第30話 「祭りと少女」
「おい、クロ、どこに行こうか!? アタシ、街の祭りなんて初めてなんだ! どうすれば良い!?」
完全に浮足立った様子のクラリスが、左右にステップを踏み踏みしながら色々な店を品定めしています。食べ物も、飲み物も、娯楽も、ここには大量にあります。寂れた荒野とは違って活気に溢れたこの場所で、興奮を抑えられないみたいですね。
「まずは落ち着いて、クラリス! さっきの人が、広場に行けって言ってたでしょ?」
「そうか、広場だな! うお! あの雲みたいなふわふわの甘そうなやつはなんだ!? 食べられるのか!?」
お菓子を出している屋台にダッシュするクラリス。同じくらいの年頃の子供が沢山集まっています。
「わ、綿菓子みたいだけど……って、だから広場に……あ、でも美味しそう……」
黒須くんも何とか、クラリスを制御しようとしていますが、彼もまた祭りに興味津々なようで、あまりストッパーの役目を果たせていません。
他の屋台もたくさんありますね。絶対に当たりが入っていないくじ引き屋とかあるんでしょうか。
「先行き不安になってきたぜ……おいハーディ、広場ってどの辺だ?」
二人の動向を見守るトリーが、地図を持っているハーディに訪ねます。
「うーん? 一応広場はもうすぐのとこまで来てるみたいだけど……うん? あれじゃないかな」
地図を広げて確認するハーディが指差した方には、一際開けた空間と噴水が見えました。人の集まりや露店も多いようです。
ちょっと目を離すとどこかに行ってしまうクラリスを引っ張って五人は目的の広場に辿り着きました。
「たしかここに案内人とやらがいるってことだけど」
「こんだけ人がいたらどれが誰だか分かんねえよなあ……なんか案内人って分かる目印でもありゃ話は別だけどよ」
辺りを見回して、一応案内人を探してみるハーディとトリー。けれども道ゆく人が皆仮面を付けている為、あまり違いが分かりません。
「もぐもぐもぐもぐ」
「はぐはぐはぐはぐ」
そして女性陣は両手に持った露店の食べ物を食べるのに夢中。現状役立たずです。
「二人ともいつの間にそんなに買ったの……」
そう言う黒須くんの右手にも、綿菓子のようなお菓子が握られています。お金など持っていないので、クラリスに買ってもらったものでした。年下の女の子に奢られる黒須くん、甲斐性ゼロです。さすが主人公。
そんな人混みの中で見つからない人探しをするゾンビ一行に、すっと近づく人影がありました。
「ようこそ! 花と信仰の街ミズヴァルへ!」
大きな仮面に、上半身をすっぽり覆うポンチョのような民族衣装を着た人物が、先頭にいたハーディに声を掛けました。声の高さと体格、手足の細さを見ると少女のようです。
「あなたたち、旅の冒険者さん?」
「あ、ああ、そうだけど。君が、えっと、その、君は……?」
いきなり声を掛けられたハーディが、きょどりながら応えます。他のものより一回り大きい仮面は結構迫力がありますが、それ以上に一目で冒険者と当てられたことに驚いているようです。
「えへ、驚かせちゃいました? このお面、自作なんですよ!」
仮面を外すと、その下から出てきたのは黒く長い髪をおさげにした、碧眼が目立つ褐色の少女の顔。年は十四くらいでしょうか。にこにこと年相応の可愛らしい笑顔を浮かべています。
笑顔というには好戦的な色が強いクラリスや、そもそも現状笑ったところを見せたことがないレイナやエレシュキンを見てきた黒須くんにとって、その邪気の無い笑顔はとても惹かれるものがありました。
ちょっと頬を染めています。初々しいですね。
「改めてようこそ、冒険者さん! あたしは街の案内人を務めています、エッダと申します! よろしければ私が街の名所と、祭りの見どころを案内いたしましょうか? 料金と内容はこんな感じですよ?」
そう言って一枚の紙をハーディに渡すエッダと名乗った少女。そこには依頼する際の値段と、エッダが案内できる事柄が大雑把に書かれていました。下の右隅にはミズヴァル公認である事を示す押印があります。
