ物にならない黒須くんですが、女の子に引かれて街を歩くという行為は、健全な男の子にとって精神的に大変なようですね。
「手? ああ、ごめんなさい! 祭りで人が多いから、こうしておかなくちゃ迷子になっちゃうかもでしょう?」
「ま、迷子って……それならクラリスやレイナさんの方がよっぽど迷子になりそうだけど……あれ? レイナさんにクラリスは? それにトリーさんまでいないし。あれハーディ? どこ行ってたの?」
黒須くんが振り返るとさっきまでいた筈の三人の姿がありません。困惑しているといつの間にか離れていたハーディが戻ってきました。
「さっきのラルテガーヌって宿を予約してきたんだ。二人が別行動したがってたからね……僕が予約してくるって言ったら、さっさと食べ歩きしに行っちゃったよ。まあ、宿の場所は分かってるし自由行動かな……トリーが付いているから大丈夫だとは思うけど……」
「ええ~」
街に来た目的を忘れてるんじゃない……? と不安になる黒須くん。
「私が案内する街の名所よりも食べ物の方が大事なんて……色気より食い気って感じですね。確かに美味しい食べ物は多いけど」
自分の見せ場を発揮できないエッダは少し不満げです。
「まあ、とにかくそれは置いといて。エッダ、街の丘の方には、何か名所はないのかい?」
ハーディにそう言われ、エッダは顎に指を当てて考え始めました。
「うーん、丘の方か~。あっちは、『教会』に関する場所ばかりだし、祭りの間もそんなに楽しいことはしてないよ?」
「教会か……うん、気になるな。案内してくれなかい?」
教会という単語に反応したハーディ。祭りを楽しむには向いていないそこに行きたいと、エッダに告げます。
「僕は正直もう休みたいよ……」
ぼやく黒須くんに近付き、ハーディは耳元でひそひそと話しかけます。
「トリーがエレシュキンから言われてるらしい、『封印の鍵を探せ』って」
「? ここよりも、丘の上の方がその『鍵』がありそうってこと?」
「『鍵』が何かは分からないけど、エレシュキンの話からして『教会』が関係しているような気がするんだ」
至近距離で顔を突き合わせて、ちょっと伏し目がちに内緒話をする黒須くんとハーディ。美男子と男の子という組み合わせは、それだけで絵になります。そして距離の近い二人の関係を勘違いした女の子がここに一人。
「そんなに顔を近づけて……二人はそういう仲なの……? ちょっと詳しく聞きたいかな」
ちょっと頬を染めて、エッダが邪推します。純粋な黒須くんには分からなかったようですが、何かを察したハーディが、音速で黒須くんから離れます。
「何の話かなッ!? さてエッダ。丘の方を案内してくれないかな、折角だし見ておきたいんだ!」
誤魔化すように声が上擦って大きくなるハーディ。急に距離を取られた黒須くんが、ちょっと悲しそうな表情をしています。更に妄想が加速しそうなシチュエーションに、エッダは好奇心が揺さぶられますが、そこは仕事人、ぐっと抑えて職務に戻ります。
「教会の方を案内するのは別に構わないけれど……そうだ! じゃあ、私の家にも案内させて! この街で、一番綺麗なものを見せてあげる!」
手を叩いてエッダは表情を輝かせます。何かよっぽど見せたいものに思い至ったようですね。
「一番綺麗なもの……?」
漠然とした言葉に黒須くんは首を傾げます。
「よし、そうと決まれば出発だよ! 丘の方に向かうついでに途中に、楽しいところにも案内するね! あんまり早く着いても意味ないし!」
「わっ! だから、手!」
言うが早いか、エッダはまたもや黒須くんの手を引っ張って歩き出しました。
屈託なく笑いながら黒須くんの手を握るエッダに、顔を赤くしながらも嬉しそうな、くすぐったい笑顔をした黒須くん。何とも初々しい、見ているほうが微笑ましくなるような絵です。
ハーディもちょっと羨ましそうな感じで、そんな二人の様子を眺めていました。
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