第11話 「目指すべき場所」

「セイッ!」

 

「おらぁ!」


 ハーディとトリーが、行く手を遮るモンスターを、切っては爆発四散、殴っては爆発四散、千切って爆発四散させて、


「千切れ飛べ”破砲(はほう)”!」

 

「そぉい!」


 デューカが瘴気を組み合わせた魔法で爆発を起こし、そこから逃れた討ち漏らしをボーゼが的確かつ迅速に処理して、


「いやぁぁあああ!! 気持ち悪いぃぃぃ!」


 黒須くんが相も変わらず、瘴気を暴走させて討ち漏らしとか関係なく一掃しています。


 それでもって、その圧倒的な火力を持つ黒須くんよりも、暴走して戦果を挙げているゾンビが一人います。誰かって? 分かるでしょう?


「消えろ消えろ消えろ! 死ね、死んでしまえ糞が! あはは、はは! あぁはは! 全部、壊れてしまえ!!」


 女騎士レイナが、狂戦士の如く暴れに暴れていました。

 色々溜まっていたのでしょうか。色々。


 彼女の瘴気は炎のような特性を持っているようで、接触したモンスターを黒く焦がしています。それを体から放出したり、槍に纏わせて一気呵成に敵を貫き燃やしたりと、見事なまでに自分の力としていました。


 その恐ろしいまでの破壊力と戦闘力は、まさに『紅蓮の騎士』という異名を持つに相応しいものでした。


 ただ、紅蓮の名を冠する理由の一つとなった、深紅の鎧は大部分が、彼女自身の熱で溶けて外れて、仲間に壊された部分もあったりして、原型を留めていません。


 半ばビキニアーマーみたいになったその鎧もどきを体にくっつけたまま、羞恥心など何処かに追いやって惜しげもなく肌を晒しながら戦う女騎士。


 この世界の常識に照らし合わせても、痴女らしさ全開です。だってビキニアーマーなんて実用性皆無なものは存在しませんからね。


「あははっははっはははぁぁあはは! 成程! これが化け物の力か! 悪くない、面白いじゃあないか! 人間に戻れても、これは手放したくないなぁ! くぁっ、はははっ!」


 初登場時に見せていたクールな感じ、霧散して行方不明ですよ。


 とまあ、そんな感じで、道中のモンスターを苦にせず、圧倒的なゾンビパワーによって六人は走り抜けるような速度で、ダンジョンの入り口に戻ってきたのでした。


「へえ、これがダンジョンの入り口、外界との接触を塞ぐ大扉か……」


 目の前には洞窟の壁一面にはめ込まれたような、それ程の大きさを誇る巨大な扉が鎮座していました。身の丈十倍もありそうなその扉は、圧倒的存在感を放っています。


「なんだ? お前らまだ扉からダンジョンに潜ったことないのか。このでかいのは、ダンジョンの中からモンスターが押し寄せてきた時なんかに使う用の、大型の通路さ。俺ら冒険者は、その端っこにある小さい方を使ってるんだぜ」


 トリーの言う通り、大扉の隅には丁度人一人が出入り出来る程度の扉がありました。

 ……トリーの言う通り。


「しかし初心者にしては剣の扱いに慣れてたな、エルフは肉弾戦をあまり好まないじゃなかったか?」

 

「……まあ、いいじゃないですか。早く地上に出ましょうよ」


「そうだな、色々あるもんだしな。ってもな、これダンジョンの入り口ってだけで、地上まではまだ遠いんだよな、結構歩かねえと」


 剣を使うエルフ、それはハーディにとってあまり触れて欲しくない部分なのでしょう。

 トリーもそれを察したのか、流すようにして話題の転換に乗っかり、そのまま小さい方の扉に近付いて取っ手に手を掛けます。


「ん……? あれ、っかしいな……開かねえぞ!」

 

