第25話 「優しい捕食」


「クロノス!」


 ハーディが駆け出そうとしました。


「おっと! 動くんじゃないよ!」

 

 意識を失って動かない黒須くんを跪かせ、変貌したクラリスはその頭部に銃を突きつけて盾にします。彼女から見ればか弱く戦う力のない黒須くんは、格好の人質でしょう。


「下手な真似すると、こいつの頭が吹き飛ぶぜ?!」


「くそっ……!」


「そうだそうだ!」


「大人しといた方が身のためだぜ!」


 がやを飛ばす一味の皆さん。うるさいです。


「やはり敵だったか、キサマ……!」


 ゴンちゃんにノされていたレイナが岩から這い出て、悔しそうに歯噛みします。


「俺様のことは首領ドンって呼びな、『レ・イ・ナさ・ん』? なんてなぁ!

はぁ〜、やっとまどろっこしぃ話し方から解放されて、すっきりですの!」


「首領、首領! 微妙に治っていませんぜ!」


「やかましいですの!」


 首領の一撃によって地に沈む盗賊の一人。その間に、レイナの元へボーゼとトリー達が集います。


「一体どういうことなの、ボーゼ、レイナ!」


「ええい、面倒な。見ての通りあの娘が奴らの頭らしいわい。それを隠して紅蓮とクロノスに近づき、あのモンスターに追わせてハーディとデューカを誘導し、丁度儂等が合流しようとしていた地点の前辺りで引き合わせ、クロノスを人質に取る算段、という訳じゃ。適当に大雑把に説明してこんなもんじゃ!」


「くっそ、早く何とかしろよ! へっぽこ盗賊とその幹部!」


 トリーが焦った様にゴッゾに呼びかけます。


「まさか首領の思い付きの作戦がここで上手くいくとは……首領! その子を開放するんです! 我等に勝ち目はありません!」


 一歩前に出て、燦々と輝く日光を浴びながら、クラリスを説得しようと試みるゴッゾ。しかし、それをしようとする前に、もっとするべきことがあるんじゃないでしょうか。


「ああん!? 手前ゴッゾ、寝返りやがったのっ、きゃああああ! 何でパンツ一丁なんだよてめえはあ!?」


 勇ましく語り掛けるゴッゾを見て、クラリスが顔を真っ赤にして叫びます。その声でゴッゾは、はっと自分の姿を見下ろしました。そう、未だ彼は服を着ておらず、その身を隠すはパンツ一枚だったのです。


「首領が女の子らしい叫び声を!」


「ばっか、首領は意外と初心なんだよ!」


「やかましいわ!」


 仲間に向かって躊躇なく発砲するクラリス。わーぎゃーと場が騒がしくなります。


「もう! なんで役に立たない変態連れてくんのよ! っていうかアンタ等は早く服着なさい! ハーディ! 布でもなんでもいいから出して!」


「いや、私は好きで脱いでいる訳では!」


「パンツ履いてんだからいいじゃねえか、生娘って年でもねえだろうにへぶっ!」


「……今のはトリーさんが悪いと思いますよ」


 少しは黒須くんの心配してあげましょうよ皆さん。


 皆が好きなようにどんちゃん騒ぎしている中、紅蓮の騎士が赤い閃光のように駆け出しました。通常の三倍の速さくらいありそうです。


「――ッ!」


「隙を突こうったってそうはいかないねえ!」


 しこたま撃ってスッキリしたクラリスが、黒須くんを間に挟んでアンブッシュを阻みます。さらに、黒須くんを捕まえたまま、ゴンちゃんの頭に乗って行きます。


「なあに安心しな、急所は外してる! すぐに治療したら死にはしねえよ! さあ、こいつを開放して欲しかったらさっさとその財宝と金目の物を全部置いていきな!」


「くそっあの馬鹿が」


「おい! 頑張れクロノス! お前一番そうなるのを嫌がってたじゃねえか!」


「待って! 早まるんじゃない!」


 しかし仲間の命がかかっているというのに、彼等の呼び掛けは少し変な感じです。


「ああん? だからその金銀財宝置いてきゃ助けてやるって……」


 違和感を感じ取ったクラリスも怪訝な表情で、皆を伺っています。確かに必死な様子ではあるのですが、黒須くんを心配しているというよりは、もっと別の事を機にかけているような……。