「……うん。僕らが滞在するのは祭りが終わるまでだし、これくらいでいいんじゃないかな、トリーどう?」
「いいんじゃねえかな。隅々まで回ってる暇はねえし、人数も多くねえし」
ハーディとトリーで確認します。黒須くんは文字が読めませんし、後の二人は食べ物に夢中。といっても大して重要な決め事でもありませんので、二人はさっと決定したようです。
「じゃあ、お願いしてもいいかな。代金は前払いだよね。五人分でっと……」
懐から、ダンジョンで獲得した貨幣を渡すハーディ。ちょっと色を付けることも忘れません。
お金を受け取ったエッダは簡単な契約書のようなものをハーディに返しながら五人の顔を見渡します。
「はい! ご指名ありがとうございます! じゃあ、えっと、まずはお名前を教えて頂いてもよろしいですか? あ、私はエッダといいます! ってさっき言いましたっけ?」
「よろしく、エッダさん。ボクはハーディ」
ハーディはエッダの様子に笑いながら、爽やかに挨拶を返します。流石イケメン担当。
「トリーだ。よろしくな」
「僕はクロノスです。それで、えーと」
「あふぁいのふぉふぉふぁ、ふぉんっへふぉひは!」
「はぐはぐはぐはぐ」
まともに自己紹介出来ない二人に変わって、黒須くんが紹介します。
「……食べながら話している方がクラリスで、食べ続けている方が、レイナさん……」
黒須くんのレイナを見る目が、少し残念な人を見る感じに変わっていました。
「うふふ、楽しそうな冒険者さんたちですね! クラリスちゃんと、レイナさんですね」
「んぐっ…………アタイのことは
「ドンちゃんね! よろしく!」
「『ちゃん』はいらねぇ!!」
少ししゃがんで目線を合わせて挨拶するエッダに、胸を張りながら威厳を見せようとするクラリス。しかしここでのクラリスはエッダに取って可愛い年下の少女でしかありません。首領という言葉伝わらず、ペットのような相性で呼ばれてしまいました。
「えへへ、私、普段から街に来ていただいた旅の方の案内をさせてもらってるんですよ。この街については誰よりも詳しい自信があります! それに今日は四年に一度のお祭り、心ゆくまで楽しんでいってくださいね、面白くて可愛い冒険者さんたち!」
どうやらエッダに一風変わった冒険者と認識されたようでした。あながち間違いでもないのが恐ろしいところです。
「うん、お願いします、エッダさん……というか、僕らが冒険者だって良く分かったね。この人混みの中で」
感心した様子の黒須くん。
「普段から、見分けるの慣れてるっていうのもあるんですけど、皆さんはお面の下が共通のローブで、その下から武器とか防具とか覗いていたから非常に分かりやすかったんですよ。外の人の、ちょっと変わった空気とかもありますし!」
そう言われて、黒須くんは自分達の格好を見なおします。確かに、明らかに外から来ましたと言わんばかりの格好。案内人で慣れているという彼女でなくても、旅人であることは一目瞭然でしょう。何とも灯台下暗しな事実に、ちょっと照れ笑いしています。
その後ろでトリーとハーディは、少し強張った表情をしていました。ちょっと変わった空気と言われて、自分達の異形の雰囲気が漏れているのではと危惧したのです。どうやら杞憂だったようですが。
「それじゃあ、案内しますね! まずはこっちです!」
そう言ってエッダは黒須くんの手を取って歩き出しました。初対面の女の子に手を握られて、黒須くんはその積極性に照れています。初心ですね。
その後ろを着いていくゾンビ四人。
「……なあハーディ、『かわいい』って俺らも入ってんのかな」
「いや、さすがにそれはないと思うけど……」
「……ふん、何を言っている。子供たちのことだろう。おい、次はあれを食べるぞ」
「おお、美味そうだな! アタシも食べる!」
((子供と、あんたのことだと思う……))
さっきの黒須くんとエッダのやり取りにも一切危機感を感じなかった二人を、半眼で見つめるトリーとハーディでした。
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