第19話 「迫る危機」
逃げる方が逆転した逃走劇はこちらの方でも続いています。
岩壁に囲まれて谷のようになった道。それなりの広さがあるそこで、過激な鬼ごっこが繰り広げられていました。
「ほうれ、少しは反撃してこんかい!」
ボーゼがダンジョンで手に入れた両手斧を振るうと、岩壁に亀裂が入り弾けるように吹き飛びます。上の方にいた盗賊たちが何人か、悲鳴を上げながら転がり落ちてきました。
「な、なんて馬鹿力だ、あのドワーフ!」
「くっそ! あいつらにはこのまま進んでもらう予定だったのに!」
「このままじゃ作戦がお釈迦だ、お頭にどやされるのだけは勘弁だぜ」
「こら、首領って呼ばねえとドヤされるぞ!」
前を走りながら、獲物から逃げ回る盗賊たち。
「何をこそこそ喋っとるんじゃ! そおりゃ!」
元気な掛け声が響くと、彼等の頭上に影がかかります。ちなみに今日の天気は晴れ。今は雲も出ておりません。
「「「は? ……はあ!?」」」
影の正体に気付いた盗賊団。蜘蛛の子を散らすように逃げて行きます。いきなり頭上から岩が降って来ればそうもなるでしょう。ボーゼが軽々と放り投げた岩が地面とぶつかって、地響きを起こします。
「ひいい! 化け物かよ!」
「ちくしょー! どこまで逃げりゃいいんだよ!」
「いや、考えようによっちゃ好都合だぜ! 方向はこっちなんだ!」
「そうだ、そうだな! このまま目的地まで走り抜けちまえばいいんだ!」
状況を上手く利用した画期的なアイデアに、一瞬喜ぶ哀れな盗賊団。しかしそれはぬか喜びというものでした。
「あん? 逃げ切れると思ってんのかよ?」
走り出した盗賊の前に、突如トリーが現れました。岩壁の上から躍り出て、飛び降りた衝撃で地面にひびが入っています。
そしてトリーの後ろには先程転がり落ちた盗賊たちが縛り上げられていました。
「お、お前ら! くそぉ!」
トリーが抜き放った二本の剣を上から下に振り下ろすと、衝撃で地面が切り裂かれます。行く手を遮るように仁王立ちするその姿は、まるで悪鬼羅刹のよう。
どっちが悪人か分からないくらい凶悪な面になっているトリーでした。
「「「ひ、ひい!」」」
その面構えと闘気に野盗団、完全に腰が引けています。
「まさか本気で? 本気で逃げられるとか思っちゃった訳? 舐められたもんだなあオイ!」
「「「ひいいいい!」」」
そして運の悪いことに、彼等の恐怖は前の方ではなく後ろの方にも存在しています。
「あまり怯えさせるなトリー。さて、では吐いてもらうとしようかのお、その作戦とやらを」
両手斧を肩に乗せ、ズンズンと近づいてくるボーゼ。自分達より小さい筈のその姿が、巨大な壁のような威圧感を放って迫ってきました。
「「「ひいいいいいいいいいい!」」」
前門のゾンビ、後門のゾンビ。どこにも逃げ場がない野盗団。絶体絶命のピンチです。
「くっそ、ええい! どんだけ馬鹿力があろうとたった二人だ、ビビるこたねえ! 俺たちゃ泣く子も黙る『トラソル一味』だ!」
「そうだそうだ! 数ならこっちが勝ってんだ! 負けるわけがねえ!」
「その馬鹿力だって何かのトリックか、アイテムだろ!」
「俺らを本気にさせたな! もうどうなっても知らねえぞ!」
なんでしょう、フラグが沢山。彼等が勝てる未来が万に一つも見えない気がします。
手に持った武器が、非常に情けない棒切れのよう。
「よう吠えたのう」
「欠伸が出るぜ」
対して、持った武器を構えもしないボーゼとトリー。舐めていると思われても仕方がないような態度ですが、その自然体な立ち姿が底知れない強者感を野盗達に与えています。
「な、舐めやがって! 行くぞお前ら! 身ぐるみ剥して奪っちまえ!」
「「「おおお!」」」」
及び腰ながらも、勇猛果敢に突撃する盗賊団。
「ふむ、その姿勢だけは誉めてやろうかのう」
「そういやボーゼさーん、昔よく言ってたよな! 『勇猛と無謀は別物だ』って。この場合どっちだぁ?」
「……満場一致で『無謀』じゃのう」
そして数分後。
「「「すいませんでした!」」」
そこには身ぐるみ全部剥されて、かろうじて下着一枚だけは残して土下座する盗賊たちの姿がありました。どこの世界でもこういう時は土下座するのですね。土下座は万国共通のようです。
しかし、ただの土下座では悪役ゾンビ二人の溜飲を下げることは適わないでしょう。トリプルアクセル土下座でも決めない限り。
「さて、ほれ。きりきり喋ってもらおうかのう」
「これ以上痛い目見たくなけりゃさっさと作戦とやらを話しな!」
とんとんと肩で武器を鳴らしながら、ドゲザ盗賊団を凶悪な顔で見下ろす二人。どっちが悪者なんでしょう。というか、こうして近付いているのに彼等をモンスターと認識しないあたり、あのローブの効果はしっかり発揮されているようですね。
「そ、それは……」
「それは?」
かがみこんで1人の盗賊の顔を覗き込むトリー。うん、悪者やってる方が似合うんじゃないでしょうか。
「や、やっぱり仲間は売れねえ! 死んでも口は割らねグボッ!?」
決意を固めた表情でトリーを睨んだ盗賊が、後方宙返りするように吹き飛びました。
地面とキスをした音に振り返っていた残りの盗賊たちが、恐る恐るその原因を確認すると、しゃがんでいるトリーがデコピンをした後の手を前に突き出していました。
「ほれ、次はどいつじゃ?」
「次は指二本な?」
(((こ、殺されるッ!!)))