「違うのです、首領!」


 う゛、゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛

 おやおや? これは久々の感じがしますね。Bボタンを連打しなければ、とんでもないことになってしまいそうです。


「黙りやがれ変態ゴッゾ! てめえには喋る権利も生きる権利もねえ! つーか早く服着てよ!」


 う゛う゛う゛…゛…゛ 


「早まるな……早まるなクロノス! 正気を保て!」


「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛」


「え?」


 今の今までピクリともしなかった黒須くんが、脇腹に刺さったナイフなどまるで意に介していないような動きで跳ね起き、ぐるんと首を回転させて、クラリスに襲い掛かります。


 簡単に手駒にできていた弱々しい少年が、全く生気を感じさせない表情のまま、腕をあげて抵抗してくるのではなく、顔だけが跳ね起きるようなそんな挙動で迫ってくるその不気味な光景に、クラリスの身体が恐怖で固まりました。


 そして黒須くんの口が、大きく開け放たれたその口が、クラリスの美しい顔、その右目に食らい付きました。


「ああ、あぁぁあーーーーー!!!」


「お嬢様――――!!」


 顔面から血を噴き出すクラリスを見て、ゴッゾが吠えます。しかし、手を出そうにも二人はゴンちゃんの上、ゴンちゃんは状況を分かっていないのか首を下ろそうとはしません。


 その間に、黒須くんはクラリスを貪ります。まず眼の周辺の肉を削ぎ、その後に眼球を食らいました。溢れだす血とその他の何かまで吸い尽くそうとします。


 時間にすれば数分も経たない短い時間、けれどもその僅かな間に、黒須くんはクラリスの全てを喰い尽くしてしまいました。


「……はっ! しまった!」


 ぼくは しょうきに もどった! そんな感じで自我を取り戻す黒須くん。しかし後の祭りです。クラリスはすっかり干からびて、ミイラのようになってしまいました。そしてハーディと同じように、徐々にその身体に色が戻っていきます。


「しまった、じゃないよ! 何やってんだクロノス!」


「暴走する原因は、傷つけられること? 私達が襲われた時もそうだったし……」


「そうみたいじゃの、人を傷つけることや近づくことが原因ではなさそうじゃ」


「冷静に分析してる場合ですかねえ……」


 ハーディたちは慌てながらも、どこか達観した様子です。ゾンビ経験者の余裕でしょうか。

 しかし、クラリスの部下達はそうもいきません。


「お、お嬢様! ご無事ですか! お嬢様ァ!」


「「「お頭ぁ!!」」」


 ゴッゾの様子に気が付いたのか、あるいは気まぐれか。ゴンちゃんが頭を下げて体を伏せます。黒須くんと彼が抱きかかえるクラリスは、盗賊団の手が届く範囲に来てしまいました。


「……! いけないわ!」


「待つんだ貴様ら! 近づくな!」


 レイナが盗賊達を近づけない様に、二人の前に立ちはだかろうとします。


「そこをどけ! お嬢様、お嬢様に、何を、何が、この、化物ども――――!!!」


 その鬼気迫る表情と、切迫した声に圧倒されたのか、レイナはゴッゾの吹き飛ばしを止めることが出来ず、彼等がクラリスの元へと駆け寄るのを許してしまいます。


「お嬢様!」


「だ、駄目だ皆! 近づかないで! 危ない!」


 立ち尽くすクラリスに、あたふたと手を振る黒須くん。そんな言葉で彼等が止まる筈もなく、このままでは王道的展開になってしまいます。


 洋画とかで良くある、感染者に不用意に仲間が近づいたり、制止する仲間を押しのけて噛まれた恋人に駆け寄ったりするアレですね。その後どうなるかなんて、語るまでもないでしょう。


「う゛う゛う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛……よ゛、゛よ゛る゛ん゛じ゛ゃ゛ね゛え゛、゛て゛め゛え゛゛ら゛!゛!゛!゛」


 おや? どうやらお約束は訪れないようですね? 


