第三章・前 カーニバル!

第27話 「幼女、再び」

 宴から一夜明け、クラリスとゴッゾ、それとモブを数十人追加して、荒野を抜け歩を進める黒須くん一同。その人数が集まっているというだけでも結構目を引くものですが、それよりもペットというにはデカすぎる何かが傍らをのっしのっしと並行しているのが何よりシュールです。


 奇跡的にまだ他の冒険者や行商人などとは出会っていないことから、その絵面のシュールさを自覚していないようですが、彼等は自分達が人ではない化け物で、そばにいるのが怪獣とよんでいいレベルの生き物だということを分かっているのでしょうか。


 そんな珍パーティが目指しているのは、ダンジョン内でエレシュキンの本体と名乗る幼女に示された街、『ミズヴァル』。一応の目的地であった大岩も抜け、街までの距離はもう少しといったところです。


 まだ日は昇り切っておらず、日本時間で十時ごろといった感じでしょうか。


 やがて、彼等の前方に、広く小高い丘が見えてきました。


「あれ、あの丘って……?」


真っ先に気付いたハーディが指差す方向、丘の向こうには建物の影も見えます。


「間違いねえ、ミズヴァルだ! なあ、ボーゼのじいさん!」


トリーが喜びながら、一番の博識であるボーゼに確認を求めました。ようやくまともな食事と寝床にありつけそうだと、喜色満面です。


「ん……? ああ、そうじゃな」


しかし話を振られたボーゼはどこか疲れた表情を見せ、足取りも重く元気がありません。


「なんだ? いつもなら率先して引っ張ってくのに、そろそろ年か?」


「そんな年は取っとらんわい……。いやのお、妙に体が重くて重くて……」


 一旦立ち止まり、身体をほぐすボーゼ。疲れた様子を見せるのは彼だけではありません。周りの数人も、気だるげな様子が隠せていません。デューカもその内の一人です。


「私も……何かだるいわ……」


「年か? ぶべっ!」


マナーとデリカシーのないトリーがデューカの拳によって吹っ飛んでいきました。殴る元気はあるようですが、確かに顔色も悪く、声にいつものハリが出ていません。


「大丈夫ですか? 皆、なんだか元気がないように見えるよ」


「アタシの可愛い兄弟達も元気がねえみたいだ、どうしたお前らぁ!」


 長い距離を歩いた疲れはあるようですが、まだまだ元気な様子の黒須くんとクラリス。

 二人より遥かに体力のある筈の大人が、何故か疲れ切りへたっています。


「申し訳ありません首領……これはどうしたことか……」


「ううー……しんどいっすわ~」


「? なんだか、妙だな……」


 元気なのは黒須くん、ハーディ、レイナ、トリー、クラリスの五人で、それ以外はもれなく、明らかに体力の消耗だけとは思えない虚脱感に身を包まれていました。


 一旦立ち止まり、腰を落ち着けて休息をとりながら、不可思議な疲れに首をひねるゾンビ一行。


 そこに、突如現れる来訪者。彼女は何の前触れもなく、一切の気配も感じさせず、影のようにそこに現れました。


「ブンブンハロー勇者一行~。ドーモー、エレシュキンでーす。はいッ、え~そういうことでねっ、始まりましたっ、エレシュキンTV~、いえーい」


「えっ、え、なに、なに!? うわあ!」


 いきなり後ろから、世界観ぶち壊しの台詞を投げかけられた黒須くん、びっくりして後ろを振り変えると、そこには真っ黒なサングラスをかけた、幼女エレシュキンが立っていました。サングラス以外は、ダンジョンの中で出会った時と何も変わっていません。


