第28話 「エレシュキンはかく語れり」
エレシュキンは感情のない声色で、淡々とした怒りを口にします。
「確かに魔族と呼ばれ、この世界を支配していたのは我々です。しかし、わたくし達は人間を滅ぼそうとも、何かを奪おうともしていなかった」
ただ、彼女から発せられる空気が、存在感が、そこにいるという圧力が、何倍にも膨れ上がったようにして、空間そのものが歪んだと錯覚するほどの感覚を彼等に与えます。
「奴らは、英雄どもは、我々の力を奪い、利用し、それを神の力と偽った。その上奴らは我々をただ滅ぼすのではなく、ダンジョンなどというふざけた器に封じ、まるで家畜のごとく、永遠に我々から力を奪い続けようとさえした」
その眼には見えないが、確かに感じる変化に、黒須くん達は冷や汗が滂沱として止まりません。好戦的なレイナですら、槍を抜くことすら出来ずに表情が固まっています。
「英雄も、冒険者も、人間共も皆――ただの略奪者でしかないではないか」
彼女は魔力も、瘴気も発することなく、その憤怒、憎悪の感情だけで、その場の全員を凍り付かせてしまいました。
ですが、すぐにその空気は霧散します。
「すみません。少し、感情的になってしまいました」
ぺこりと頭を下げたエレシュキン。ぼそぼそと「少し……?」「死ぬかと思ったぜ……」「幼女こええ……」といった声が聞こえてきます。
「……い、今の話は、本当なの?」
エレシュキンの感情に当てられながらも、黒須くんは事実を知ろうと問いかけます。彼はまだ、この世界の事を知らないのですから。
「わたくしにとっては、それが真実です。冒険者の方々も、どうぞお気になさらないで下さい。今のあなた方は祝福を受けし者ですし、わたくしは今さら人間に復讐しようなどという気はありません」
「で、でも」
「とにかく」
エレシュキンは話を続けます。まるで先ほど滲み出た感情など無かったかのように。
「とにかく、我々にとっての『神話』は、冒険者の方々にとっての神話と異なっているのです。我々に伝えられている神話はただ一つ。『地の底より勇者来たれり、彼の者、世界をあるべき姿に戻さん』、ただこれだけなのです」
「じゃあ、その、勇者っていうのがクロノスなのか?」
黒須くんに肩をかけがらトリーが確認をとります。
「間違いありません。最初に出会ったエルフの冒険者、あなたは見ているはずです、勇者様が地の底より誕生するその瞬間を」
そう言われて黒須くんとの出会いを思い返すハーディ。ちょっとしたトラウマとなっているのですが、確かにエレシュキンの言った光景を、彼は見ています。
「確かに、クロノスはあの『墓場』の地面から生えてきたけど」
「で、でも、僕はそんな、勇者とか、この世界の事とか何にも知らないんだよ……?」
結構な情報を与えられて黒須くんはちょっとパニック状態です。
「混乱されるのもわかります。ですが、我々の魔力の源である瘴気を操り、他の者を従え仲間を増やす能力。まぎれもなく、それは神があなたに与えし祝福――『死の祝福』に相違ありません」
「死の祝福……ダンジョンでも言っていたけど、この力は、そう呼ばれていたんだね」
改めて自分の力を知った黒須くん。ちょっと格好いいその名前に、彼の中の男の子の部分がわくわくしています。
「ええ、
「お前がつけたんかい!」
トリーがお手本のような突っ込みを入れました。彼もまた男の子の心を忘れていない冒険者。何ともがっかりな真実に、そうせざるを得なかったのです。
「ちなみに『死の祝福』を授かった方は二重カッコつきで『屍者』と呼びます」
「二重カッコってなんのことだよ……」
そろそろ自重しましょうかエレシュキン。今は真面目な話をしているのですから。
「どうか勇者クロノスさま、『死の祝福』によって、我々、魔族をお救い下さい!」
「…………そんなことは、どうでもいい」
