第5話 「遭遇」
冒険者たちから『二ヴルのダンジョン』と呼ばれるそこは、地獄への通り道を思わせます。天然の岩石に囲まれた洞窟は異様なほど幅広く、天井は高い。
そして、ところどころ壁に設置された不可思議な松明と、妖しく光る苔状の植物とほのかな光を放つ不思議な鉱石。それらの光源が、ダンジョンの中を明るすぎず、暗すぎない、絶妙な照明バランスを保ちながら照らしていました。
耳の奥を犯されるような、魂を穢すかのような気味の悪い重低音が、常にダンジョンの壁から響いています。それはモンスターの唸り声か、それとも死してなお歩みを止めぬ、亡者の絶望か。
『―――――――――――――――――――』
それと一緒に聞こえてくるのは、こんな声。
「うわああ――――! 近寄らないで! 帰って! 土に還って!」
「ぎゃ―――! ボクを襲うなバカ! クロノスのおバカ! 敵はあっち!」
……。
「駄目! 無理! ボク骸骨とかゾンビとか駄目なの! ひいっ!」
「君もボクもほっとんどこいつらと同じだから! 大丈夫! 怖くないから!」
「怖いよ! キモイ! しかも多いし!」
……普段は薄気味悪い恐怖を振り巻くダンジョンで、ここはその最深部なのですが。
心なしか、ダンジョンに響く声も元気が無いように聞こえます。
今現在ダンジョンの中は、新米ゾンビの二人が、アンデッドやスケルトンといった大量の死霊系モンスターを引き連れて、これでもかと言わんばかりに騒ぎまくっていました。
「くそ! 消えろ! 消えてよ! 僕に乱暴しないで!」
「だから! こっちに! 瘴気をとばすんじゃない!」
襲い来るモンスター達を、黒須くんは不思議な黒い靄のようなもの、実体を持たない瘴気をぶつけて蹴散らしていました。
ゾンビの『瘴気』に当たったモンスターは、骨だろうが幽霊だろうが、爆発四散し灰になります。
これが、ついさっき不死人の集団を一瞬で消滅させた力の正体でした。
『瘴気』に抗えない低級のモンスターなど敵ではありません。
「それに当てられると、ボクまで消滅しちゃうから! 味方だからね!?」
本当に敵ではない人にも、被害は甚大なようです。ハーディは先程からちょいちょい冒険の終わりを迎えそうになっていました。
さて、この静かで「おどろおどろしい」なんて表現の似合う、はずだったダンジョンで、なぜ黒須くんとハーディーがどったんばったん大騒ぎをしているのかと言いますと。
黒須くんが生えて、ハーディと出会った『冒険者の墓場』あるいは『不死人の巣』と呼ばれたそこは、『ニヴルのダンジョン』の最奥に位置する場所。しかし新米冒険者のハーディが、たった一人で、しかも初挑戦のダンジョン奥地に来られるはずもありません。
彼は移動用魔導石と呼ばれる、いわゆる空間移動を可能にする道具を使って、ここまでやってきていたのでした。
魔導石はお金をたくさん積むことで、経験値稼ぎのしやすいポイントまで運んでくれるという、新米冒険者にとっては圧倒的有用性の高いものです。
しかし理不尽にもゾンビになってしまったからさあ大変。一度死んでしまい、人という生物から外れてしまったハーディには魔導石を使う権限がなくなっていました。当然、最初からゾンビとして生まれた黒須くんも同様です。
仕方なく、二人は徒歩で地上へ向かい、ダンジョン脱出を目指しているのでした。
そして現在、二人は結構な数のモンスターに追われ、ダンジョン内を走り回るはめになっているのです。
「くそ。それにしても、少し異常じゃないか……?」
「異常? 何が異常だっていうの? ハーディ」
一度モンスターを蹴散らして、隠し通路のようになっていた狭い脇道で、二人はしゃがみこんで息を整えていました。
