第22話 「疑いの目に、届いた声」

「こっちですわ」


 再び少し込み入った岩場地帯に入った三人は、クラリスの迷いない案内で先へ進みます。彼女の後ろに黒須くんが、その更に後ろに一歩開けてレイナが続きます。


 先程までレイナの先導で進んだ道なき道に比べれば緩やかですが、それなりに入り組んだ場所を、クラリスは自分の庭であるかのように軽やかに進んでいきました。


「クラリスさん、本当に詳しいんだね」


「ええ、ミズヴァルまでは父と良く足を運んでいましたので、この辺りはほとんど覚えてしまいましたの。記憶力はいい方でして」


 盗賊達から解放されて、少し余裕が出てきたのか、徐々に笑顔が増え始めたクラリスちゃん。黒須くんも、この世界に来てから初めて同年代の子に会えたということもあって、心持ち嬉しそうです。


「あと、わたくしのことはどうぞ呼び捨てで、クラリスと。あなたは命の恩人ですもの、クロノスさま」


「うん、分かったよ。じゃあ、僕のことも様とかつけなくても良いよ!」


「そうですか……。クラリスとクロノス……響きが似ておりますね、ちょっぴりややこしいですの。……そうですわ、『クロ』と愛称で呼ばせていただいても構いませんの?」


「うん、全然かまわないよクラリス!」


「ありがとうですの、クロ!」


 お互い顔を見合わせてニコニコしてやがります。発育途上の少年少女が仲睦まじい姿を見せる、それはそれは微笑ましい場面に、心が癒されますね〜。一番年上であるレイナさんも、この光景を見れば「お姉さん然」とした雰囲気と眼差しをしていることでしょう。


「………………」


 ……いま黒須くんが振り返れば、冷めきった半眼で二人を睨みつける怖い顔が拝めます。「お姉さん」どころか鬼ババアです。彼女の顔つきは依然変わらず、全く和んでもいないし癒されてもいませんでした。


 知らぬが仏、黒須くんはそんなレイナの様子に全く気付かないまま、クラリスと会話を続けています。


「そう言えばクラリス。君のお父さんだけど……大丈夫なのかな」


 黒須くんが、話題を割と重い方向に振りました。クラリスも晴れやかっだった表情を途端に雲らせます。


「父が、無事かどうかは分かりませんの。わたくしが気付いた時には、もう傍にはおりませんでしたから……」


「そうなんだ……捕まってなかったらいいだんけど、もしお父さんが野盗の人達と一緒にいるなら、助け出してあげたいね! ね! レイナさん!」


 話題を振った黒須くんが、気まずい空気を振り払うように、わざと明るい声を出しました。


「……そうだな、その『お父さん』とやらが、本当にいるならな」


 話を振られたレイナ、相変わらず表情硬め、疑惑マシマシ状態です。


「ありがとうございますですの、クロ!」


 レイナの疑いをものともせず、クラリスは黒須くんに身を寄せて感謝の意を示します。美少女に迫られて頬を染める黒須くん。それを冷めた顔で見つめるレイナ。でれでれする黒須くんに嫉妬しているような図に見えなくもないですが、実際空気はサツバツとしています。


 二人の会話が途切れた隙に、レイナが黒須くんの袖を引きました。


「おい、クロノス。やはり、奴は怪しすぎる」


「まだ言ってるの? レイナさん」


「よく考えろ、いくら何度も来ているといっても、街の外の世界で、しかも岩場の多いこんな地域に、貴族の娘が詳しいのはおかしいだろう。ここは街道から外れているんだぞ? それに……私が槍を向けた時、あいつは怯えた素振りはあったが、じっと私を観察していた」


「道については、レイナさんの方が(道を歩くことには)慣れているだろうから、そう思うのも分かるけど……武器を向けられたら、相手の動きを見るのは普通じゃないの?」


 黒須くんが言い終わる前に、レイナは一瞬で槍を突きつけました。黒須くんは驚いて槍を見ながら身を引きます。


「『普通』なら、貴様のように、注視するのは『相手』ではなく『刃』のほうだ。戦闘に慣れた人間でもない限りはな。……そしてあいつは、自分を貴族の娘だと言っている」


「た、たしかに、レイナさんの言う通りかもしれないけど……でも、それだけでクラリスを悪者扱いするのは、違うと思うよ!」


「……とにかく、用心はしておくべきだ。……貴様もな」


 そう言って槍を収めるレイナ。会話の間に少し離れていた二人に、クラリスが声を掛けます。


「どうかいたしましたの、クロ、レイナさん?」


「「……!」」


「なんだか、怖い顔をしていましたけれど……」


「い、いや、なんでもないよクラリス。さ、さあ先を急ごうか」


「あら、その必要はありませんよ、クロ」


 クラリスは立ち止まって道の先を示しました

 黒須くんとレイナがクラリス指した手の先を見ると、そこは壁に阻まれて行き止まり。


「……? えっと、どういう」


 立ち止まった二人の耳に、聞いたことのある、けれども切羽詰ったような声と、大地を揺るがすような咆哮が聞こえてきました。


「「うわわああああああああああ!!」」


 黒須くんたちが来た道の方から、見慣れたエルフと魔法使い、ハーディとデューカが大声を上げながら爆走してきます。そして、


「GYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAA!!!」


 見慣れない巨大恐竜が、その後ろから猛進していたのでした。





 その声を聞いたのは、黒須くんとレイナだけではありません。


 ――――――――AAAA!


「……! この声は、ゴンちゃんさん?」


 盗賊団の参謀、ゴッゾさんがでかい図体を怯えた様に震わせます。


「? なんじゃ、ゴンちゃん、さんて。声はワシ等にも聞こえたが」


「……ゴンちゃんさんは、ずっと前に首領が見つけてペットにした、超大型のモンスターです」


「ああ、デューカとハーディを襲わせてるっていう奴か。ま……あの二人なら大丈夫な気もするけどなあ」


 トリーとハーディは、そこまで危機感を感じていないようです。ですが、ゴンちゃんの脅威を知っているゴッゾ達はそこまで楽観視できません。


「アナタ方二人がそう言うなら、そのお仲間も相当な実力者なのでしょうが……」


「ふむ? 何か思うところがありそうじゃの?」


「ゴンちゃんさんはとにかく異常なんだよ!」

「どんな武器でも傷一つつかねえし、攻撃を通さねえ!」

「どんだけ魔術をぶち込んでもびくともしねえし!」


「挙句、首領の言うこと以外は一切聞かない暴れん坊でしてね……我々も手を焼いているのですよ……餌代も馬鹿になりませんしね……」


 口々に愚痴というか、ゴンちゃんに対して思うところがあるのか口滑らかになる盗賊たち。ゴッゾは特に、経営面での悩みがあるようですね。中間管理職が辛いのはどこも一緒ということでしょうか。部下の尻拭いに上司の無茶振りの板挟み。心中、お察しします。


「なるほどの~。万が一もないとは思うが、念のため、鳴き声がした方向を目指してみようかの」


「モンスターだったら、デューカの魔術で消し炭に出来そうなもんだけどな~」


 ゴンちゃんを知らない二人は、お気楽に構えているようです。


 では、実際のところ、『ゴンちゃん』さん対ハーディ&デューカの模様はどうだったのでしょうか。

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