第8話 「生者を守るゾンビ」
鎧兜の下の素顔は、ダンジョン内に似つかわしくないほどに、均整のとれた美貌でした。年の頃は十七、八といったところでしょうか。黒須くんよりも年上ですが、それでもまだ、少女の面影を残しています。
スッと通った高い鼻梁に、桜色の唇。意志の強そうな眼が、幼さと大人らしさを併せ持つ独特の美に拍車をかけていました。
ウェーブのかかった、流れるような長い赤髪は、ダンジョンの心もとない明かりさえ照り返し、光り輝いているようにも見えます。
「う゛う゛う゛、う゛う゛う゛お゛お゛」
「レ゛イ゛ナ゛、助゛け゛て゛、苦゛し゛い゛ぃ゛ぃ゛の゛ぉ゛…゛…゛」
「あ゛あ゛、あ゛あ゛あ゛、喰゛ワ゛セ゛ロ゛、グ゛レ゛ン゛、ニ゛ク゛」
「くそっ、トリー! デューカ! ボーゼ!」
凛とした呼びかけに応えることのない、ゾンビになってしまった仲間たちを、赤い騎士、赤い
彼らは悲痛なうめき声を漏らしながら、身体を引きずるようにして、生者の肉を求めていました。
何故か、先ほど見せた黒須くんとハーディの動きとは似ても似つかない、鈍重な動きです。
女騎士の実力であれば、簡単に全滅させることができるでしょう。
しかし、彼女はそうしようとはしません。瞬時にそんな覚悟が出来る程、彼女は冷酷な部分を持ち合わせていないのでした。
「呪いか!? 何なんだ! まるで、まるでアンデッドじゃないか! 貴様ら、よくも私の仲間を……!」
三人のゾンビが近づけない様に、あくまで牽制の為に槍を振るいながら、女騎士は黒須くん達を睨みつけます。仲間がゾンビになってしまった元凶を、怨嗟を込めて。
「ち、違うんだ! いや、違う訳ではないんだけど!」
「……彼等もボクと同じ存在になったようだけど……理性を失っているのか? それに力も弱弱しい……なぜだ?」
言い訳にならない言い訳をする黒須くんと、どこか他人事のように状況を観察しているハーディ。二人は、彼等が女騎士を襲っている理由を理解していました。
ゾンビである自分達が彼等を食べたことにより、彼等はゾンビとなった。そして理性を失って、生者に襲い掛かる。ついさっきの自分達と同じ様な状態です。
ただ、黒須が食べてゾンビとなったハーディとは違って、女騎士たちの仲間は、理性も、凄まじい力も持ち合わせていません。
その様はまさしく、ゾンビのそれです。
ゾンビとなった仲間たちに襲われている女騎士に、黒須くん達の言葉を聞いている余裕などありません。
「目を覚ませ! 私達が戦うべき相手を、見失うな!」
「う゛、う゛り゛ゅ゛ぅ゛、り゛ゅ゛り゛ゅ゛、り゛ゅ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「グ゛レ゛ン゛、ハ゛ヤ゛、ク゛、オ゛マ゛エ゛ノ゛、ニ゛、ク゛、ニ゛ク゛」
黒須くんが食いちぎったトリーの左腕は再生していましたが、皮膚は土気色をして硬質であり、指は猛禽類の鳥のように三本だけになっています。
ボーゼも生前の威厳や威圧感はなく、口端からだらだらと唾液を垂らし、うつろな双眸で、女騎士を見ていました。
「頼む! 呪いごときに負けないでくれ! 私には、お前たちと戦うことなんてできない!」
「レ゛イ゛ナ゛、苦゛し゛い゛で゛し゛ょ゛う゛? ツ゛ラ゛い゛の゛で゛し゛ょ゛う゛?゛ ア゛タ゛シ゛た゛ち゛の゛仲゛間゛に゛な゛っ゛て゛よ゛。ア゛タ゛シ゛に゛ア゛ナ゛タ゛を゛、食゛べ゛さ゛せ゛て゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
ゾンビが女騎士を壁際まで追い詰めます。もはやこれまで、絶体絶命の状況ですが、それでも彼女は本気で抵抗出来ません。
たとえ異形になってしまったとしても、仲間とは戦えない。たとえ生者を食らうアンデッドに変わったとしても、仲間に槍を振るうことは出来ない。
――ああ、くそ。私も、皆と同じ、化け物になってしまうのか。
女騎士が諦めかけたその時でした。
「――や、止めてよ!」
女騎士とゾンビ達の間に滑り込むようにして、黒須くんが立ち塞がります。まるで彼女を守るかのように。
「クロノス!?」
「――何のつもりだ、貴様」
未だに他人事のように観察していた、というよりはただ現実逃避して突っ立っていたハーディと、女騎士が驚愕を露わにします。
「何ていうか僕が原因なんだろうけど、僕が言うのは間違ってるんだろうけど、そ、それでも! その、友達同士で食べ合うなんてダメだよ! それに女の人を集団で襲うなんて、もっと駄目だよ、卑怯だよ! え、えっと、えーと、とにかく止めるんだ!」
黒須くんが冒険者ゾンビに必死の表情で呼びかけます。
「む、無駄だよクロノス! 彼等は理性を失っているんだ!」
ボクらが食べたから! という言葉は流石に続きません。
ハーディの言う通り、ニュービーゾンビは完全に正気がぶっ飛んでいるように見えます。黒須くんの行為を自殺行為とは言いませんが、殆ど無意味です。偽善ですらありません。
マッチポンプどころか、放火犯が自分で燃やした家に飛び込んだようなものです。
ハーディも当事者である黒須くんも己の行為が愚かであることを自覚していました。ただ、体が勝手に動いてしまったのです。
しかし、その行為は決して無駄ではなく、呼びかけによって一つの変化が現れたのでした。
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