逃げることも戦うことも適わないと悟った哀れな盗賊たち。構えられたその指が、まるで断頭台の刃のよう。処刑を待つ死刑囚の気分を味わっていた彼らでしたが、トリーのデコピンが次の獲物を捉える前に、彼らにとっての救いがやってきました。
「やれやれ、やけに報告が遅いと思ったら……『トラソル一味』ともあろう者が、揃って身ぐるみはがされて下着一枚で平伏しているとは……」
溜息を吐きながらのしのしと近付く、1つの影。
「ゴッゾさん!」
「た、助けにきてくれたんですね!」
丁度、盗賊とトリー達を挟んで反対側。そこには大きな曲刀を構え、二人を威圧的に見下ろす大男がいました。それなりに背が高いはずのトリーが見上げる程の大きさ。縦だけでなく横幅も広く、鍛え上げられた筋肉が惜しげもなくその威容を主張しています。
並の相手では、そのサイズに圧倒されてしまうこと請け負いです。
「冒険者のお二方。彼等に変わり、私がお相手しましょう」
「ほう? 野盗にしては礼儀正しいのう」
「嫌いじゃねえぜ、そういうの」
盗賊にしてはやけに言葉正しいゴッゾに対して、トリーとボーゼが武器を構え直します。
「ゴッゾさんは一味の大幹部だぜ!」
「ここらじゃ負け知らずの腕っぷしを誇る大幹部ゴッゾ!」
「手前らなんか相手じゃねえぞ!」
「「あ?」」
なお、吠えたてるイキリ盗賊たちは未だ土下座の真っ最中。一瞬元気を取り戻した彼らも、二人の脅し声に子犬のようにすごすごと姿勢を正します。
その様子を見ていたゴッゾさん。再び深い溜息を吐きます。
「あとで説教ですね……さて」
破壊力のありそうな得物を構えたゴッゾ。トリーとボーゼを鋭い眼光が捉えます。
今までの下っ端たちとは一味も二味も違いそうな雰囲気を放つ幹部に、二人の表情も引き締まります。
「何やら妙な魔術を使うと聞いていますが………手加減なし、真っ向勝負でねじふせてみせましょう!」
「「……!」」
戦いの火蓋が切って落とされました。
そして数分後。
「大変申し訳ありませんでした」
「「「ゴッゾさあああああああああん!!!」」」
そこには大きな体を綺麗に畳み、芸術の如き完璧な土下座を見せるゴッゾさんがいました。
武器も防具もなにもなく、その身を包むは黄金のパンツ一枚です。
前後を土下座パンツに囲まれたトリーとボーゼ。なんとも微妙な表情をしています。
「ボーゼさん、俺、男を引っぺがす趣味なんて持ってねえんだけどな……」
「儂だってないわい。男のストリップなんぞ誰得じゃ。ちゅーかこの幹部とやらに至っては、途中で服が弾けよったしな、己の筋肉で」
ちなみに、彼等は決して服を剥ごうと思って戦っていたのではありません。殺さぬよう暴走してしまわぬよう加減して戦うことを模索していたら、程好い斬撃で服だけ、防具だけを切るという妙技を身に着けてしまったのです。その結果が、パンイチ土下座なのでした。
「な、なんて奴らだ……!」
「あの常勝無敗のゴッゾさんをこうも簡単に……!」
「しかも全く傷を負わせず、装備を剥いで戦意喪失させるなんて……」
しかしそんな事情を知らない下っ端たちにとって、二人は恐ろしい装備剥ぎの冒険者でしかありません。相手が女性であれば変態であり、相手が男性であれば変態です。
おや。どっちにしても、彼らのトリーとボーゼに対する恐れは、また違った方向に向かって完結してしまったようです。
「はぁ、やれやれ。では今度こそ喋ってもらおうかの。貴様らの作戦とやらを」
「…………申し訳ありません首領」
「「「ゴッゾさん……!」」」
「こうなってはどうしようもありません。我々は、あなた方には敵わないようですね……」
敵を仕留めきれなかった申し訳なさを吐露した後、ゴッゾは顔をあげて、自分たちのボスの企みを、洗いざらい喋り始めました。
涼し気な顔で傾聴するボーゼとトリー。しかし次第にその色は青ざめ、焦りを含んだ表情に変わっていきました。
「な、何ということじゃ……」
「やべえ、やべえってボーゼさん!」
「?」
二人が焦る理由があまり分からないゴッゾ。彼らの実力を鑑みれば、首領の作戦もあまり効果的であると彼には思えなかったからです。
しかし、そんな盗賊団を尻目に二人は動きだします。
「こうしちゃぁおれんぞトリー! 早くクロノスと紅蓮のもとへ急がねば! ほれお前ら、さっさと案内せい!」
「ああ、そうだ! ほら動けって! 早く!」
二人が危惧しているのはクロノスと紅蓮ではありません。トリーとボーゼは、今この場に置いて二人の事など一切気にしていなかったのです。
「早くしねえと……!」
彼らが考えていたのは、ただ一つ。ただ一つのことだけでした。
それはこんなこと。
「「お前らのボスの身が危ない!!」」
……心配されていない二人を不憫というべきか、信頼の証というべきか、一体どっちなのでしょうね。
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