第29話 「信仰都市ミズヴァル」
『花と信仰の都ミズヴァル』は、西の大国の首都、王都から遠く離れた辺境にありました。住民は皆、神と教会を信望する敬虔な信徒たち。それを表すかのように、禁欲的で清廉な造りをした街並みが、季節を問わず咲く白い花に彩られた信仰都市です。
普段は大した娯楽もなく、旅人を楽しませる施設もないので、冒険者にとってはただの中継地点であるという、面白みも何もないクソ真面目で単調な街なのですが……。
「う、うわあ……!」
「お、おお、ぉぉおおお!」
黒須くんとクラリスの子供コンビが目をまん丸にして感嘆する前では、盛大なお祭りが繰り広げられていました。
清純な白色の花を散りばめたドレスのような民族衣装に身を包み、ダンスを踊る少女たち。大きいのや小さいの、不思議な形の弦楽器を陽気に奏でる紳士たち。大道芸人たちは道のあちこちでパフォーマンスを披露し、それを酒の肴に拍手喝采の老若男女。街中が華やぎ、誰も彼もが特徴的な仮面を着けて、飲めや歌えやの大騒ぎです。
「ふわ、ほああ~!」
「ほおぁ、ほおおおお!」
「いや二人とも、興奮するのは分かるけど早く街に入りなよ……」
ハーディが苦笑しながら促します。
黒須くん達がいるのは、街を囲む堀を越えた外壁、そこに開けられた街の入り口でした。
「いやあ冒険者の方々、良い時に来ましたね! 今日は4年に一度の祭りの日、英雄の降臨を祝う『誕花祭』の初日なんですよ。これから三日三晩は、街を上げての大宴会だ! 存分に楽しんでくださいね!」
にこやかに告げるのはこの入り口の門番。街への入出者を管理している人です。黒須くんたち一行は、ダンジョンを巡る冒険の途中で街に立ち寄った冒険者チーム、という設定で割とすんなり関所を通れちゃいました。管理人さんも完全に赤ら顔で酔っ払っていますし、お祭り中だったのが幸いでしたね。
「そうだそうだ、冒険者さんも、街に入るのならこれ、どうぞ!」
台帳への記入もおざなりに、管理人さんが手渡したのは人数分の仮面。街の人々が着けているのと似たものです。それぞれデザインが違い、似ていながら微妙に造形が違うと結構凝ったものになっています。
「俺たち人が遊び呆けていたら神さまに申し訳がたたないですからねぇ! 祭りの間は、仮面を着けて誤魔化すんですよ。その仮面を着けて、街の中心の広場に行けば案内人がおりますんで、頼めば街を案内してくれるはずです。それじゃあ改めまして、冒険者さま方、ようこそ『花と信仰のミズヴァル』へ!」
へぇー、とそれぞれ仮面を手に取って眺める一行。場所によっては普通に商品として売ってそうな出来栄えです。
「あ、ありがとうございます!」
人の良さそうな門番にお礼を言い、黒須くん達はミズヴァルに足を踏み入れました。途端、熱気と喧騒が彼等を包みます。
「はやく! はやくはやく!」
仮面を付けたクラリスが早くも駆け出そうとしていました。慌てて引っ掴んで止めるハーディ。今この場にゴッゾはいないので、誰かがストッパーにならないといけないのです。
「待ちなさいクラリス! 急に離れちゃいけません!」
「ったく、さっきまであんなに駄々こねてたくせによお、子供ってのは現金なもんだぜ。なあ紅蓮」
「…………くだらん」
「あれもう仮面つけてる!?」
トリーが話を振れば、そこには早速仮面を装着しているレイナが。きょろきょろとお上りさんのように顔があっちこっちに向いています。視線をさ迷わせたまま、クラリスと黒須くんを追いかけるハーディの後ろを歩いていきました。
レイナとクラリスは、顔に黒須くんがつけた目立つ傷がありますからね。仮面を着けていれば、それも隠れてちょうど良いのでしょう。単純にお祭りに浮かれているだけの気もしますが。
仮面を付けた彼等を、警戒する人はどこにもいません。エレシュキンのローブの効果は大体数の中でも大丈夫なようです。
ミズヴァルに入ったのは黒須くん、レイナ、ハーディ、トリー、クラリスの五人だけでした。その他のゾンビたちは、ある理由から街より離れた場所に待機せざるをえませんでした。
「すみません、わたくしの力が及ばないばかりに」