「う゛う゛あ゛あああああ!! ああ! 手前ら近づくな! 喉が、喉が焼けるように乾いて……何だこれ! くそ! あと俺様のことは首領って呼べあああ!! 肉、血、食いたい……駄目だ駄目だ駄目だ!」


「お、お嬢……首領! 大丈夫なのですか!?」


「……正気のまま?」


 どうしたことか、右目の辺りに黒須くんに噛まれた傷跡があり、一度干からびたことから確実にゾンビなっている筈のクラリスが、仲間を襲う前に半ば正気に戻っています。

 自分の身体を抱きしめて、何かの衝動に必死に抗っていました。


「とにっかく、俺様に近付くな! 絶対だ! ああくそくそくそっ! 駄目だっつってんだろお!!!」


「首領! 一体、何があったというのです!?」


 クラリスの命令で足を止めたゴッゾ達に、経験者が語り掛けます。


「……理屈は知らんが、あの子供、クロノスに噛まれると、少しの間人間は理性を失い、手近にいる者を襲う化け物に変質する。私の仲間がそうなる光景を間近で見た、そして、その後……完全に人ではなくなる。私自身も……その化け物だ」


「儂等が異様な力を使えるのもそのせいじゃ、それは道中説明してなかったがの……」


「な……では、首領も……!? 近くの仲間を襲いだすと?」

 

 驚いたゴッゾが、クラリスへと目を向けます。落ち着いて観察してみれば、確かにクラリスから異様な、モンスターのような気配がするのを感じ取れました。


「そのはずなんだけど、彼女は何故かどうにか理性を保っている。意思の力で無理矢理その衝動をねじ伏せている…みたいな感じなのかな。ただ……それも限界みたいだよ」


「駄目だ駄目だ……ゴ、ッゾ、今すぐ、皆を連れて、はな、れろ……! 早く、は゛や゛く゛!」


 人間の意志とは凄まじいものです。ゾンビ化を押さえつけてしまうとは。でも、段々と表情がなくなり、目から光が消えようとしています。ハーディの言う通り、限界が来たようですね。


「……では、首領は、すでにアナタ方と同じ、異形の存在になってまれていると」


「……ああ、にわかに信じ難いかもしれんがな……すまない」


「いえ、気にすることはありません。先に手を出したのはこちらです、不用意に考えなく襲った結果、こうなってしまった………それだけですよ」


 そういって顔をあげたゴッゾの顔は、何かを悟ったような、澄み切った覚悟の表情をしていました。


「モッチさん、ブッチさん、それにゴンちゃん!」


「へ、へい」


「ゴ、ゴッゾさん……」


「GRU?」


 後ろにいる二人の盗賊と、クラリスの向こう側にいるゴンちゃんに呼びかけるゴッゾ。


「皆を連れてここから逃げなさい。ここにいれば貴方達まで巻き込まれます」


「ゴ、ゴッゾさん!?」


「ま、まさか! 一人だけで!?」


「私は首領……クラリスお嬢様に付き従うことが使命……主君が化け物になるのならば、喜んでそれに続き、私も化け物となりましょう……ああ、冒険者の皆様方、止めないで下さいね。これは私が望んだことです」


 そう言うゴッゾに対して、レイナ達は何も言うことが出来ません。


 微笑みながら、ゴッゾはクラリスの元へと近づいていきます。


「あ゛、あ゛あ゛あ゛、あ゛あ゛あ゛……? ゴ、……ゴッゾ……?」


「はい、お嬢様。ゴッゾはここに」


 そしてクラリスは、まるで親に抱き付こうとする子供のように手を伸ばし、ゴッゾは子供を迎える父親のようにそれを迎え入れます。


「アタシの、ことは、首領ドンって、呼びなさい……」


「……承知いたしました、首領ドン・トラソル。私が、お傍におりますよ」


 そして優しい捕食が始まります。


「「「ゴッゾさあああん!!」」」


「GYAAAAOOOOOO!!」


 こうして新たに、盗賊団の首領と幹部が、ゾンビの仲間となったのでした。



 ちなみに途中から一言も喋っていなかった黒須くん。どうしたかというと、自我を保とうとしていたクラリスが振り回した腕がヒットし、吹っ飛んだ挙句壁にめり込んでいました。


 哀れ主人公。

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