 しかし、扉が開くことはありませんでした。別にその扉が、どこかの殺し屋家族が住む屋敷の扉のようにあり得ない程重い、ということでもありません。


「なんじゃと?」


 全員が扉を囲んで覗き込みます。

 観察していると、デューカがある一点に気が付きました。

 

「おかしいわね、この扉……魔導石が光ってないわ」


 扉に施された複雑で綺麗な紋様。そこには、様々な色をもつ宝石のような意思が、散りばめられていました。

 

 前回もちらっと出てきてましたね、魔導石。ここらでちゃんと説明を……

 

「何てことじゃ、魔導石が作動しておらんぞ」


「それじゃあ扉が開かないじゃない! この扉、魔導石がないと動かないのよ」


「そうか、私達はもうモンスター、魔力も人のものとは違うんだな……」


「ちくしょう! ハーディの話を聞いた時に気付けばよかった! 移動用魔導石が使えねえんだから、同じく人の魔力で動かすこの扉が使える訳ねえじゃん!」


 説明させてよ! ……まあいいですが。


「ど、どうしょう? 次に扉を開ける冒険者を待ってたら、何日経つか分からないし……」


 ハーディが弱気な声で言いました。


 ここ『二ヴルのダンジョン』は、それほど人気のあるダンジョンではありません。薄暗くじめじめして、モンスターも不気味な死霊系ばかりだからです。


 用途としては初心者の経験値稼ぎ、実戦練習ですが、それもほとんど移動用魔導石を使用してダンジョンに降りてから始まります。つまりこの扉が開かれるのは、レイナ達のように攻略目的の物好きな冒険者が来る場合だけであり、その頻度は割と低めなのでした。


「……いや、誰かが来るのを待つのは、やめた方がいいと思うよ」


「どうしてだ。なぜそう思う?」


 黒須くんの弱々しくも確信を持った響を持つ声に、レイナが問いかけます。


「も、もしその冒険者? が入って来たら、絶対に僕らを見て驚くよね?」


「そうね。扉の近くに基本的にモンスターが現れることはないわ」


「じゃが、それがどうした。ちゃんと説明すれば、戦闘になることはないわい」


「……ううん。きっと、戦闘が始まるよ。だって、その、……レイナさん達は、僕らの言葉を聞く気なんて、なかったでしょう?」


 そう言われてデューカもボーゼも、反論することは出来ませんでした。

 事実として、彼らは黒須くんたちを敵と即断して襲い掛かり、反撃されてこうなってしまっているのですから。


 今となっては、彼らは黒須くんのことも、自分たちのこともまるでモンスターとは思えません。しかし、ごく普通の他者から見た時、彼らの様子は、まるっきり人外のそれでしかないのです。


「……そうだな、少年――クロノスの言うとおりだ。冒険者と遭遇すれば、間違いなく戦闘が始まる。そうなれば……私たちは、暴走するだろう」


 レイナは、断言しました。

 チームのメンバーもまた、考え込むように黙りこくってしまいます。


 黒須くんとハーディは俯き暗い顔をしています。また自分達が原因で、彼女らのような犠牲者が増えてしまうかもしれない。今度はもっと大勢の人が。


 冒険者に遭遇してしまい敵意を向けられた時、自我を保てるかは分からないのです。暴走してしまえば、ゾンビ以上の人外レベルが出ない限り、ゾンビが増えてしまうのは確定事項でした。


「でも、じゃあどうすんだよ! 入り口はここだけだし、そもそも、地上に出たら人なんてわんさかいるんだぜ!?」 


「そう騒ぐな、トリー。地上に出た時のことは……その時に考えよう。どのみち、ここから脱出しないと意味がない」


「だから、どうやって、このダンジョンから出るんだよ!!」


 戦士の叫びには悲痛で不安な、泣き喚きそうな思いが込められています。


 パーティーの中で、もっとも人外の要素が分かりやすいのは、異様な左腕を持つ彼だからでしょう。どうあがいても、黒須くんに食い千切られたその左腕は、人のものではありません。


