第五話 オレ、転落人生が始まっちまうんだけど……?

「あ、カミサマ、おかえりなさい! とりあえずポテテ買ってきてください! しゅわっとコークもお願いします!」

「……なじみすぎだろ、おまえ」


 仕事を終え、帰宅したばかりのオレは、辟易とため息をついた。

 エンガーデンからやってきた生け贄のエルフ、ニートは、その名前のとおりニート生活をエンジョイしている。

 本目さんとの完全な縁切り騒動で、こいつの信用というか好感度は地に落ちているのだが、さすがに完全無知娘をほっぽりだす度胸と悪逆は、オレにはなかった。

 そも、異世界エンガーデンは、夢の中のオレそのものだ。

 ということは、このロリエルフも俺の一部ということになる。

 面倒を投げだすのは、さすがに後味が悪い。

 厄ネタを抱え込みたくはなかったが、放置するなんて選択肢はそもそもなく。

 オレは仕方がなく、彼女の同居を許していたのだった。

 許して、いたのだけど……


「おまえ、せめて家事ぐらいしろよ」

「家事……?」

「可愛く小首をかしいでもだめだ」

「まえも言いましたが、あたしは、エルフザーンの族長の娘なので、家事なんてしたことがありませんです」

「確かにまえも聞いたが、ここに住む以上なんかはしてもらう。覚えろ」

「あたしは、カミサマのおつくりになられたエンガーデンに住まう鎮魂の民で、カミサマの荒ぶる魂を鎮めることこそが使命ってなもんで。それはそもそも7000年前、エルフザーンが神聖帝国から独立を──」


 そしてニートは、自分の出自がいかに高貴であるか、胸に手を当て得意げな表情で語りだした。

 こうなると手に負えない。

 こいつは自分が満足するまで、部族の武勇伝を語り続けるのだ。

 酔っぱらいの親父か!

 嫌な上司が酒席で披露する武勇伝(犯罪)かよ!

 要するに、ガチ箱入り娘ニートちゃんは、お料理なんてちたことないモヤシなので、全部オレがやらなければいけないということなのであった、チクショウ!

 恐ろしいことに、この世界の住人ではないという理由から、一人で買い物にも行かせられない。

 なにせ警察に職質でもされれば、一発アウトだからだ。

 この高貴なロリエルフ、ビザもパスポートも、身分証明書だってお持ちではないのである。

 そのことを逆手に取ったこいつは、最近調子に乗っている。

 カミサマであるはずのオレに、買い出しにいかせるのだ。ツータヤで、DVDとか漫画も借りてこさせられたことさえある。

 ……あれ? オレって召使かなんかじゃないのか?


「いいえ、カミサマはカミサマです! カミサマにはなんとしてもお怒りを鎮めていただき、、エンガーデンを救ってもらわなくてはいけないのです! あ、裂けるチーズも買ってきてください!」

「だったらオレのご機嫌ぐらい取ったらどうですかね、このクソニートちゃん……!?」

「いひゃい!? いひゃいれす!? なんれこんなひろいこと──ひゃうん!」


 思いっきりそのもちもちほっぺを引っ張ってやった。

 目じりに涙を浮かべ、真っ赤になったほっぺを両手で抑えるニート。

 ああ、チクショウ。

 オレも疲れてるんだがなぁ……


「で、ほかになにがいるんだ? ポテテとコークと裂けるチーズだけでいいのか?」

「ぴょっこーん!」

「うるさい」


 そして座れ。


「勢いよく立ち上がるほどうれしいのです! カミサマもついにご機嫌麗しゅうなのですね! ではついでに、肉まんも買ってきてください! あ、酢醤油ではなく、からしでお願いしますってなもんです!」

「注文がこまけぇなぁ、おい!」


 あー……もういいや。

 どうにでもなれ。

 そんな感じで、オレは近くのコンビニへと、疲れた体を引きずって向かったのだった。


「ありがとーごっざっしたー」


 コンビニ店員さんの元気な挨拶に見送られ(ちょっぴり元気をもらった)オレは荷物を抱え、帰途に就く。

 肉まんは二つ買った。

 オレも、なんとなく食べたかったからだ。


「はぁ……」


 帰り道、階段の上でため息をつき、夜空を見上げる。

 深夜をすでに回っている。

 星座の名前なんてわからないが、こんな都会からでもはっきり見えるぐらい、満天の星々だった。

 すっと、星空を一条、流れ星が翔けた。


「む」


 なにか、願い事をしようか。

 なにがいいだろう。

 真っ黒な会社の待遇改善か。

 上司のハゲが悪化するようにか。

 ニートを追い出す方法か。

 それとも、本目さんとのよりを戻す奇跡か。

 それらはきっと、どれも現実的ではなく。

 だから、オレはこう願った。


「もうちょっと、世界が平和になりますように」


 衝撃。

 視界が反転する。

 誰かがぶつかってきたのだと理解して、そして灼熱を感じた。

 熱い、背中が冷たい、痛い。


 ──


 足が滑る。

 滑落。

 俺は転がり落ちていく。

 階段を、転落する。

 最後にこの目で見た光景は。


「──なんで」


 震える両手を真っ赤に染めた、本目さんの姿だった。

 意識が/途絶える──


§§


 その日、エンガーデンは地獄のような惨状に陥った。

 いくつもの竜巻が大陸全土で吹き荒れ、文明と種族を根こそぎにしたのである。

 死傷者数は、500万を超えていた……。

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