決してモンスターが恐ろしい訳ではなく、不用意にアンデッドやスケルトンに出会ってしまうことによって、黒須くんが暴れることがないように。
ハーディは敵よりも身内の方に圧倒的な恐怖を感じていました。
「ああ。今までボクはダンジョンに潜ったことはない。それでも断言できる。ここにこんなにもモンスターがいるのは……異常だよ」
そう言ってハーディは黒須くんに説明を始めます。
『ニヴルのダンジョン』は、ダンジョンとしてのレベルが比較的低い方で、モンスターの巣にでも飛びこんだりしない限り、冒険者が囲まれたり追いつめられたりすることはあまりありません。
事実、ニヴルのダンジョンで多くの死者が出たという話はなく、死んだ冒険者はよっぽど不幸だったか、底抜けの間抜けであったかのどちらかです。
「……」
黒須くんはそこで『冒険者の墓場』での一幕を思いだします。
アンデッドに囲まれていた時に、彼等が口々に言った恫喝紛いの言葉。
(あの時まだ死んでいたハーディは知らないみたいだけど、たしか……なんだか自分達を『狩られる為に生まれてきた』みたいな言い方をしていたな。ハーディを『獲物』って呼んだ僕を目の敵にしていたような……)
それがどう関係しているのかは、まだ彼等には分かりません。
ですが、少なくとも彼等が今ゾンビであることは、このモンスターの異常発生と関係があるのでしょう。
「――――――!」
隠し通路の奥から、爛れた肉を巻き散らすアンデッドが現れました。
巣にいた固体よりも一回り大きく、強靭そうな見た目をしています。
二人に向かって結構速い速度で向かってきました。
「考えても仕方ないか。モンスターと遭遇しても、君の瘴気を使えば簡単に蹴散らせるし。どうしてか、ボクも生きていた時よりずっと力が湧いてくる!」
ハーディは両手を下ろした自然体から、構えもせずに剣を一閃。その刃は薄く瘴気を纏い、、向かってきたアンデッドの首を跳ね飛ばし、その肉体を爆発四散させます。
あとに残った灰のような粉塵が空気中に漂い、それはやがてハーディに吸い込まれました。
「よしっ、さあ行こうか!」
「ぎゅああああ! こっち来ないでってばぁあ!」
ハーディの後ろで大量のアンデッド達に襲われていた黒須くん。
瘴気を暴走させて、それらを一瞬で塵に変えていました。剣とか一閃とか必要ありません。叫んで騒げばはい終わりです。
「…………」
実力差、一目瞭然です。まあ、落ち込みますよね。
若干元気のなくなったハーディと、若干情緒不安定な黒須くんが元の広い通路に出たところで、彼らの前に新たな敵が立ち塞がりました。
「な、何じゃ貴様らは!?」
アンデッドが出す汚い声ではなく、はっきりとした発音を持つ野太い男の声。
声に反応して振り向く二人を見て、更に驚いた様な気配が黒須くんとハーディに伝わります。
「そ、その気配、容貌! やはりモンスターか!」
一瞬怯えた様な気配を見せましたが、即座に武器を構える当たり、戦闘には慣れている様子です。
「どうしたボーゼ!」
「……冒険者? いや姿はそう見えるけど違う!」
野太い声の男の後ろから、更に男女の声が響き、二つの影が現れます。
そしてもう一人。
「……この気配、人ではない」
赤い全身鎧を身に纏い、さらに赤く紅に染まった巨大な槍を構えた騎士のような姿をした人間が現れました。兜で遮られたその顔から響くこもった声では、男女の区別がつきません。
「《紅蓮》! 構えろ!」
ボーゼと呼ばれた小柄の男が、赤い甲冑に叫びます。
そう、新たな出会いは冒険者。それもチームを組んでダンジョン攻略に当たる、ハーディのようなぼっちとは違う本格的な冒険者でした。
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