第12話 「激闘! 死霊妃エレシュキン」

 《ニヴルのダンジョン》の最も深い場所。ダンジョンに挑んだ冒険者が、道中の苦難と苦闘を乗り越え辿り着く、終着点にして最後の戦場。


 黒須くんとハーディが出会った『冒険者の墓場』を越えて、更に奥へ奥へと進んだその場所。ドーム状になった広大な空間が、彼等を出迎えました。


 今までは自然を感じさせていた洞窟ですが、この場だけは地面も壁も誰かが整備したように綺麗に舗装され、まさにおあつらえ向きの舞台になっています。


 死霊系モンスターが跋扈するダンジョン内とは違い、澄んだ空気とまるで音が消えったような静寂が、その場を支配していました。


 そこに踏み込んだ六人もまた、知らず知らずのうちに唾を飲み込み、全身に力が入ります。そして、やがてそれは姿を現しました。


「……来るぞ!」


 ボーゼの言葉と同時に、空間全体が激しく鳴動しました。

 ドームの中央。何もなかった地面が大きくひび割れ、巨体が岩盤を突き破って出現します。

 黒須くんとハーディは、急に沸き上がった腐臭に顔をしかめながら、その姿を目に焼き付けました。


「あれが、ダンジョンの主……!」


「――死の女帝……《死霊妃しりょうきエレシュキン》!」


 上半身だけを表層に出した人間の何倍もある巨体は、腐乱した肉に覆われ、元の色も分からない程汚れきったウェディングドレスのような服を纏っています。動く度に地面に垂れ落ちる腐肉と、全身から垂れ流れる濁った体液が地面に吸い込まれては、そこを激しく腐食させていました。


 頭部には大量の剣が突き刺さり、まるで王冠を頂いているかのよう。隙間なく埋め尽くすその剣は、冒険者達の折れた心を示しているのか、あるいは、一矢報いた不退転の意志を示すのか。


 その偽りの王冠は、彼女の威厳を体現するようにきらめき、腐りきった体でさえもどこか雅であるように魅せます。その一部は煌めく宝珠のような光を放ち、全てを塗りかえていました。


 しかしその風貌の禍々しさだけは消えることなく、王冠と合わさって歪な美を生み出しています。

深く落ち窪んだその両の瞳の奥、ぎらぎらと赤黒く輝く血色の眼光が、訪れた侵犯者達を捉えました。並の人間では対峙しただけで魂を吸い込まれそうな威圧感を放ち、もはや虚ろを通り越して、死そのものであると言わんばかりの冷たさが、物理的な圧力すらともなって哀れな反逆者に襲い掛かります。


 思わず後ずさりする黒須くんに、構えた剣を固く握りしめるハーディ。他の冒険者達も気圧された様に動きません。


「―――――――――――――――!!!」


 あらゆる獣の咆哮と異なる、幾百もの人間が、同時に苦痛にのたうち回り発狂したような咆哮が、ひび割れた唇とその喉の奥から発せられます。

 ダンジョンを統べる女王の、戦闘を開始する鬨の声でした。


「ッ……敵は巨体かつひとつ! 固まると一斉にやられる! まずは奴を囲むように散れい!」


 はっ、と硬直から溶けたボーゼが、慌てて全体に指示を出します。弾かれたように動きだす即席チーム。ここに辿り着くまでの幾つかの戦闘で、ある程度のチームワークは出来上がっていました。


