第10話 「新たな仲間たち」
黒須くんとハーディ、そして四人の冒険者はダンジョン内にあった小さな横穴の地面に腰を下ろして、向かい合っていました。
「――最後に、儂らのチームの要、紅蓮を紹介しようかの」
「……私の名はレイナ。『紅蓮の騎士』レイナだ。」
ボーゼに促され、女騎士はそう自己紹介をしました。
兜を外しているその顔の左半分は、爛れたような傷跡に覆われています。それは、彼女がゾンビである証でした。今は前髪に覆われその部分は見えません。
怒りにまかせて、黒須くんに襲い掛かった女騎士。
しかし、たとえ「異名」持ちの冒険者であろうと、オリジナルのゾンビである黒須くんに勝てる筈もなく。あっけなく返り討ちにされ、見事に彼女も黒須くんに美味しく頂かれ、ゾンビになってしまったのです。
ちなみに、彼女がゾンビになってから自己紹介をするまで、十二回ほど自殺をはかり、百六十回ほど黒須くんを殺害しようとし、一度だけ仲間も敵も関係なく皆殺しにしようとしました。
そのどれもが、あえなく失敗したのですが。
「さて、これで皆紹介が終わったのじゃが、改めて尋ねたい。信じられんことではあるが……どうやら本当に儂らは一度主らに殺されて、そしてモンスターとして復活した……ということで間違いないんじゃな」
野太い声の男、ボーゼが黒須くんとハーディに再確認します。
背が低く、屈強そうな肉体に、立派な口ひげを蓄えたドワーフ。四人の中で亜人であったのは、ボーゼだけでした。
今となっては全員もれなく|屍人(ゾンビ)なのですが。
「……恐らく、そうでしょう。そうとしか考えられない、というのが現状です。ボクもこの少年、クロノスに襲われて……そして彼の、仲間になりました」
エルフのゾンビ、ハーディがそう言うと視線が一斉に黒須くんに刺さります。
「え、えっと、その……ご、ごめんなさい」
居た堪れなさそうに縮こまり、怯えるその姿は、今にも取って食われそうに弱々しく、先の戦いで見せた恐ろしさなど微塵も感じられません。今の彼なら男女問わず、美味しく頂くことが出来るでしょう。
「ふうむ。まこと、信じられん。奇怪じゃ。しかし儂らは、この眼でしかと目撃したからのお。主らが、儂らが、紅蓮の騎士が、何度も死んでは蘇る様を。何とも不思議な光景じゃったわ」
狂乱した女騎士――レイナの大暴れによって、全員が、それはそれは、凄惨な現場を目撃し、そして生きていた頃なら絶対にできない経験をしていました。
描写するのも恐ろしい程ですが、さっき彼等がいた通路は、もはや元の原型を留めていないとだけ伝えておきましょう。
「わ、私は謝らんぞ!」
レイナは声を荒げて居直ります。無傷な側の頬が、少し赤く染まっていました。
寸前までの自分の醜態が、流石に恥ずかしかったようです。
「別にアナタが謝ることなんて何もないわ、レイナ。とはいっても、この子……えっとクロノスくん? 彼に謝ってもらっても、なにも変わらないのだけれど」
魔術師がレイナをなだめます。分厚いフードを外して素顔を露わにした彼女は、艶やかなロングストレートの黒髪に、切れ長の瞳を持つ美人さんです。
ハーディが切り裂いたローブから覗く胸元も、中々のもの。色々と豊満なレイナと並ぶと見劣りはしますが。
勿論、首筋にはばっちりグロテスクな傷跡が残っていました。
「とにかく、ボクたちは地上を目指しているんです。ダンジョンから脱出すれば、この呪いも解けるかもしれませんし、少なくとも、ダンジョンより地上の方が手がかりは多いはずです」
「地上に出た途端に死んじまう、なんてことも有りえるぜ?」
禍々しい左腕を恨めしそうに見つめながら、戦士が言いました。
「そもそも、オレはお前らを信用しちゃいねーんだ。この気色の悪い呪いについちゃ、信じるしかねえ。実際、事実だしな。でも『ここ』とは別の世界から来ただとか、元は人間だとか、本当かよ? お前らが、少なくともそのガキが、元から化け物だったって可能性の方が、大いにあるぜ?」
