第18話 「ゴンちゃん」

 盗賊団に追われ始めてから数分。ハーディとデューカは未だに戦闘を続けていました。


「全く、キリがないわね! これだけ吹き飛ばしてるんだから、さっさと退いてくれればいいのに!」


「案外頑丈なんだなあ」


 主な攻撃はデューカの魔術だけとはいえ、盗賊団は結構しつこく二人を追い続けています。


 間違っても殺してしまわないように暴走してしまわないように、魔術の威力も抑えめだとはいえ、盗賊団の追走は止まりません。


 しかし、彼等の様子は最初の時とは少し違っているようです。


「……? ねえハーディ、あいつらの様子何かおかしくない?」


「そういえば、何だろう? 怯えてるような表情だね。それに挙動も変だ、ボクらを追っているっていうより、何か逃げてるような……」


「私達の力に恐れをなして、混乱しちゃったとか? 『近寄らないで』」


 そう言いながらも、追いついて来た盗賊の一人を吹き飛ばすデューカ。その吹き飛ばされた盗賊の顔も、どこか焦っているような表情でした。


(怯えているとしたら、デューカにだけだと思うけど。ボク、剣すら抜いてないし)

「いや、それもあるかもだけど。何だかボクらっていうよりも、別の何か、後ろの方を気にしているような……? 何となくだけど」


 そう言いながら、後方を振り返る二人。さっきよりも明確に、盗賊は怯えていました。前方の二人ではなく、更に後ろの方を。


「くそ、早く捕まえねえと『ゴンちゃん』さんが来ちまう……!」


「な、なんとかして『ゴンちゃん』さんが来る前に!」


「もう特攻して無理矢理の賭けにでるしか……!」


 そして、彼等の恐れていた事態がついに起きてしまいました。


「「「ゴ、ゴンちゃんだ――――――――!!」」」


 どっかのカマドウマみたいな髪型した武将がやってきたみたいな悲鳴をあげる下っ端達。


「ん? ゴンちゃん?」


「何だか可愛い響きね?」


 坂道の下側にいたハーディとデューカの二人には、まだ状況が分かりません。

 立ち止まって様子を伺おうとすると、その耳にある音が聞こえてきました。


 それはこんな声でした。


「GRRRRRRAAAAAAAAAAAA!!!」


 大地すら揺るがす大咆哮。周りの木々から鳥たちが一斉に飛び立ちます。


「え、なな、何!?」

 

 デューカとハーディが驚いている間に、咆哮の主が姿を現しました。


 ある日、盗賊団の『首領』が荒野で出くわし、ペットにした生物。大きな顔に、大きな顎。人間くらいならひと飲みに出来そうな程大きな口には、鋭い牙と歯が立ち並びます。


 大地を踏みしめる強大な二本の後ろ脚に、短く見劣りするとはいえ鋭さが見て取れる鉤爪を持った前足。長くしなやかな尻尾は地面を打つ度に小さな振動を起こす程。


 二足歩行で動き、全高は人を遥かにしのぐ四、五メートルくらいで、全長にいたっては十三メートル程でしょうか。爬虫類のような縦の瞳孔に、全身を覆う堅強な鱗。 


 そう「ゴンちゃん」とは、黒須くんの世界で言うところの、「恐竜」という生き物でした。


「GYAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


「ぎゃああああ!」「うぎゃあああ!」「ちょ、ま、誰か、手綱……」


 その風貌と暴れっぷりに、唖然茫然な二人です。


「あれがゴンちゃん!? 何かすっごい暴れてない!?」


「あ、あれ野盗の仲間? よね? 何であっちが襲われてるのかしら……」


「GYAAAA……GRRRRRRrrrrrr…………」


 目が合いました。バッチリと。

 ハーディとデューカの顔に冷や汗が垂れます。目を逸らさず、ゆっくりと後ずさりする二人。盗賊団が近くにいる今ならまだ間に合うと、本能的なものが二人の体を動かしていました。


 しかし、ゴンちゃんの眼は二人を捉えて離さず、駄目押しと言わんばかりに、盗賊が叫びます。


「あ、あんたら! ゴンちゃんさんを止めてくれぇ!」


「このままだと俺らが喰い殺される! 頼む! 死にたくねえ!」


 その声で、完全に二人の事を認識した様子のゴンちゃん。


「なんでそんなの連れてきたのよ!? 馬鹿なの!?」


「というかデューカ! どうしよう、あれ、こっち来てるよ!」


「どうするって言ったって……」


 理性と知性の欠片も感じられない獰猛で凶暴な眼光が二人を貫き、薄く開いた顎から涎がぼとぼとと垂れ落ちます。

 そして次の瞬間、ゴンちゃんが駆けだしました。踏み込んだ瞬間、地面が割れる程の脚力をもって。


「「!!」」


 顔を左右に振らしながら、真っ直ぐ突っ込んでくる恐竜。人が恐竜に勝てない事は広く知られている事実です。襲われたら逃げるしかありません。黒須くんなら、そのことはある映像資料で良く知っています。


 しかしハーディとデューカにとって、ゴンちゃんはいくら凶暴そうな見た目をしているとはいえ、大きなモンスターでしかない筈。

 ならば、迎撃も簡単に行ってくれるでしょう。


「い、いやああああああああ!」


「え、デューカ!?」


 デューカさん、脱兎のごとく逃走です。取り残されそうになったハーディ、急いで追随します。彼等なら勝てると思った時期が、私にもありました。


「なんで逃げるの!? キミなら魔法で何とかできるんじゃ!?」


「無理よ、無理! トカゲをでっかくしたあの眼が無理! 私ニガテなのよああいうの! あんな超大型モンスターが出るなんて聞いてないわよ! アナタが何とかしてよハーディ! 男の子でしょ!?」


「いや、ボク新米だし……怖いし……」


「これだから最近の男は……!」


「GYAAAAAAAAAAAAAA!!」


「「「ぎゃあああああああ!!」」」


 全力で逃げるハーディ、デューカ、盗賊たち。それを追いかけるゴンちゃんさん。

 あれ、こっちも追われる人間違ってません?

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