第2章 ゾンビ・イン・ザ・ハイウェイロード
第14話 「ダンジョンを抜けて」
左右を岩壁に挟まれ入り組んだ道の中、そこは荒野の渓谷にある一角でした。様々な山脈が入り組み、小さな尾根が複雑に入り組むことで出来上がった自然の迷路。
進むにつれ徐々に自然が増えていることから、その辺りが丁度地形の境目なのでしょう。険しくはあるけれど、次の目的地に向かうには避けて通れない重要な地域です。
そして特に舗装もされていない自然の岩道の上を、爆走している二人がいました。
いえ、二人ではありません。二人と、沢山です。
「ヒャッハー! 待ちやがれや!」
「大人しく金目のもん置いてけば命までは取らねえからよ!」
沢山の、何というか、ええ。
「逃げ切れると思ってんのかあ!?」
「さっさと諦めた方が身の為だぜぇ!」
スパイク付き肩パッドとか装着した方がいいような、そんな髪型をした人が多数いる、暴徒の集団。有体に言えば、盗賊か山賊か野盗か、それらの類でしょう。
時は世紀末でもなく、ダンジョンを攻略してから三日目。海は枯れていないし地は避けていないし人類は死滅とかしていないけれど、黒須くんはモヒカンに追われていました。
「うわわわわ!」
「くそ……! いくら何でもしつこすぎるだろう!」
モヒカンが多めの集団に追いかけられて逃げ惑う黒須くんとレイナ。そこにはハーディ、ボーゼ、トリー、デューカの姿はありません。
交差した砂利道を走り、時には行き止まりにぶつかり、壁を駆け上ることで迷路を無視し、結構な速度で走っているにも関わらず、賊たちが止まることはなく、逃げ切ることも出来ないようです。
「ああもう、何でこんなことに!」
思わず天を仰いで叫んでしまう黒須くん。それでも走る速度は変わらないというのだから、驚きです。
何故こんなことなっているのか。
彼らがこういう不幸に見舞われているその理由を知る為に、少し視点を三日前に戻してみましょう……。
死霊妃エレシュキンを倒し、そして『ニヴルのダンジョン』そのものであると自身を紹介した《エレシュキン》と邂逅してから少し経って、気持ちの整理をつけた彼等は出口へと向かっていました。
崩れた穴をくぐり、少し洞窟を進むと、彼等の前に結構な装飾が施された扉が見えてきます。
「お? これが地上への出口かの?」
「にしては小さいし、地上に出る程進んでないわよ?」
デューカの言う通り、潜ってきた距離と昇った距離が釣り合っていません。
「中に転移用の魔導石でもあるんじゃねえのか?」
「阿呆か、それじゃったら儂等使えんし出られんじゃろうが」
「あ、そっか……」
レイナが手を触れると扉はひとりでに開き出します。どうやら入り口のように魔導石を使った仕掛けということもないようです。
扉が開くと同時に、薄暗いダンジョンに慣れた目には少し眩しいくらいの光が彼等に飛び込んできました。
「……これは」
そして光に慣れた目に飛び込んできたのは、冒険者にとって待ち焦がれたものでした。
扉の向こうはそれなりの広さを持った部屋でした。ダンジョンの中やドームとは違って、壁も床も綺麗に整備され、設置されたランタンが部屋を明るく彩っています。
部屋は様々な家具や装飾で内装が施され、ダンジョンの中とは思えない程の快適さ。
しかしそんな事は些事と言わんばかりに部屋の奥、その中央に置かれたものが彼等の眼を引いて離しません。
それは誰もが求めるダンジョン攻略の報酬。冒険者ならば一度は夢見るもの。誰が置いたのだろうなんて、野暮な事は考えていはいけないのです。
そう、それは。
「宝箱じゃねえか!」
「ってことは、この部屋はダンジョン攻略の報酬部屋……!」
「ほほ! よく見れば家具や棚に宝石が使われとる! これはたまらんのう!」
冒険者三人大喜びです。このダンジョンを脱出することに集中して、お宝のことを忘れていたようですが、やはり冒険者たるものお宝に目が眩まない訳もありません。
「……! ……!」
普段はクールなレイナも、無言ながらも溢れ出る喜びが隠せていないようです。
「…………すごいな」
「あれって、ゲームの……」
黒須くん。それ以上はいけませんよ。
「早速開けてみようぜ! どんな宝が入ってるか楽しみで仕方ねえよ!」
「中級のダンジョンとはいえ、これだけ立派な宝箱だもの。中身も期待していいわよね・・・・・」
意気揚々と宝箱を開けにかかるトリーとデューカ。ボーゼは部屋の中にある金目の物を片っ端から物色しています。
レイナとハーディは、部屋の中を見回しながら座り心地の良さそうなソファに腰を下ろし、宝箱を開ける二人を見やり、黒須くんは「……クエスト」とか、意味の分からない言葉を呟いています。
何はともあれ、こうして一行は『二ヴルのダンジョン』攻略の報酬を手に入れ、束の間の休息と喜びに身を浸すのでした。
「ようやっと、出られたようじゃのお」
報酬部屋を見つけてから数刻、彼等は地上へと脱出していました。
岩と土が目立つ山の中腹辺りに出たようで、少し高めの視点から広がる荒野が見えました
暗くてじめじめしていたダンジョン内から解放された喜びを噛み締めるように、各々が体を伸ばしたり深呼吸したりしてリラックスしています。
ダンジョン内の時と違って、彼等の装備は新しく変わっています。
ハーディは道中でボロボロになった剣を捨て、レイピアの様に鋭く細く、持ち手や鞘が美麗に装飾された美術品のような剣を持っています。
ボーゼは片手斧から両手斧に変わっており、トリーは一本だった剣が二本に。デューカは武器の変更はないものの、頭に美麗なサークレットを。
そしてレイナは度重なる暴走で、制御できなかった瘴気炎によって溶けてしまった槍を捨て、新たな武装を手にしていました。
ハルバードにも似たその武器は、長さこそ元使っていた槍と変わりませんが、その仕様は大きく異なっています。螺旋状の紋様が刻まれた岩くらいなら簡単そうに貫きそうな大きな穂先、その根元に二つ同方向に広がる蝙蝠の羽を模したようなフォルムの幅広の刃。
あらゆる装飾が攻撃的に仕上がっており、石突すらも敵を殺す意志に満ち溢れていました。
もとの槍と同じく深紅に染まったその武器は、まるで元々レイナのものであったかのように、非常に彼女に馴染んでいました。
黒須くんは、小さなナイフを鞘ごとズボンのベルトに差し込んでいました。まあ、剣とか持っても使えませんしね。
そして何より変わったのが、彼等全員の身体を覆っている、砂漠に住む民が着ているような外套でした。触り心地やその質感から上等なものであることは伺えますが、そこまでのお宝には見えません。しおし彼等にとってその外套は、ダンジョンで手にした宝の中で最上の価値を誇っているのでした。
「しっかし、これ本当に効果を発揮するんだろうな?」
「そればっかりは実際に人に会ってみないと分からないわね」
「というか、効果がなかった僕らは街にも入れませんしね……怖い運試しです」
その外套は宝箱の一つから出てきたもので、最初こそ全員が首を傾げて価値を量りかねていました。箱の底にあった説明書を読むまでは。
「儂等が異形であることを隠す、モンスターの気配を薄めるローブのう……聞いたこともないが、今はこれに頼る他あるまいて」
「誰がこんな説明書残したんでしょうね……」
ハーディがぼやきながら目を落とすのは、手に持った薄桃色の綺麗な便箋。その中にはこんなことが書かれた紙が入っていました。
《良く分かる説明書》
【この宝箱を開けたそこのあなた! あなたがこの文章を呼んでいるということは、この装備はあなたにとって絶対必要なものだということでしょう。今あなたが目にしているその外套は一見みすぼらしいものですが、身に纏うことで人でない存在が持つ独特の気配、雰囲気を薄くする効果を持っています。必ず着てね(はぁと)】
うさんくささ全開の装備でしたが、今後絶対必要なものであるということもあって信じない訳にもいかず、その下の防具なども自身の瘴気と戦闘などでボロボロになっていたので、他の宝箱にあった装備と一緒に一新してきたのでした。
レイナだけは代わりになる鎧がなく、風ではためく外套の下ではビキニアーマーが隠すべき肌を晒しています。
「さて、休憩もこれくらいでいいだろう。死霊妃本体とやらが言っていたことを信じるつもりもないが、ミズヴァルが一番近い街なのに変わりはない。まずはそこを目指すとしよう」
レイナが号令をかけ、ゾンビ一行は進みだします。その先に何があるかは分かりません。
エレシュキンがミズヴァルに来いと言った理由も分からず、自分達がこの先どうなるか、先行きは不安でしかありません。
それでも彼らは進むしかないのです。いつか人間に戻れるはずという、一つの希望を叶えるために。
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