戦士トリーの言葉に、ボーゼもデューカもハーディも、何も言いません。
彼らも、戦士の言った可能性を考えていないわけではないのです。
「え………………っと」
そして黒須くんにも、それを証明することは不可能でした。彼だって気づけば地面から生えていたのです。何故自分がゾンビとして誕生しているのかなんて、分かる筈もありません。
だけれど、どれだけ言葉を尽くしても、黒須くんが彼らを殺して喰らい、ゾンビにしたことには変わりないのです。それが、本人の意思とは無関係だとしても。
「……無駄な論争は止めろ、トリー」
意外な事に、沈黙を破って戦士の言葉を止めたのはレイナでした。
まさかの反論にトリーが情けない表情になります。
「け、けどよ紅蓮。あんただって、そう思ってるんだろ?」
「当然だ、私も全部を信用している訳じゃない、けど私達では、この少年には勝てない。それは絶対的な事実だ。こいつを信用出来ない、だからといって私達に何が出来る? |多少(・・)、取り乱してしまったが、」
多少? その場にいる全員が内心首を傾げますが、口には出しません。それくらいは皆わきまえているのですよ。
「……多少取り乱してしまったが、もはや過ぎてしまった事は仕方がない。起こったことは取り消せない。それなら少しでも可能性のある方を、こいつ等と共に地上に出て人に戻れる方法を探す方が、よっぽど建設的だろう」
「…………ちっ、紅蓮がそう言うなら、仕方ねえ」
有無を言わせない迫力を見せるレイナ。しかし彼女は一つの選択肢と、一つの可能性を意図的に隠していました。
黒須くんを信用せず自分達だけで地上を目指すという選択肢。二人を信用しないならば、そもそも一緒に行動しなければいいのです。
しかしそうした場合、見過ごせない可能性が一つありました。それは先程、黒須くんがレイナ以外のゾンビを正気に戻したという事実から想定できるものです。
彼等から離れた場合、自分達はまた理性を無くし、正気ではなくなってしまうのでは、という可能性です。
無論、憶測の域は出ないのですが、何もかもが不明瞭な今、何が起こるか予想は出来ません。レイナは更なる混乱を防ぐため、この選択肢と可能性を、仲間に伏せていました。
それに仲間が気付いているかどうかは、分かりませんが。
「……ふむ。まあ仕方あるまい。クロノスにハーディ。主らを完全に信用したわけではないが、これも運命。共にこのダンジョンから脱出するとしようかの。なあに、主らの力とワシらの実力があれば、ダンジョン奥地に住まうダンジョン主さえ裸足で逃げ出すだろうがな、がははは!」
ゾンビであるのに快活に笑うボーゼ。彼の言葉で冒険者チームの方針もほぼ固まったようです。
「……ボクらが言うのも、どうかと思うけど、ありがとうございます」
「えと、……よ、よろしくお願いします!」
ハーディと黒須くんは立ち上がり、精一杯に頭を下げました。懇願するよりも、懺悔するような、そんな鬼気迫る雰囲気がありました。
「ちっ、足引っ張るんじゃねーぞ!」
嫌そうな表情と雰囲気を隠そうとはしないが、素直に同調するトリー。
「モンスターになっても魔法って使えるのかしら……」
トリーよりは気楽そうに、また別の心配をするデューカ。ローブは未だに破れたままなので、隙間から覗く肌と傷痕が扇情的です。
「…………行くぞ。ダンジョンの入り口は、そう遠くない」
新たな仲間が四人を加わって、即席の六人チームが出来上がりました。
さて、彼等は無事、人に戻ることが出来るのでしょうか? そもそも、ダンジョンから脱出することは出来るのでしょうか?
『ニヴルのダンジョン』は今だその全貌を見せてはいません。
冒険者にとっては攻略の続きを、ハーディにとっては本来こうなる筈だった探索を、黒須くんにとっては……流されるがままの現状を。
ダンジョン攻略が、始まります。
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