 ハーディとトリーが回り込むようにして、狙うのは垂れ下がった両の腕。一拍遅れてレイナが飛び出し、後ろに続くようにしてボーゼが隙を伺っています。


 デューカと黒須くんは後方で待機して、不測の事態に備えていました。


 先行したハーディとトリーを囮とし、レイナとボーゼの攻撃を叩き込むことを主軸にした作戦。ただし、チームが動くと同時に死霊妃も動きだしています。


 両腕で地面を掴むようにして前のめりに伏せ、頭を下げた態勢で狙っているのはただ一点のみ。一際強く、二つの眼が赤く輝きました。


「ッ! ボーゼ! 狙いは……」


 いち早く気づいたレイナが叫ぼうとします。しかし警告は間に合いません。


「ふぬぅ!?」


 死霊妃の両目に見ていた光が、太い線となってボーゼに放たれました。攻撃しようと踏み込んでいたボーゼはとっさに避けることが出来ず、もろにその光線を食らいます。

 着弾した地面が大きく爆発し、熱風を巻き散らしながら巨大な火柱を上げました。あまりの熱量に、石畳が融解しています。


「ボーゼさん!?」


 涙目になる黒須くんですが、その心配はないようです。


「……気にするな! 問題ないわい!」


 爆発に巻き込まれ更に吹き飛んでいたボーゼは、右腕と胸の鎧だけが溶けて無くなっている以外は全くの無傷です。熱と爆発で弾け飛んだ体の部位は、一瞬で再生していた為でした。


「厄介じゃのう! 一気に近付いて近接戦に持ち込むんじゃ! なに、怪我する心配はないわい! ほれ紅蓮、おきんかい!」


「……全く!」


 離れていたとはいえ爆発の余波に巻き込まれ、転がっていたレイナが、素早く立ち直し死霊妃に肉迫します。ボーゼもダメージを負った様子はなく、何もなかったように突進しています。


 その間に、放っておかれた囮の二人が先に攻撃を仕掛けています。


「やああぁァ!」


 死霊紀の右腕に鋭い斬撃を放つハーディと、


「無視してんじゃねえよ!」


 続いてトリーが左腕に重たい斬撃を放ちました。


 どちらもその丸太のような腕を切り飛ばす勢いで剣を振るいましたが、それはかないません。それでも、ゾンビパワーで強化された一撃は、死霊妃の腕に深い傷を刻みつけました。


「―――――――――――!!!」


 たまらず死霊妃が呻き声をあげ、腕を無茶苦茶に振り回します。


 一撃離脱していたトリーとハーディは、巻き込まれずに次の機会を伺っていました。

 その間に、レイナとボーゼが接敵しようとします。


 一しきり暴れ終わった死霊妃の動きが、一瞬止まります。その隙を逃す彼等ではありあません。両目が光っていないことからあの光線も出せないようでした。


 迫り来る四人に対して死霊妃は、全身を震わせて叫び声をあげ、両腕を地面に叩きつけました。その振動と、ドーム内に響いた圧倒的な音の共鳴が彼等を足止めします。


 そして死霊妃の肉体が変異し、四人に襲い掛かりました。


「……ぐっ!」


「何じゃと!?」


「うわぁ!」


「このやろっ……!」


 突如生えた新たな二本の腕と、傷を再生した腕が彼等を捕まえ、その手の中に捉えます。脱出しようにも、死霊妃は物凄い力で彼等を握握り締め、離そうとはしません。


「み、皆!」

 

「ああ、いま魔術を撃てば皆を巻きこんじゃう……! ……ん? 巻き込む?」


 黒須くんとデューカは、四人を盾にされて手を出すことが出来ません。


 そうしているうちに、死霊妃の眼が怪しく輝き始めました。


「まずい!」


 先程ボーゼを狙った光線が、今度は二人目がけて襲い掛かります。


「う、うわあぁ!」


 咄嗟にデューカの前に飛び込んだ黒須くん、瘴気を固めて大きな盾のように錬り上げます。迫り来る赤光は、その黒い盾に阻まれて彼等に届きません。


「あらクロノスちゃん、アナタそんなことも出来るのね。丁度いいわ、そのまま抑えてなさい!」

 

「え? ……え!?」


 両手を突き出して死霊妃ビームを防ぎながら黒須くんが振り返ると、そこには大量の瘴気と魔力を練りながら、魔術を放とうとしているデューカがいました。

 

「姿はとばり 調べはいななき 渇きを満たし憂いを満たす」


 瞑想するように言葉を紡ぎだすその様子に、元中学生の黒須くんは釘付けになります。

 