「ごめんなさい。初登場がぽっと出だった上に再登場までに無駄に章を挟んだせいで、変な電波を受信してキャラクターを見失っておりました」


 メタいメタいメタい。ちょっとちょっと。黒須くん以外の人達も全員唖然としているじゃないですか。


「キャラクター……?」


 首を傾げる黒須くんをよそに、死霊妃エレシュキンはサングラスを外して放り投げます。ちなみに、ずっと無表情。


「改めまして、よくぞいらっしゃいました、勇者様。私からの『ぷれぜんと』はお喜びいただけたでしょうか?」


 黒須くん達が纏う外套や袋に入った宝石を見て微笑むエレシュキン。


「プレゼントって、……やっぱりこの報酬は、君からのものだったんだな」


 訝しむように疑いを確信に変えるハーディ。


「明らかに桁違いの量だったしな……このヘンテコな効果のローブもよお」


「喜んでいただけたようでなによりです。おや、ところで、どうやらお仲間が増えているようですね。特に、そこの子供。あなたも勇者様の祝福を受けましたか」


「ふぇ!?」


 突然現れた金髪ゴスロリ幼女に面食らってぼけっとしていたクラリス、突然の指名に驚き声をあげました。


「だだ、誰が子供だこら! てめぇだって子供じゃんかよ! いいかい、アタシは『トラソル一味』の大頭、首領ドン・クラリスだ! アタシのことは首領ドンって呼むぐっ!!」

「うるさいのです」


 エレシュキンが指を向けると、クラリスの口は真一文字に結ばれ、むぐむぐと呻く声しか出せなくなりました。


「むぐぅ! むぐむぐむっぐ! むぐー!」


 言葉を発せないその様子は、魔女に呪いをかけられた幸薄そうな少女のように見えなくもありません。苛立ちと敵愾心を、全身のボディーランゲージによって表現するクラリスを、疲れた顔のゴッゾが優しく諌めます。駄々をこねる子供をあやす父親の図ですね、完全に。


「順調にお仲間を増やしているようで、何よりでございます、勇者様」


「……。……その、君が現れたってことは、話して貰えるのかな。僕のこの力と、この世界のことについて」


 一旦むぐむぐちゃん、もといクラリスちゃんの方を見た黒須くんですが、取り敢えず本題を進めようとその光景を無視してエレシュキンに向き直りました。

 ゴッゾ以外の仲間も、ここは黒須くんに任せて見守る様子です。


「ええ、そのつもりで御座います。まずは、勇者様にこの世界について説明しなければなりませんね。冒険者の方なら、『神話』についてはご存知の筈でしょう?」


 そういってエレシュキンは、黒須くん以外の顔ぶれを見渡します。


 真っ先に反応したのは意外にもレイナでした。

 その後ろでは胴を掴まれてゴッゾに宙に持ちあげられて高い高いされているクラリスが、じたばたしています。ちょっと楽しそう。


「……英雄の神話のことか」


「英雄の神話?」


 オウム返しに疑問を浮かべる黒須くん。どうやら分かっていないのは彼だけで、他の仲間達、この世界の住人にとっては周知の事実のようですね。クラリスもゴッゾの小脇に荷物のように抱えられて、むぐむぐしながら納得顔です。


「……かつて、『魔族』と呼ばれる者たちが世界を支配していた。その魔族を、神から力を授かった英雄たちが封印し、その残り滓が、今のダンジョンとなった。これが、英雄の神話と呼ばれるものだ。割愛しているがな」

 

「ボクも小さなころから聞いていたよ。ダンジョンの攻略は、魔族に奪われたものを少しずつ取り返すためのものだって」


 レイナがざっくりと説明し、ハーディが感想を述べます。二人の方を向いていた黒須くんが、エレシュキンの方へ顔を戻そうとしたその瞬間。


 ぐらり、と空間が揺らぎます。見ている景色も、触れる大気も、全てが軋んだように、物理的に歪んだようにして彼等の五感に突き刺さります。


「全くもってふざけるな」


 エレシュキンは大声を出したわけでもなく、激情を見せた訳でもなく、極めて色の消えた表情で平坦な声のままでした。

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