第7話 「抑えきれぬ衝動」
がじがじがじがじがじがじがじがじ。
じるじるじるじるじるじるじるじる。
「トリー! デューカ!」
「………………!!」
ボーゼが叫び、赤い騎士が無言のまま驚愕を露わにします。
がじがじがじがじがじがじがじがじ。
じるじるじるじるじるじるじるじる。
「ぐぁぁぁぁあああああ! ああああああ!」
「……、………………。…………」
突如として片腕を失った戦士は感じたことのない激痛にのたうち回り、言葉にならない声をあげていました。
ハーディに喰らいつかれた魔術師は、ぱくぱくと口を開閉することが精一杯のようです。
がじがじがじがじがじがじがじがじ。
じるじるじるじるじるじるじるじる。
黒須くんは肩に剣が食い込んだまま、引き千切った腕に夢中で食らい付き、ひたすらにその肉を貪っています。
ハーディは魔術師の首に噛み付き、しがみついたまま噴水のように溢れ出る血液を口端から垂らしながら一心不乱に飲み干そうとしています。
「な、なにが起こっとるんじゃ、何なんじゃこれは!?」
ボーゼは現状に理解が追いつかず、目の前の凄惨な光景に対して何一つ行動を起こすことが出来ていません。
ただ一人赤い騎士だけが、武器を構え動いていました。
「……離れろ!」
魔術師を『食べて』いるハーディを踏み込んだ勢いのまま槍で薙ぎ払います。その衝撃を避けることもせず、まともに食らった元エルフのゾンビは、黒須くんの元まで吹き飛ばされました。
捕食から解放され、そのまま前のめりに倒れこんだ魔術師は、その場でぴくぴくと痙攣を起こしています。ローブからのぞく指先は、からからに干からびているように見えました。
しかし、今の赤い騎士の冒険者に、仲間の容態を確認している余裕はありません。条件反射のように、考えるより先に体が動いたとはいえ、騎士もまた心中は混乱の最中にありました。
「お前たちは……一体何モノなんだ……!?」
がじがじがじがじがじがじがじがじ。
がじがじがじがじがじがじがじがじ。
吹き飛ばされたハーディは食事をしている彼を見ると同時に、まるで奪い合うかのように黒須くんが貪る戦士の片腕を食べ始めました。
赤い騎士のこともボーゼのことも忘れているかのように、二人とも夢中です。襲われたことも、自分が人間と戦っていることも、全てを忘れて、ただただ食べることに集中しています。
そして目の前で自分の腕を食われている戦士は痛みからか、その恐怖からか、意識を失ったようでした。
一度に二人の仲間を傷つけられ食料にされた事をようやく頭が理解したのか、ヘルムのスリットから覗く赤い眼光は怒りに燃え、視線で殺してやるといわんばかりの殺意を振り巻きながら、その光景と、元凶を射抜いています。
「…………許さない!」
鎧を身に着けているとは思えない速度で赤い騎士が二人に肉迫します。食事に没頭している二人を同時に貫くような動きで、腰を捻り大きく後ろに引いた槍を突き出しました。
常人ならば胴体を貫くどころか、真っ二つになるほどの速度と重さを持った尖撃。
しかし二人のゾンビは、その必殺の一撃を普段ならあり得ない方法で回避します。
ハーディは素手で槍の起動を無理矢理逸らし、そのずれた軌道の先にいた黒須くんは肩に刺さっていた両手剣の刀身を片手で掴んで引き抜き、そのまま槍にぶつけて弾き返しました。
この攻防の間、二人は一切攻撃を仕掛けた相手の方を見ていません。
達人技というのもおこがましいその挙動に、赤い鎧は一瞬驚愕のままに固まってしまいました。
がじがじがじがじがじがじがじがじ。
がじがじがじがじがじがじがじがじ。
ごくり。ごくん。
戦士の腕は跡形も残らず、肉片も骨片も残さず綺麗に二人の胃袋に収まりました。
「「ふう……。すっきりした!」」
黒須くんとハーディは満足そうな笑顔で、お互い微笑み合います。
まるで最高級のディナーに舌鼓を打った後のような、実に幸せそうで満たされた笑み。そこに悪意は一切ありません。
「……ふざける、な!」
当然、赤い騎士がそれを許す筈もなく、更に激情が燃え上がります。まるで本当に熱気を放っているかのような怒気が騎士を包み、周りの空気が歪んで見えるほどの圧力が発せられました。
そして再び攻撃態勢に入り、更に強力な一撃を放とうとしたその瞬間でした。
「うぎゃああぁぁぁああ!」
後ろの方で、野太い悲鳴が上がりました。
「なっ……!?」
赤い騎士が振り返ると、ボーゼがゾンビに襲われていました。黒いローブを纏った、仲間であるはずの魔術師の、ゾンビに。
「くそっ、デューカ! この! 正気にもどらんかい!」
「ボーゼさん、ごめんなさい、身体が、身体が勝手に動いて、ただ、ただアタシ今、ものすごく、あ゛な゛た゛を゛食゛べ゛た゛い゛の゛」
ハーディに噛まれた傷を治療しようとしていたボーゼは、突如として跳ね起きたデューカに組みつかれたのでした。
ゾンビに喰われればゾンビになる。それは大衆に広く伝わる一般常識です。
ただ、それは黒須くんの世界での常識であって、こちらの世界ではそうではなかった。ただそれだけのことでした。不用意に近付いてしまったボーゼが、魔術師に噛み付かれます。
そして赤い騎士と黒須くん達の間で倒れ伏していたはずの戦士もまた、魔術師と同じように起き上がります。虹彩は黒く淀み、その動きと表情に理性は感じられません。
「……何を、何をしたんだ貴様ら……!」
赤い騎士が茫然自失といった感じで、それでも怒りは消えないまま黒須くんとハーディに問いかけます。背後からボーゼの悲鳴が聞こえてきます。
「えー……えっと、つい……」
「……食べて、しまった、ような……」
二人は実に気まずそうに顔を見合わせ、騎士の方を見ないまま視線を逸らしながら答えました。当然、ごめんなさい、で済まされる空気ではありません。
ボーゼの断末魔が洞窟内に響き渡り、こうして赤い鎧の騎士を除いて、冒険者はこの場から消えてしました。
「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」」」
魔術師、戦士、司令塔のゾンビ三人が騎士に襲い掛かります。
「ど、どどど、どうしようハーディ!? 助けた方がいいの? どっちを?」
「……ボクにはもう、何にも分からないよ……」
この事態を引き起こした本人達は、ただ狼狽しながら傍観することしか出来ません。ただ彼等は戸惑いながらも、不思議と彼等を食べた事に対しては、罪悪感が浮かんでいませんでした。
そうしている間に、三人のゾンビが騎士に群がります。
「………………おの、れ……ぅうおおぉぉぁぁああ!!!」
彼等の耳を貫くのは、まだ少し、幼さの残る若い女性の絶叫。
それは仲間だった者に囲まれ纏わりつかれ、抵抗するすべもなく鎧を力づくで無理矢理剥ぎ取られた、赤い騎士の叫びでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます