第13話 「顕れし者」

 全員が、驚愕と共に振り返ります。死霊妃エレシュキンを打ち倒した証、横たわるボスの残骸の前、そこに彼女はいました。


『お待ちください、冒険者の皆様。そして――異世界の勇者様』


 全身を黒を基調としたオーバルラインのドレスに身を包み、スカート部分は足元をすっぽりと覆っています。フリルの多いカーディガンを上から羽織り、首元には派手ではあるが決して嫌味にならない宝石のアクセサリーを付けており、少し幼く見える服の様相とミスマッチして絶妙な美を生み出しています。


 手には花を模したレースがふんだんに使われたフィンガーレスグローブを付け、その外見はまるで黒い花嫁衣裳のよう。絹糸のような金色の髪を左右の上の方で纏め、黒の服装との対比がまた素晴らしく、幼さを感じさせるその髪型も彼女の魅力を底上げしていました。


 まだ幼い外見とは裏腹に、その顔立ちはかなりの美人であるレイナやデューカが霞むほどの、絶世の美貌。名のある芸術家ですらその姿を絵画にすることは不可能であろう程の、神が創造したと言った方が納得出来る、完成された美。


 年齢は黒須くんよりも下でしょうか、小柄な彼より小さいその背丈に似合わず、纏う雰囲気はまるで酸いも甘いも知り尽した妖艶な女性のよう。可愛らしさと美しさが一緒に存在するような、そんな期間限定でしか拝むことの出来ない瞬間の結晶。


 と、四段落も使って描写しましたが、別に幼女にテンション上がったとかではありませんよ。


 一言で申すならば、金髪ゴスロリツインテ少女。属性てんこ盛りですね。

 頭上にちょこんと乗ったヘッドドレスもまた、可愛らしいです。

 

 しかし、彼女は一体何者なのでしょうか?


「……誰だ、いや、何なんだお前は」

 

 全員が抱いた疑問を、レイナが代表して問いかけます。


『私はこのニヴルのダンジョンを統括する者、名はエレシュキン、それだけが私の名です』


 彼女が名乗ったその響きに、全員が口をぽかんと開けます。


「お主がエレシュキンじゃと……!? それは儂等が先程屠ったボスの名前ではないか! お前は一体何モノで何処から現れたんじゃ!」


 彼女の回答では納得できなかったのか、ボーゼが吠えたてます。


『ええ、ドワーフの冒険者。仰る通りでございます。あなた方は見事、ダンジョン主、エレシュキンを討伐いたしました。しかし、アレは私の一部分に過ぎません。最終エリアを守護する、という役目を与えられた、私の手足のようなものです』


「な、手足、じゃと……?」


「つ、つまり、ダンジョン主には別に本体がいて、それが貴女だということですか?」


『エルフの冒険者は、聡い方のようでございますね。ただ誤りがひとつ。私はダンジョン主の本体ではありません。このダンジョンこそが、私でございます』 


 ゴスロリ幼女エレシュキンはそう言って一同の顔を見渡します。

 そこには理解に苦しむといった表情が四つ、何とか理解しようと頭を回している顔が一つ、何も理解していないといった顔が一つありました。


「どういうことだよ? ダンジョンがお前って、なんだよそれ! 聞いたこともねえ!」


『ええ、それはそうでしょう。私が正体を人に明かしたのは、これが初めてでございます故』


 本邦、初公開です。みたいな顔をされましても。


「急にそう言われても、ねえ……。どう思うかしら、レイナ」


「……確かに、にわかには信じ難いな。神話の中にもそんな話はなかった。だが貴様が人でもモンスターでもない、もっと別の存在だということは伝わってくる。エレシュキン、お前の言通りということなら、ダンジョンは意思を持っている、というのか?」


『そう思って頂いて不都合はございません、騎士の冒険者。この世界が創造された折から、遍くダンジョンと呼ばれているものは、それぞれが生命体だったのです。壁も、植物も、ダンジョンに巣食うモンスターも、ダンジョン主を含めて全てが私の一部分なのでございます。二ヴルのダンジョンこそが、私、エレシュキンそのものなのです』


「……そうか。それで、そのダンジョンそのものが、我々になんの用だ?」


 レイナは挑戦的な視線で、ゴスロリ幼女――エレシュキンを睨みつけます。


『用、というのは他でもありません。どうか、皆様――いえ、我らが勇者クロノス様に、この世界を救って頂きたいのです』


「……………ん? ………へ? 僕?」


 完全に蚊帳の外だった黒須くん、突然の指名に対応できません。


「クロノスが、勇者……?」


「世界を、救う……だと?」


『その通りでございます。世界を、我々を、どうか勇者さまに、救って頂きたいのです』

 

 二度言いましたが、理解できるゾンビはいないようです。全員頭に?マークが浮かんでいます。特に黒須くんの様子が深刻です。大丈夫でしょうか、いきなり勇者になってしましたが。


『……どうやら、時間が来たようです』


 唐突に、エレシュキンの輪郭がぐらぐらとぶれ始めました。それと同時に体全体も薄く霞みだします。


『申し訳ありません。私は、ここでは、この姿をそう長くは維持できないのです。これ以上の、説明、は、できま、せん。どうか、どうか、世界を、救ってくだ、さい、クロノスさま』


「ちょ、ちょっと待ってよ! 急にそんなこと言われても。も、もうちょっと詳しく! ねえってば!」


 今気づきましたが、ゴスロリ幼女、ってロリと幼女が被っていますね。失敬。


『もう、時間が、ありません。奥の、地上へ続、く、扉から、街へ。だい、じょうぶ、『死の加護』を受けし、皆さまなら、きっと、可能です』


「いや、だから、僕が何をすればいいんですか! 『死の加護』ってなに!? 時間って、なんの時間なの? ねえ!」


 黒須くんが必死に問いただします。消えそうな幼女に縋るようにして懇願する少年。中々珍妙な構図ではありますね。


『街を、目指して、《ミズヴァル》で、再び、会いましょう。それでは、また――』


 その言葉だけを残して、エレシュキンの姿は完全に消えました。それと同時に、ボスの残骸も霧散します。


 あとには呆気にとられたゾンビたちだけが、棒立ちしていました。本来の姿を取り戻したドームが、痛いほどの静寂を彼等に伝えてきます。


「何だったんだろうか、あの女の子……」


「……意味が分からねえよ」


「もうついて行けないわ……」


「一体何が起ころうとしとるんじゃろうなあ……」


「……ふん、まあいい。目的が変わったわけでもない。そうだろう、クロノス」


「……………そう、だね。何が何だか訳が分からないけど、分かんないままなのは気持ち悪いしね。僕の事も、皆のことも――世界のことも。行こうよ、あの子の言った事、信じてみよう」


 こうしてゾンビ御一行、黒須くんとその仲間達の次の目的地が決まりました。


 さてさて、彼等に待ち受けるのは死の呪いか、はたまた、不死の祝福か。


 兎にも角にも、ダンジョン攻略は成功し、彼等は切望していた地上へと脱出します。


 向かうは謎の幼女エレシュキンが伝えた街、《ミズヴァル》


 黒須くんにとっては、ゾンビに生まれ変わってから初めての、外の世界となるのでした。

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