第20話 「迷子の二人が見つけたもの」
「どうしたんだろう、誰も追ってこなくなっちゃった。何だか気味が悪いね……」
「さぁな……おおかた、私に適わないと判断して撤退したとか、そんなところだろう」
「まあ確かに……大きな岩に槍突き刺して、そのまま放り投げる人を追いかけたいとは思わないよね……」
ところ変わって黒須くん達。入り組んだ岩場を抜け、比較的穏やかな道のりを進んでいます。
右手のほうには緑もちらほら見えることから、驚くべきことに向かうべき方向はそこまで間違えていません。しかし、当人にその自覚は当然なく、取り敢えず真っ直ぐ進んでいます。
急に見当たらなくなった追っ手の盗賊たちを気にすることもなく、気高き女騎士は地面を踏みしめます。その歩みには淀みも迷いも一切ありません。黒須くんはその背中を見つめながら、置いていかれない様に追随していきます。
「ところでレイナさん」
「……なんだ?」
「僕ら今どこらへんにいるの?」
「…………」
レイナはただ真っ直ぐ進みます。流れる気まずい空気を気にしない様に、そのまま流してしまおうとするように。
「やっぱり、道、分からないんだね……」
「……おっと、あれは……?」
黒須くんの非難するような視線を受け流していたレイナが、何かを発見したようです。決して、話題を逸らすためにどうでもいいものに反応した訳ではなく。
「……集落?」
次第に自然が増えてきた大地の真ん中、そこには人の住まいがありました。装飾が少なく、耐久性に優れていながら素材は単純で構造は簡単なテントのような建物。
それは遊牧民族などの定住地を持たず、移動しながら生活を続ける民が用いるもの。そのテントが幾つか円を囲むように設置されていました。
「テントが一杯だね。誰か住んでるのかな?」
「……だがこの辺りに住む移動民族は聞いたことがない。それに、この数と設置の杜撰さ……恐らく例の野盗どもの拠点だろうな」
少し遠巻きにしながら、様子を伺う二人。
「ってことは、僕らアジトに突っ込んだってこと!? ど、どうしよう……!」
「落ち着け、見た感じ人気が全くない。それに荷馬車や引馬、移動用の鳥の姿もない……建物だけか。どうも様子がおかしいな」
そう言われて改めて盗賊のアジトを観察する黒須くん。確かにテントは複数あるのですが、それ以外に人工のものが見当たりません。焚き火の跡などもありません。
「たしかに……どういうことだろう」
「分からんが、急に襲ってこなくなったことと関係しているかもしれない。偵察してみるか」
「でも、罠とかじゃ」
「たとえ集団で囲まれようが、所詮は野盗風情だ。以前までの私でも問題ないが、今の私なら更に問題ない。一撃で戦意を砕けば、暴走する心配もないだろう?」
彼女の言う通り、ここまで何度か接敵する機会はありましたが、レイナが暴走したということはありませんでした。黒須くんがすぐ側にいることも関係してそうですが。
「この辺りの地図なんかもあるかもしれない。不安なら私一人で行って、貴様はここで留守番ということで構わんぞ」
割と真面目に、「そうした方が良い」と言外に仄めかしながら、黒須くんに提案するレイナ。
「いや僕も行くよ……何があるか分からないし……」
「……そうか」
足手まといになるなよ、という言葉を飲み込んだレイナと、もし地図があってもその場じゃレイナさん読めなさそう、という言葉を寸前で飲み下した黒須くんでした。
まあ、黒須くんを一人拠点の外に置いて、その隙に襲撃されたりするのが一番危ない(色々な意味で)ので、この場合は二人で行くのが双方にとって正解でしょう。
レイナは槍を構えたまま、黒須くんは懐の短剣を握りしめながら、堂々と正面から盗賊団の拠点と思しき集落に足を踏み入れました。
遠目で見たとおり、人の影はなく、それどころか人が居たという痕跡、例えば、食事の準備だったり食事をした跡であったり、ちょっとした調度品もありません。何もない所にテントだけが現れた様な、奇妙な雰囲気です。
「まるで……急ごしらえでここに新しく拠点を作った、もしくは移したかのようだな」
「やっぱり何かの罠なのかな」
「さあな」
レイナは片っ端からテントに踏み入り壺や袋の中身を物色しながら家探しします。それはもう、どこかの勇者なみの遠慮のなさで投げたり割ったりしながら。
幾つか捜索と破壊をすまし、手ごたえのなさに眉を潜めるレイナに、黒須くんが何か気づいたように話しかけます。
「レイナさん……気のせいかもしれないけれど、人の気配がする」
「……何だと?」
黒須くんが指差した方向、そこには一際大きなテントがありました。入り口の広さも、奥行きも、他のテントより立派なものです。
「言われてみれば……一人分か……? 確かに気配がするな」
「……どうしよう?」
レイナに迷いはありません。放たれた矢の如く、突き進みます。
慌てて黒須くんは付いていきました。
「行くぞ」
人の気配がするテントの入り口を開け放つと、中の暗がりに日の光が差し込みます。
中はそれなりに広く、部屋の真ん中あたりに屋根を支える柱が立っています。
踏み込んで少し進むと、気配の正体が横たわっていました。
「「……!」」
そこに倒れ込んでいたのは、黒須くんと同い年くらいの、
「お、女の子?」
可憐な少女だったのです。
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