「出口なら、あるわい」


 トリーが大声を張り上げる中、ボーゼが静かな口調で諭しました。大きな声ではないのに、その言葉は場に染み渡ります。

 

「だから、この扉からどうやって――」

 

「そこは入り口・・・じゃ、出口・・なら他にあるじゃろう。トリー、ワシらの本来の目的を忘れたか?」

 

「目的? あ……」


 何かに気付いたように、トリーが呆けた表情になりました。


「ダンジョン攻略、ってことね? ボーゼ」

 

「……ああ、そういうことか!」


 デューカ、続いてハーディも、すぐさま答えに辿り着いたようです。


「え? どういうことなの?」

 

「クロノス、ダンジョンには入り口がある、なら出口があるのが道理だろう? 冒険者の目的の一つ、ダンジョン攻略は本来、その出口にたどり着くことを指してるんだ」


「じゃあ、その出口を目指せば……!」


「ああ、このダンジョンから脱出できる。ボーゼさんが言っているのはそういうことさ、でも、言葉で言う程簡単じゃないよ。ダンジョンの出口は、入り口から最も遠い場所、最奥にあるんだ。それは僕らがさっきいた場所よりもさらに奥、それに……」


 ハーディの言葉通り、ダンジョンから脱出するには、入ってきた場所から出ていく方法と、最奥にある出口を使う方法があります。出口を目指すということは、来た道をもう一度戻り、更に深層に潜っていくことを指しています。


 それだけではありません。出口から脱出することだけを、ダンジョン攻略とは言いません。

 当然、あるべきものがあります。


「ダンジョンの『主』の討伐か、ボーゼ」


「その通りじゃ。元々その為にここに来たんじゃからのう」


「……簡単に言いますね。中級とはいえ、ここのダンジョン主が討伐されたという話は、ここ最近聞いてませんよ」


 神妙そうにハーディは言いました。そう、ダンジョンのボスは道中リポップするモンスターに比べるまでもなく、格が違います。事実、ダンジョン主に挑んで全滅したという冒険者チームは珍しくありません。


 それでもボーゼは臆せず言い放ちます。


「今の儂等の力なら問題ないじゃろうて。元々の儂らの実力じゃと少し不安があったが、頼もしい戦力が二人増え、儂等の力も大幅に上がっとる。むしろダンジョン主が裸足で逃げ出すわい」


「……まあ、分からないでもないですが」 

「あれ、僕、戦力にカウントされてる……!?」


レイナ達も、ボーゼの言葉に反論はないようです。実際、ここまでの道程で苦戦した場面など一度もなかったのですから。行きと帰りの差が激しすぎて、冒険者達は拍子抜けすらしていました。


「ダンジョンの『出口』は魔力感応式ではない。ダンジョン主を倒せば自動的に開く。そこからなら、ワシらでも脱出することができる。実力も十分じゃし、入り口に戻るまでの過程で力の使い方も概ね理解しとる、出口がそこしか無い以上、やらん理由がないじゃろ」


 自信ありげに全員を見回すボーゼ。 


「まあ、確かにね……力が溢れてるのは事実だわ」

 

「この扉が使えない以上、それしか道はねえしな……よし、やったろうじゃねえか!」

 

「……ボスなら思いっきり力を振るえるな……ふふふ」


 乗り気な三人に対し、残りの二人は若干不安気でした。特に黒須くんが。

 

「……それしかないし、頑張ろうかクロノス。頼りにしてるよ」


「え? 僕が戦うのは決定事項なの? ねえ、ねえってば」  


 そんなわけで、一行はぐるりと向きを変え元来た道を戻ります。

 目指すは最奥。本当の意味での《冒険者の墓場》。そこで待ち受けるのは、二ヴルのダンジョンを統べる者。


 《死霊妃エレシュキン》


 新たな出会いが、そこで黒須くんを待っているのでした。

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