第21話 「囚われの少女」

 ボロボロの布きれで出来た服を着ており、手枷と足枷がその風貌をさらに痛々しくしています。足枷に繋がれた鎖が柱を一周しており、逃げだせないよう彼女を拘束していました。


 年の頃は黒須くんと同じくらいで、白い肌に黒く艶やかな長髪が映えています。高ポイント美少女ですね。


「……う、ぅ」


「だ、だいじょうぶ!?」


 黒須くんが駆けよって苦し気な様子で呻く彼女を抱き起します。


「み、水……水を……」


 急いで、ダンジョンの報酬にあった水を生み出す便利な水差しを使おうとする黒須くん。


 ちなみにこの水差し、透明なガラス質の素材で出来ており、その中にはなみなみと綺麗な水が満ちています。どれ程使っても中身がなくならないという、何かしらの魔術的なアレが込められており、この異世界を旅をする人にとっては喉から手がでるほどに欲しい超レアなアイテムであることでしょう。


 ゾンビなので水とかいらなかったりするんですが。


 水差しを見た少女の眼が輝きます。しかしそれが彼女に与えられる前に、レイナが黒須くんの手から水差しをひったくりました。


「待て」


「な、何するの!?」


「……まずは貴様が何者かを、名乗れ」


 戸惑いながらも怒りの表情を向けてくる黒須くんに取りあうことなく、レイナは少女に誰何しました。急に敵意を向けられた少女は非常にはかなげな顔で、レイナを見上げています。


「ちょ、ちょっと、こんなに苦しそうなのに!」


「黙れ。まずはこいつが何者で、何故ここにいるのかをはっきりさせるのが先決だ」


 少女はとても乾いた吐息で喘いでいます。年の近い女の子が、こんな状況で苦しんでいるのを見て、レイナのように冷静でいられる黒須くんではありませんでした。


「……こんな状態で、話とか無理だよ!」


 紳士な黒須くんはレイナの手から水差しを奪い取って、そのまま少女の口に近付け水を飲ませました。ちなみにその際、微妙に瘴気を使っています。意識してか無意識かは分かりませんが。


「クロノス、勝手に……!」


 待ち望んでいたであろう水を嚥下していく少女に、その口元に水差しを運ぶ黒須くん。これが舞台なら美しい救出劇のシーンなのでしょう。


「――んっく、んく……ぷはっ、あ、ありがとうございます!」


「大丈夫? 無理しないで」


「は、はい、助かりました……あの、あなた方は……?」


 ところが、ヒーローとヒロインといった感じの二人に、盛大に水を差す者が一人いました。水差しはさしださないのに水を差すおじゃま虫は、無視された女騎士さんです。


 レイナが少女(と微妙に黒須くんにも怒気と殺気を向けながら)に、その凶暴な形状の戦槍を突きつけます。反射的に少女をかばうように、黒須くんは穂先の前に短剣を持って立ち塞がりました。


「質問しているのは、こちらだ」


 切っ先を向けられているだけなのに、物理的に刺さっているような圧力を黒須くんは感じながらも、一歩も退こうとはしません。


 その後ろで、少女はレイナの放つの鬼みたいな空気に震えています。

 絶対零度の眼差しに怯みながらも動かない黒須くんに、槍を引こうとはしないレイナ。両者一歩も譲りません。


「……僕が話を聞く! レイナさん!」


 少し涙目になりながらも動こうとしない黒須くんを見て、構えを解こうとはしませんが、レイナはうながすように顎をしゃくります。


 怖いお姉さんの視線を背中にひしひしと感じながらも、黒須くんは振り返り、囚われの少女と話しを始めました。


「えっと、僕は黒須……じゃないや、クロノス。それで後ろのお姉さんは、レイナさん。僕らは――、一応、旅人? 冒険者? になるのかな。途中で盗賊らしい人達に襲われて、はぐれちゃったんだけど、他の仲間と街を目指しているところ、なんだ。それでここは多分、僕らが追われていた連中の拠点だと思ってるんだけど……そこにいる君は誰なのか、教えてくれないかな?」


 優しく話しかける黒須くんに、おずおずと喋り出す少女。


「わ、私は――クラリスと申します。あ、あの、お父様のお仕事に付いていって、王都から移動していたのですが、とつぜん……突然、襲われまして。私だけ、ここに連れてこられたのです……」


「王都ということは、貴族か? 貴族が野盗も追い払えん程度の護衛で、外界を進んでいたと? ふん、にわかには信じられんな……」


 脅すように構え直した槍が、キンッ、と硬質な音を鳴らします。


「レイナさん!」


「そ、その! お父様は少々……変わっておられまして……。たくさんの使用人の人たちで重々しくなることを拒んで、護衛は必要最低限しか、つけなかったのです。世間からは……道楽貴族とも呼ばれていました……私を捕らえた方々の様子を見る限り、捕まってはいないとは思いますが……私は、身代金目当ての人質か、もしくは、奴隷として売られる、とか……」


 悲痛そうな表情で顔を伏せるクラリス。みすぼらしい格好といい手錠といい、彼女の言う通り、まさにこれから売られようとする、薄幸の美少女、といった感じです。


 父親のせいで突如として不幸に見舞われたクラリスを見て、黒須くんも悲し気な声で話を続けます。


「怯えないで、クラリスさん。今は僕らがいるから。君を襲った盗賊たちがここにいたと思うんだけど、どこに行ったか、何か分からない?」


「確か……奴らがこっちに向かってくる! みたいなことを言って、急いで荷物を纏めるような様子があったような……」


「私達が、逆に拠点への反撃を考えていると勘違いした、ということか?」


「詳しいことは、分かりませんが……」


 クラリスの言葉に、考え込むレイナ。


「そうなんだ……とにかく、もう十分でしょ? 槍下ろしてよ、レイナさん!」


 レイナは渋々といった様子で、武器を収めます。それを見た黒須くんは胸を撫で下ろして少女の拘束を解きにかかりました。思ったよりも鎖はもろく、ゾンビパワーで強化された黒須くんの力で容易く千切ることが出来ました。


 手枷と足枷のほうは、レイナが瘴気の炎の熱で溶かして外します。その様子を見たクラリスはとても驚いた表情で、レイナの手と溶けた枷を見つめていました。


「よし、これで大丈夫だね。でも、僕ら、皆とはぐれて実質迷子なんだよね……」


 ちらりと元凶を見た黒須くん。元凶のレイナがさっと顔を逸らします。


「! あの、そういうことでしたら、わたくし、この辺りの地理にはある程度詳しいですの! きっとお役に立てると思いますわ」


 おずおずと、自身の有用性をアピールするクラリス。


 たまたま見つけた野盗の拠点で、少女を救いだし、更に不安だった迷子の件も解決しそうになって喜ぶ黒須くんに、未だ疑いの目を隠そうともしない硬い表情のレイナ。


 何はともあれ新たな旅の道連れ、クラリスを迎え、三人は再び目的地へと向かい出すのでした。

 



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