剣呑な雰囲気で押し黙っていたレイナさんが、剣呑なまま、それこそ剣でも無理やり飲み込ませそうな声をあげました。
「貴様が何者だろうが、過去に何があろうが、クロノスが何者だろうが、どうだっていい。重要なのは、知りたいことはただ一点だ。わたしたちが元に戻る方法は、あるのか?」
なかったら殺す、って顔に書いていますね。殺気全開、怒気全開、もう少し穏便にいきましょうと言いたいところですが、彼女達の事情を鑑みれば、そう悠長なことも言っていられないのでしょう。
「心配には及びません」
エレシュキンはレイナの憂いに対して問題は無いと断言してみせました。
「なぜ断言できる?」
「そうだな、てめーらの伝説じゃ、勇者が来るとしか伝えられてねえんだろ? 世界を戻す力かなんか知らねーけど、俺らが人間に戻る保証はねえじゃねえか」
トリーが疑い深く返事をします。
「おっしゃる通り、伝承に記述はありません。しかし、皆さまが授けられた『死の祝福』はあくでも『世界をあるべき姿』に戻す力。あるべき姿とは、我々と皆さまが、魔族と人類が共に生きる世界なのです」
「じゃあ、君たちダンジョンを……魔族を元に戻せば、僕も、みんなも人に戻れるってこと?」
「そうすれば、本来異世界の住人である勇者さまも、全てを成した後元の世界へとお帰りいただけるでしょう。そのためにも、まずはあのミズヴァルに封印された、わたくしの本体を解放していただきたいのです」
慇懃に首を垂れるエレシュキン。話を聞いた一同が顔を見合わせます。
「なんともなあ。まあ、実際にその『シのシュクフク』があるのかどうかは、身を持って知っちまってるから、アイツの言うことが全部嘘ってこともねえんだろうけど、全部を信じる訳にもいかねえしな」
決め手にかけるといった表情のトリー。変わってしまった自分の右手を見ながら、悩まし気な表情を見せています。
「僕が亜人だからかも知れないけど、英雄の伝説は人にとって都合が良過ぎると感じてた……けどこの話も都合が良過ぎる気もするなあ。クロノスはどう思う?」
「う、ううん……」
何とも言えない表情の黒須くん。まだこの世界に来たばかりの彼に、判断しろといっても酷な話でしょう。しかし決断しなければ話は進みません。
「今はそれしか方法がないなら、そうするべきだろう。もし封印を解いた途端に暴れだしたなら、その時は改めて引導を渡してやればいい」
何とも行き当たりばったりな作戦ですが、次に取るべき行動が、エレシュキンの示唆した道しかない以上、それが一番の案なのでしょう。そう判断した仲間達もエレナに追随します。
「そういうことだ、さっさとミズヴァルに行くぞ、死霊妃。お前の本体とやらに案内しろ」
「ええ、そうしたいのはやまやまなのですが――」
エレシュキンが首を傾げて、レイナの後方を見やります。
そこではボーゼ、デューカ、ゴッゾ、盗賊一同が疲れ切った様子で地面にへたり込んでいました。何人かは苦しそうに呻いています。ついでにゴンちゃんも。
そして地面に下ろされたクラリスが別の意味で呻いていました。
「むぐむぐむぐむぐむぐぐぐぐぐ!」
「? まだむぐむぐしてたの、クラリス」
必死に黒須くんの服を引っ張り、自分の口を指差して何とかしろとアピールしています。
「忘れてました。ってい」
エレシュキンが指をふいっとすると、クラリスの口が解放されました。
「むぐっ……っぷは! さっさと気づけお馬鹿クロノス! バカノス! こいつらなんだかオカシイんだよ! ずっと苦しそうだし……!」
ゴッゾや他の仲間を見て心配そうに、気が気でない様子のクラリス。
「恐らく、街に張られた結界の影響でしょう」
「結界? な、なんだよそれ」
「説明は致します。ただ簡潔に言うと―――今街に入ることが出来るのは、勇者様と、勇者より直接に祝福を受けた屍人だけなのです」
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