第2話 「理不尽に抗う者」
「おう、自分あんまイキっとったらいてまうで? あ?」
「ワレ新入りの癖してあいさつもないんか。ここの常識も知らんのかいや。ごら」
「なに口間抜けに開けとんじゃ。まずは地面に頭擦りつけて土下座せえや、お?」
揃いもそろってぼろ雑巾のような服みたいな布を纏い、身体中の肉は干からびて削げ落ち、肌の色は土気色。魔人系のモンスターの中でも、個々の力は低級。
そのため群れで活動し、初級冒険者などの戦闘訓練に利用される哀れな経験値。
それが彼等《アンデッド》と呼ばれる経験値でした。
「こら、何黙ってんねん」
「坊主、自分が何したか分かっとんか? ああ?」
「なに手前勝手に冒険者さん殺したんか聞いとんやろが、え?」
「あ、でも、彼もびっくりしてますし、悪気はなかったんじゃ……」
一人心優しい? アンデッドがいるようですね。
ぞろぞろと、むしろずぼずぼと黒須くんの前に現れるアンデッドの数は、五十を超えています。
初めての戦闘(?)を終えて、放心状態の彼に、腐臭と肉片を巻き散らしながら取り囲む彼等に対して出来る行動は何もなく、ただ口と目を開いて茫然とするしかありません。
あっという間に彼の周りは墓ではなくアンデッドで埋め尽くされました。
「ええ加減何か喋れんのか、ごらぁ!」
「何とか言えや、ガキィ!」
口々に汚い言葉で黒須くんを罵るアンデッド。まだ幼い黒須くんはその恫喝に怯えてしまい、口汚さに怯えていました。
口が汚いのは、全身そこら中が汚いアンデッドだからでしょうか。
「え、えと、あの、なにがなんだかー……」
とにかく、何か返答しなければ暴言だけでなく暴動が発生しかねないと、判断した黒須くん。
モンスターの群れとコミュニケーションを取ろうと話しかけ始めます。
「は? まずは『すいません』やろが、コラ」
「え? あ、はい。す、すいません」
街中で電話しながら謝るサラリーマンの如く腰を曲げる黒須くん。
――いや、僕は何を誤って、一体なんで謝っているんだろうか……。
土から生えて、出会った冒険者を食べてしまって、そしたら何かまた生えてきて、口々に罵られて。状況を把握できてはいても、それを理解出来てはいないようで。
未だ混乱しっぱなしの黒須くんはまだ中学生、ゾンビであっても中学生。
大勢の大人(モンスターですが)に囲まれて口々に謝罪しろと怒鳴られると、身体は勝手に反応してしまいます。
彼はまだ反抗期前の、従順な中学一年生でした。
「ええか新入り。お前やってもたな、やってしもうたなぁ」
一人のアンデッドが黒須くんに近付き、彼の顔を覗き込むようにしてメンチを切ります。
ヘドロを煮詰めて腐らせたような、とてつもない口臭を吐きかけられた彼ですが、動じた様子はありません。
「あのもしかして、このお兄さんをこ、殺しちゃったこと、でしょうか……?」
黒須くんは、自分とアンデッド達から少し離れたところに倒れている、新米冒険者を見やります。
今に至るまでに自分がやらかしたことというと、その冒険者が横たわる原因となった戦闘くらいしか考えられません。
「そうや。よう冒険者さん殺してもてくれたなぁ?」
「す、すいません! つい! 皆さんの
ただでさえ歪んで崩れ落ちて原型を留めていない顔を、更に歪めて不快感を露わにするアンデッドたちを見ながら、黒須くんは彼等が怒っている理由を察したようです。
きっとこの人(ではない何か)達は、自分が殺して食べてしまったお兄さんを狙っていて、それを横取りされたから怒っているのだ! と。
しかし、どうやらそれは違ったようで。
「獲物ォ!?」
「手前、身の程分かって言ってんのかコラァ!」
「何様のつもりじゃゴラァ!」
「不敬ですよぉ!」
アンデッド、激昂しています。最後の人はたしなめる感じで。
「え? え?」
また怒りをぶつけられた黒須くんですが、今度は別の理由で困惑してしまいます。
なぜなら、
「た、たかだか下級モンスターが、その中でも低級のアンデッドが、ぼ、冒険者様を」
「獲物呼ばわりやと!? 何ちゅうことじゃ……!」
「悪魔や、お前は悪魔の子供や!」
「……は?」
純粋な怒りよりも、どこか恐怖心を持って怒号をぶつけられたからです。
「お、恐ろしい子……!」
丁寧な口調のアンデッドも白目を向いて驚いていました。マンガなら背景にガーン! と文字が浮かんでいることでしょう。
「俺達低級モンスターは、冒険者様の糧となるのが生まれた頃からの」
「使命ってもんやろ!?」
「へ、ええ?」
黒須くん、非常に戸惑った表情で狼狽しています。
「それを手前、新入りの分際で」
「この《狩られ場》にひょこっと来たかと思ったら」
「まだ冒険始めたての、未来ある冒険者様を殺して」
「挙句の果てには獲物扱いときた!」
「信じられん!」「消え去れ! 今すぐに!」「め、召されよ、召されよぉ!」「神よ、悪鬼を見たこの目をお許しください……!」
息ぴったりですね。
何人かはアンデッドの癖に神に祈っていますね。堂々と。
黒須くんを取り囲む全てのアンデッドが、思うように思いつくままに、彼にとっては意味不明な感情を内包させて口々に叫び、そしそれは罵詈雑言の嵐として彼に襲い掛かります。
黒須くんは色々あって地面から生えた小柄な中学生。対して周囲に居るのは、少なくとも彼よりは年上の、大柄なアンデッド。
完全にアウェーイな状況で、一方的に怒鳴られ続けた彼はというと、
「………………」
俯き、肩を振るわせ、拳を握りしめ、
「……………い」
眼に大粒の涙を溜め、唇を噛みしめて嗚咽をこらえ――
「…………………………さい」
るのではなく、
「…………………………うっるっさぁぁああいい!」
彼もまた感情を爆発させたのでした。
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