第23話 「最恐の暴君」

「鳴り響け! 《青雷しょうらい》!」


 デューカの放った魔術が青い軌跡を描き、雷となってゴンちゃんを貫きます。まともに食らって脚が止まったゴンちゃんの頭に、ハーディが飛びかかって剣を振ります。


「せあああぁぁッ! ……ッ硬ぁ!?」

 

 上段から振りかぶり、全力で放った斬撃ですが、ゴンちゃんの固い鱗によって弾かれてしまいました。ちなみに、ハーディも剣に瘴気を纏わせているのですが、全く聞いた様子はありません。


 デューカの魔術も大したダメージを負わせた様子はなく、ゴンちゃんは再び元気に暴れ出しました。


「本気じゃないとはいえ、さっきから何発当ててると思ってんのよ……! 頑丈過ぎでしょ!?」


「て、手が、痺れたぁ……」


 逃げながらも何度も魔術を食らわせ、隙を見つけて斬撃をかまし、場合によっては大木や壁に突っ込ませ、新たに生み出したデューカとハーディの合体技をぶつけたりしているのですが、何一つ有効打には至っていません。


 一緒に襲われていた盗賊たちは吹っ飛ばされたり、逃げたりしていつの間にか周りにはいなくなっていました。


「もう少し時間があれば、高位魔術を使えるのに……盾役がこれじゃあね。もう少し根性見せなさいよ」


「真っ先に逃げた癖に酷いこというね!? 僕はそもそも剣士であって盾役じゃない!」


 ダンジョンでエレシュキンに使ったような高位の魔術ならば、と考えるデューカですが、強い魔術を使うにはそれに応じた魔力と詠唱が必要です。その為、足止めする役が必要なのですが、それは剣を振るうしか出来ないハーディには荷が重い役割でした。


 しかしこの場に前衛はハーディだけ。考えた案を即座にデューカは実行に移します。


「ハーディ、ちょっとお願いがあるんだけど」


「何か思いついた?」


「ちょっと無理して、何なら少し食べられてもいいから時間稼ぎなさい」


「は!?」


「頼んだわよ!」


 一本道の、左右に逃げ場のない場所でハーディの背中を押し出すデューカ。とんでもないことを言われたハーディが目を見開いて彼女を見ますが、既にデューカは魔術の構築に集中していました。


「無茶苦茶だなぁ……ダンジョンでも雷に打たれたし!」


 ハーディはそう言いながらも、駆けだします。その顔は、決して嫌そうでもなく、決して自棄になった訳でもなく、口の端を少し笑みの形にして。


 レイナたちのような元からの仲間ではなく、ハーディはダンジョンの中でモンスターとして出会い、更に彼女を襲って、人ではない何かにしてしまったそんな存在。


 普通なら、恨まれて罵られて、こうして一緒にいることもない筈です。


 けれどもデューカはこうして共に進み、戦う道を選びました。魔術の詠唱を唱える間の無防備な時間を稼ぐ、デューカを守る役としてハーディを信じたのです。

 勿論、全てを許した訳ではないでしょう。そんな簡単に割り切れるような問題でもありません。それでも、こうしてデューカの為に剣を振るえる。


 そのことが嬉しくて。その事が、たまらなく自分の何かに触れた気がして。


 ハーディは、自然と駆けだすことが出来るのでした。


「……さあ! こっちだデカイの!」


 そう叫び、ハーディはゴンちゃんを引きつけようと派手な動きで、周囲を走ります。

 ちょろちょろと眼の前をうろつく獲物に、苛ついたように反応するゴンちゃん。大きな体に似合わぬ速度で動き、ハーディに食らい付こうとします。


 ゴンちゃんがハーディをロックオンした隙に、デューカが詠唱を始めました。


「朱色の空 落ちる木の葉 鈍色の海 うごめく大罪の住人」


 大木を薙ぎ倒して迫る尻尾を、ハーディは横っ飛びして避けました。また他の大木を駆け上がり、ゴンちゃんの背中を飛び越えるようにして距離を取ります。


「集いて幾千 惑いて幾万 遂に終わらぬ旅の果て 収監される水鏡」


 少しの隙に、攻撃するハーディですが、やはり鱗に弾かれて傷にはなりません。しかし、自分の方へと意識を向けることには成功しています。かなりの魔力と瘴気を練っているデューカの方には目もくれません。


「熱持つ全てを零度と落とす 万象破砕の無垢なる怒り 決して流れぬ大瀑布!」


 そうして時間稼ぎをしている内に、デューカの魔術が完成しました。それを感じたハーディが阿吽の呼吸でゴンちゃんの傍から飛び退きます。


「“絶針氷牢ぜっしんひょうろう“!」


 デューカが魔術を唱えると同時に、ゴンちゃんの周りの地面から幾本も氷柱が突き出しました。ゴンちゃんを上回るほと高く、強大な太さを誇るそれは、瞬く間に敵を囲います。


 本来ならば透き通った氷の色をしているであろうそれは、瘴気によって黒く染まり、その威容さはまるで地獄の氷が顕現したかのよう。そして、囲いきった氷柱から細い氷の針がもはや数え切れぬ程飛び出し、枝分かれしてその牢に囚われたものを串刺しにしようとします。


 対象を氷柱の牢に捉え、その冷気によって凍らせ、更に氷の針で貫き拘束――あるいは絶命させる氷獄の高位魔術。規模を大きくすればする程、魔力の消費も激しく、その威力も高まるという純粋な強さを持った術。


 氷牢の囚人となったゴンちゃんの、声と挙動が、止まりました。 


「大丈夫かい!? デューカ!」


 一気に大量の魔力を消費して膝をつくデューカにハーディが駆け寄ります。


「……へ、平気よ。少し、体力を消耗しただけだから……それより……」


 そう言って、デューカは自身が生み出した黒い氷を見やります。


「……やった……のか?」


「どうかしら……、一応私の魔力を全部つぎ込んだんだけど……まったく、暫く魔術は使えないわね」


 氷の牢は沈黙していますが、未だ安心は出来ない二人は不安そうに黒い氷を見つめています。


 その会話自体がフラグであるということには気付かずに。


 そして、二人の不安は見事的中しました。


「……う、嘘でしょ?」


「ひびが……まずい離れなきゃ!」


 氷が振動し始めたと思えば、徐々にあちこちにひびが入り始めました。どうやら、デューカの放った魔術は、ゴンちゃんを少しの間足止めすることしか出来なかったようです。


「――……GYAAAAAAAaaaa!!!!」


 そして二人が十分に距離を取った瞬間、氷の牢は内側から弾け飛び、中から元気な恐竜が姿を見せました。体の表面に氷が張り着いてはいますが、五体満足です。氷の針は鱗に遮られたのか、体を貫いた様子もありません。


「……」


「……」


 元気に吠え周り、暴れている様子を死んだ目で見つめるハーディとデューカ。


 何も言わずとも、二人の意思は通じ合っていました。この後何をするべきか、お互い何を考えているかが、手に取るように分かるようでした。


 即ち、こうです。


「逃げようデューカ!」


「走るわよ! ハーディ!」


 二人が脱兎の如く走り始めるのと、ゴンちゃんが自分を氷に閉じ込めた憎き犯人を見つけるのは、ほぼ同時のタイミングでした。


 全速力で駆けるハーディとデューカの後ろを、怒り心頭なゴンちゃんが追いかけます。


 再び始まる鬼ごっこ。ただし、今度の鬼はさっきより凶暴で、逃げ回る被害者はさっきより数倍必死になっていました。

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