第24話 「形勢逆転」

「「うわわああああああああああ!!」」


「GYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAA!!!」


 そして時間は二人が行き止まりに至った場面へと進みます。

 

 振動と声に振り返った黒須くんとレイナが見たのは、見たこともない巨大なモンスターがこちらに迫っている姿と、その前を全力で走るデューカとハーディでした。


「ハーディにデューカさん! それに……なにあれ怪獣!?」


「クロノス!」


 走る二人も黒須くん達に気付いたようです。


「レイナ! 助けて! このモンスター異常なのお!」


 レイナが必死の形相でレイナに呼びかけます。黒須くんは、ゴンちゃんの異様さに腰が引けている様子ですが、そこは紅蓮の騎士という名を持つレイナ。不測の事態にも関わらず、即座に武器を構えて、駆け出しました。


「下がってろ!」


 全身に闘気と瘴気を纏わせるレイナ。その強者の気配を感じ取ったのか、走る二人を狙っていたゴンちゃんの眼が、レイナを捉えます。その隙にデューカとハーディは突進の道から横に飛び退きました。ずっと追っていた獲物が消えても、ゴンちゃんは気にせずレイナに突っ込んでいきます。


「GGGYAAAAAAAAAA!!」


「突進するしか能のない獣風情が……!」


 引き放たれた矢のように、レイナはゴンちゃん目がけて突撃しました。


 踏み込んだ地面がひび割れ弾けるほどの速度をもって、瘴気の炎を纏った槍が尖撃となりモンスターを貫く勢いで放たれます。


並のモンスターなら消し飛びそうな必殺の一撃。しかし、ゴンちゃんは並ではありませんでした。


「何だと!?」


「Grrrrr……」


 炎が爆発のようにゴンちゃんの頭を包み、突き出した槍は確かに肉を貫きましたが、全く致命傷には至っていません。ダメージは与えたようですが、怒りの度合いの方が強そうです。


「GRRA!」


「くおっ!」


 そして振り回した尻尾がレイナを打ちすえ、彼女は吹き飛ばされて岩壁に叩きつけられます。崩れた壁から剥がれた岩が、レイナの身体に降り注ぎその姿を隠してしまいました。


「レイナさん! ……ひっ!」


 涙目になった黒須くんがレイナの元へ駆け寄ろうとしますが、ゴンちゃんのひと睨みで足が竦みます。ゴンちゃんの次の獲物は、黒須くんに決まったようです。


「ぼ、僕だって……下がってクラリス!」


 全身を震わせながらも、腰のナイフを抜いてクラリスを庇うように立つ黒須くん。レイナの槍ですら有効打にならなかったその身体に、そのちっぽけな刃物が役に立つはずもありません。しかし、それはその場から退かないという黒須くんの矜持でした。


「クロノス! 逃げるんだ!」


「足止めくらいには……!」


 ゴンちゃんの後ろ、ハーディが黒須くんに必死の表情で叫び、デューカは何とか時間稼ぎの出来る魔術を使おうと、魔力を練っています。


 しかし、次の瞬間にゴンちゃんはその巨体を揺らし、黒須くん目がけて突進します。


「うわああぁぁぁあ!」


「……ッ、クロノス!!」


 岩から這い出たレイナが見たのは、大口を開け黒須くんとクラリスに迫る強大なモンスターの姿。いくら黒須くんの瘴気が強いとはいえ、相手は自分の一撃が通らないほど頑丈。彼がどうなるかなど、容易に予想できてしまいます。


 鋭い牙で噛み砕かれるか、大きな顎でひと飲みにされるか。黒須くんに襲い掛かろうとするモンスターと、泣きそうな顔で、でも逃げだそうとはしない黒須くん。その光景がレイナにはスローモーションに見え、そして最悪の光景を無意識に描き出してしまいます。


 しかし、彼女が幻視した未来は訪れませんでした。


「お座り!」


「GRRRRRrrrrr……クゥン」


 不退転の覚悟を見せた黒須くんの前に、クラリスが恐怖など微塵も考えていないような軽やかな足取りで歩み出ます。そして右の手のひらを突き出して叫ぶと、あれだけ暴れていたゴンちゃんが制止し、頭を垂れてしゃがみこみました。


「な!?」


「ど、どうして!?」


「……くそっ!」


 呆気に取られる三人ハーディとデューカ。レイナだけは何か気付いたように、必死に岩から這い出ようとします。


「首領!」


「クロノス、そいつから離れるんじゃ!」


追いついたボーゼとトリーがゴッゾ達を引きつれて岩壁の上から飛び降りてきました。


「ボーゼさん、トリーさん! ……その人達誰ですか? というか首領?」


「しまった……! クロノス!」


 そして眼前に迫ったゴンちゃんを見つめたまま呆けた様に固まった黒須くんを、クラリスが背後から羽交い締めにし、懐から出した小さなナイフを彼の脇腹に突き刺しました。


「……え?」


「クロノスちゃん!?」


「遅かったか……!」


 悲鳴のような声をあげるデューカに、悔しそうに歯噛みするトリー。ここに分かれて逃げていた六人の冒険者が合流しました。そして、野盗団を撒くという目論見は、大きく失敗した用です。この場にとある人物がいることが、その証拠。


「うふ、うふふふふ……」


クラリスが、不敵に笑みをこぼしました。


「ク、クラリス……?」


「これはこれは、皆さまお揃いで……改めて自己紹介させて頂きますわ。ねえ、クロ?


わたくしの名前は、クラリス。


クラリス・『ドン・トラソル』・コアトリクス……」


 クラリスは黒須くんの脇腹に刺したナイフから手を離し、長い黒髪を後頭部の高い位置に結びます。すかさず、どこからか現れた盗賊の一人が、海賊の船長が羽織るような派手なコートを彼女に羽織らせて、左手に魔導式の銃を握らせました。


「そう、わたくし……


俺様こそが、泣く子も黙る《トラソル一味》が大親分!


人呼んで、『首領ドン・トラソル』たぁ俺様のことさ!!」


 なんと、クラリスの正体は盗賊団のボスだったのです!


 正体を現したクラリスが叫ぶと同時に、行き止まりの壁の上に控えていた一味の皆が姿を現し、口々に彼女を褒め讃えます。


「流石はボス! 大成功ですぜ!」

「全部作戦通りにいきましたね、ボス!」

「俺達に出来ない事をやってのける! そこがボスたる所以!」


「ふははは! 俺様のことは首領(ドン)って呼びなぁ!」


「GYAAAAAAAOHHHHH!!」


 上機嫌で叫ぶ美少女クラリスが、空に向かって銃を乱射しました。

 応えるように上を向いて吠えたてるゴンちゃん。そして更に騒ぐトラソル一味。


「ふぅッははははははははははははぁ!!!!」


 黒須くんを人質に取られた冒険者達。形勢逆転です。

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