第3話 「蹂躙と再会」
反抗期前の中学生。反抗期、直前の中学生。
大人にも社会にも世界にも、我慢ならない世代です。
当然彼もまたそうした多感な時期であり。
黒須くんは、ままならない思いを、アンデッドの群れにぶつけたのでした。
「さっきから何なの!? 何なんだよ! 意味不明だよ! ふざけんなよ!」
まだ声変わりしていない、可愛い気のある幼い声を荒げます。
「眼が覚めたら真っ暗で! 苦しいから這い出したら墓地みたいな変なとこで! 何か知らない人、こ、殺しちゃったみたいで!」
彼は特に何かをしようとした訳ではなく、ただ子供らしく、駄々をこねただけでした。
「ていうか何なの!? お前ら誰だよ! 怖いよ! ちゃんと説明してよ!」
それだけでした。それだけで、
「大勢でうるさいんだよ! 分かるように言ってよ! 何が《冒険者さま》なの!? ここどこだっていうの!」
黒須くんはこの場を制圧することが出来るのでした。
「ああ、もう、もう、ばか――――ッ!」
最後の雄叫びを最後に、墓には沈黙が戻ります。
「はっ、はぁ、はっ、はぁ……は?」
そして黒須君が落ち着きを取り戻し、色々溜まっていたものを吐き出し終わって、発散仕切った後。彼は妙に静かになった辺りを見回しました。
そして彼が見たのは、あれほどいたアンデッドが消え去って、独りぼっちに戻った墓地の状況でした。
そこには今息を荒げた黒須くんが一人立っているだけで、アンデッドの群れは跡形もなく、塵のように四散していました。
全滅です。
「……え、あれ? え?」
黒須くん、気付かぬうちに二度目の戦闘を終えていました。
その原因は今尚彼の身体から微妙に漏れている黒い靄のようなものです。
名付けるなら《瘴気》とでもいいましょうか。
低級で、魔人ともいえぬような獣ほどの知性しか持たないという『設定』のアンデッドでは、本気を出したゾンビが発する《瘴気》に当てられるだけで爆発四散してしまうのです。
周囲には死臭と腐臭が漂い、アンデッドだった粉塵が空中にふよふよと浮かんでいます。
それらは黒須くんが、呼吸をする度に彼の中に取り込まれていき、彼はそうして力を蓄えていました。
一体何が起こったのかも、何をしたのかも理解しないままに。
「……もう、何だっていうのさ……」
疲れ切った表情でへたり込む黒須くん。今のところ彼は冒険者に飛びついた以外ほぼ動いていません。だというのに精神的にはほぼ瀕死。
ゾンビ中学生、マジ泣き一歩手前といった半泣き状態です。
しかし、黒須くんの鳴き声が墓場に木霊する前に、むくっと起き上がる影が一つありました。
「な、なんだ。何が起きたんだ、さっきの……?」
この墓場という舞台に現れた二人目の登場人物。
黒須くんに速攻で噛み付かれ、瞬殺された新米冒険者でした。
干からびていた筈の身体は何故か完全に蘇っていて、声も変わった様子がありません。
ただ、一か所だけ。黒須くんに食い千切られた右側の首筋だけが、どす黒く変色していました。
「たしか僕は……アンデッドに襲われて……? それで――殺された……?」
その筈です。
ただ黒須くんがアンデッドに囲まれて虐められている間、すでに彼はすっかり再生していたのです。
うつぶせに倒れたまま、集団から離れた場所で様子を伺っていると、突然アンデッド達が粉塵へと爆発していきます。
そして、全ての経験値が消滅したその中心には。一際小柄で、貧弱そうな、でも確かに自分を殺したアンデッドが、今にも泣きそうな顔をして。
ばっちり彼の方を見ていました。
目と目がばっちり合います。
「お兄さん!」
輝くような笑顔を浮かべる黒須くん。
「ひぃっ!」
引き攣った表情で少し後ずさる冒険者。
そして次の瞬間、黒須くんはその脚力を遺憾なく発揮して、冒険者に飛びつきました。
ひとっ跳びで距離を詰めて。
冒険者の首に、抱き付きました。
「生きてたんだね! 死んでなかったんだね! 良かった、良かったぁ!」
「ひっ! ひっ! ひぃぃぃっ!」
自分が殺してしまったと思っていた人が生きていた。理由は分からないが、生きていた。黒須くんはその事実に感無量といった様子で、抱き付いたまま言葉を震わせます。
ただし、相手からすると自分を襲った相手が再び、同じ動作で襲ってきたようにしか見えません。食われた時のトラウマが蘇ります。
「気持ち悪い変なのに囲まれるし! ここ、どこだか分からないし! 急にお兄さん、襲っちゃったし! 食べてたし! もう意味わかんなくて! でもお兄さん生きてた! 生きてたよ!」
「ひっ、ひぃっ、ひぐ、ひぃーーっ!」
混乱ここに極まれり、といったご様子。
かたや全力でしがみついて感極まった様子の黒須くんと、かたや恐怖で満ち満ちた表情をしている冒険者。
しかし美形の青年が、まだ幼い男の子に抱き付かれて押し倒されている図というのは、冒険譚における感動の場面か、もしくは桃色の妄想が止まらない垂涎の場面といったところでしょうか。
これで冒険者が黒須くんを抱きしめ返せば、地面の底から別の意味で腐ったものが飛び出してきそうです、ええ。
「は、離せ! 離してくれ! 離して下さい! お願いします!」
「あ、ご、ごめんなさい」
冒険者のお兄さんを再び殺しかねない憩いだった黒須くん。今度は腕力で。
彼の懇願に等しい、泣きそうな叫びを聞いて冷静になることが出来ました。
「な、何なんだお前……いや君は」
突然襲い掛かってきたと思えば、目覚めた後には喜び狂って抱き付いてくる。それもアンデッドの群れを、触れることも動くこともせずに消滅させて。
ここ数分の間に、理解出来ないことが多すぎて冒険者の頭は混乱しきっていました。
――こんなの英雄譚だったら読者も置いてけぼりじゃないか。
冒険者の一周回って落ち着いてしまった部分の思考が、極めてどうでもいいことを考えます。
ただ一つだけ、これだけは実感していました。
黒須くんがもはやアンデッドという範疇に収まらない、ただのモンスターではないということことを。
「それがっ、僕もよくわからないんです……、気づいたら、ここにいて」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら黒須くんはようやく、ようやく他人と普通にコミュニケーションを取ることが出来ました。
一度殺害してはいますけども。
「あの! さっきは急に襲ったりしてごめんなさい」
ごめんで済む問題ではないのですが。
「それでその……よかったら教えてくれませんか。ここは一体どこなんでしょう?」
新米冒険者のエルフ、彼の名はハーディ。
彼は、今まで生きてきた中で最大級の困惑に包まれていました。
――一体、この子供は、何なんだ?
自分を瞬殺して食料にしたとは思えないほど、真っ直ぐで純粋な眼をした、小さなゾンビを前に。
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