赫灼かくしゃく 殺法せっぽう 羅城門らじょうもん のた打ち回る久遠の音 二度と戻らぬ虚空の音」


 何ともオシャレな詠唱を続けるデューカに、黒須くん感動したような表情です。男の子はいつだってこういうのが大好きなのです。

 狙いは死霊妃。今、死霊妃は仲間を四人掴んでいます。さらに魔術師の力は、他の面子と同じようにゾンビパワーで強化されています。


「篠突く空から天へと至り 鳴々降りて無音と為せ!」


 そんな彼女が手加減なしで、全力で構築し、最大級の魔力を注ぎ込んだその魔術。


「“黒驟雷こくしゅうらい”!」


 洞窟内を埋め尽くすほどの強大な黒い雷が、死霊妃を貫きました。当然、仲間ごと。


「「「「あばばばば」」」」


 雷撃が効いたのか、死霊妃はレイナとハーディを放り落とします。ちょうど黒須くんとデューカの後ろに落っこちました。


「ぬおっ!」


「マジでっ!?」 

 

 ボーゼとトリーは雷を食らって暴れた腕から放り投げられ、結構な勢いで壁に激突していました。


「……デ、デューカさん……」


「よし、効いたわね。よく考えたら巻き込んでもすぐ回復するし、無問題よ! さあ皆! 今がチャンスよ!」


 仲間を巻きこんだ事に対しての謝罪など一切なく、デューカはとどめを促します。

 まあ確かに、先程ボーゼが光線を食らってもすぐに回復していたことから、この戦法が実際有効であることは確かなのですが。


「ほら! レイナちゃん、ハーディちゃん! 早く立ちあがって! ボーゼさんにトリーくんも壁に埋まってないで!」


 この魔術師、結構鬼畜です。

 黒須くん、露骨に引いています。徐々に彼女から距離を取りつつありました。


「くっ、無茶苦茶な……! だが上出来だ、デューカ!」


「らだが、からだがしびれて……」


 復帰して死霊妃の方へと向き直るレイナ。ハーディはうつ伏せになってお尻を突き出した体制のまま、びくびくと痙攣しています。とんだ役立たずですね。


 強力な一撃を食らった死霊妃は、叫びながら悍ましい空気を放ちます。崩れ切ったその顔に表情はないのですが、どこか激怒しているようにも見えました。


 再び両目が、先程よりも更に、強く強く輝きます。


「させると、思うなよ!」


 黒須くんと魔術師の後ろから、赤い影が飛び上がりました。


 紅蓮の騎士、レイナが赤黒い瘴気を脚に纏わせて、死霊妃の元へと跳躍したのです。


「死霊妃エレシュキン……これで、終わりだ!」


 女騎士の炎の瘴気をまとった槍が、赤光を放とうとした右の眼を、穿つように貫きました。


「――――――ッ! ―――――ッ―――ァ!」


 凝縮されていた光が死霊妃の眼球内で爆発し、彼女の顔を内側から破壊します。


「今じゃあ! 一気に攻め落とせぇ!」


 いつの間にか復帰していたボーゼがそう叫び、各々が攻勢に出ます。




 それから半刻程で、死霊妃エレシュキンは両腕と両眼を失い、頭の剣をぼろぼろと落としながら、崩れ落ちました。


 黒須くん達は、防具こそボロボロで見る影もありませんが、その体には傷一つありません。無傷、被害ゼロ、完勝でした。


「……まさか、これほど早く、これほど容易く攻略できるとはのう。上位の冒険者パーティーといえども、丸一日はかかる死霊妃の討伐を……」


 しかしボーゼを始め、冒険者達に喜びの色はありません。ただ不安にも似た自分達への恐怖だけが、彼等の心を支配していました。


 黒須くんとハーディは経験の差からか、あまり分かっていないようです。自分たちの実力がどういうものなのかを。


 目的を達成したというのに、彼等の足取りは重くその表情も優れません。

 けれども彼等の心中とは裏腹に、ドームの入り口とは反対側の壁がガラガラと崩れ、そこには待望であった筈の出口が現れました。


「気にするなボーゼ。さっさと攻略出来ることに、越した事は無い。さあ、早く地上へ出よう」


「……ああ、そうじゃな」

 

 レイナがそう促し、黒須くん達が出口へと繋がる横穴を目指そうとした、その時です。

 

 ――お待ちください。皆さま方。


 彼等の後ろから、耳を通り越し魂すら揺さぶる、そんな儚さと可憐さを併せ持ったような、美を体現した声が聞こえてきたのでした。


 

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