一番後方になったトリーの真横に、突然現れるエレシュキン。彼女もいつもの黒い衣装に仮面を着けてお祭りスタイルです。トリーはさして驚いた様子もなく、
「結界、ねえ……」
外壁の上、その上空を見上げるようにしてぼやきました。ミズヴァルに入る前のちょっとした一悶着を思い返しながら。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「結界!? なんだよそれ、なんでこいつらを連れていけねえんだ!」
クラリスがエレシュキンに詰め寄りました。突如告げられた事実に、動転しています。人一倍仲間意識の強い彼女に取って、一味の盗賊達と離れるのは辛いことなのでしょう。
「今、あの街は祭りの最中なのです。それも人にとっての神と英雄を祝う祭り。そのエネルギーは、『死の祝福』と対極に位置するもの。勇者様や、勇者様から直接力を授かった方には無視できる程度のものですが、それより下の『屍者』にとっては、やがて自我を保つことすら難しいほどの影響を受けるでしょう」
「そ、そんなことが……?」
直ぐに納得は出来ない様子のハーディですが、全く体力を消耗していない自分と、疲弊しきった様子のデューカ達を見て、確かに何らかの力が作用しているのだと察します。
ところで何故真っ先にデューカを見たのでしょうか。このこの、ヒュー、ヒュー。
「『死の祝福』はあくまで勇者様が授かったもの。勇者様から遠ければ遠いほど、その差は歴然としてしまうのです――わたくしには、どうすることもできません」
目をつむって首を振るエレシュキン。
「なら、祭りが終わってから行けばいいだろう」
祭りの間に結界があるなら、結界が無くなるまで待てばいい。至極当然のことをレイナが提案します。しかしエレシュキンがそれを言わないということは、何か理由があるということ。
「それは、」
「祭りが終われば、なにか、不都合があるんじゃな……?」
苦しそうなボーゼがうなだれながら、その可能性を示唆します。
「ええ、ドワーフの冒険者。あの街は『信仰都市』、我々魔族や勇者様のような存在を、否定する聖域。普段でしたら、街に入ろうとする冒険者は厳しく監視され、むやみに動くことは難しいでしょう。特に『教会』の人間にこの数の『屍者』を隠しきるのは到底不可能です。しかし、この騒ぎの最中でしたら、結界もあり監視の目も緩みます。侵入するなら、今、祭りの騒ぎに乗じるのが一番なのです」
「け、けどよぉ!」
それでも納得できないクラリスが食い下がろうとします。ですが、ゴッゾがそれを遮って止めます。
「……構いませんよ、首領。今は為すべきことを為す方が先決のようです」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
トリーが一番思い出すのは、五人で街に入ることを決めた後の事。
「……喚き散らして暴れるクラリスの嬢ちゃんをなだめるのは大変だったし、自然とついて来ようとするゴンちゃんを説得するのも二倍大変だったなあ……」
若干遠い目になるトリー。この中では一番の常識人かもしれない彼の肩には、責任感という言葉が圧し掛かっています。
「ええ。とにかく今日はまず、街の偵察をお願いします。この街のどこかに、わたくしを封じる『鍵』があるはずなのです。わたくしも、良い感じのところで良い感じに登場していきますので。では、良い感じによろしくお願い申し上げます」
現れた時と同じように、忽然と姿を消すエレシュキン。彼女と会話をしたのはトリーだけで、何とも適当な感じに、脱力感がぬぐえません。
「はぁ……まあいいか、ローブも効果を発揮してるみたいだし、とりあえずは楽しみますか! 待てよハーディ、クロノス! あれ、ていうか紅蓮、もう買い食いしてんの!?」
「……くふぁらん」
人数は少し減りましたが、騒がしさは左程変わらず。ゾンビ達は、ひいては黒須くんは、異世界に来て初めての街、ミズヴァルを楽しみ始めるのでした。
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