第三話 オレ、濡れ衣を着せられちまったんだけど……?

 あの日以来、本目さんには露骨に避けられている。

 会社で、死ぬような業務の合間を縫って、誤解を解くべく事務へ顔を出しても、そ知らぬ顔で知らんぷり。

 退勤を待って話しかけても、無視される。

 挙句の果てには社内メールで話しかけるなと通告されてしまい、オレは完璧にフラれてしまった。

 同僚たちからも、オレは哀れなピエロだとか、ストーカーになりかけのダメ人間だとか、さんざんな悪罵を浴びせかけられた。

 つらい。

 とてもつらい……

 とはいえ、だからと言って会社を休むわけにいかないし(そもそも有給など取れない)こうなれば安らぎの場所は自宅しかない……はずだったのだが。


「カミサマ、お帰りをお待ちしておりました」


 玄関を開けると、金髪ロリエルフが、三つ指ついてオレを待っていた。

 なんでこいつまだいるの? という気分だが、どうやら帰れないらしい。


「あたしはエンガーデンでもっとも高貴な民エルフザーンの族長の娘なのです。なので、カミサマの荒御霊を鎮め、世界に平和を取り戻すまで、あちらに帰ることはできないのです」

「ほう」

「衣食住は、こちらでお世話になるのだと、歴代の生け贄たちは教わって来ましたので、よろしくってなもんです」

「はーん、ふーん」


 適当に聞き流していると(正直お世話になるとか聞き流せないところも多かったけれど)唐突に彼女は安堵した顔になって、


「ところで、あたし安心しましたのです」


 と、ため息をついた。


「実はカミサマのところへ行った生け贄たちは、ひとりたりともエンガーデンには戻ってこなかったのです。なので、カミサマは鬼畜外道なのだと思っていたのですが、思ったより鬼畜外道ではありませんでした! ちくしょうオウガぐらいでした! いやー、これで安心してカミサマのもとで御厄介になれるってなもんですよ!」


 おう、本人を前にしてそう言ってみせる胆力だけはほめてやるよ。


「だがな、ニート」

「はい?」

「オレはおまえとの同居など、認めた覚えはない! 断じてない!」

「なんですとー!?」


 なんですとも、へったくれもあるか!

 だいたいなんだ、エルフザーンって!

 エルフだろ、どう見てもエルフだろ!

 いや、そこはいい、重要じゃない。

 問題は、ひとり暮らしの成人男性が、どう見ても外人の、ロリにしか見えない女の子を家に同居させたらどうなるかという話だ。

 ……犯罪だろ。

 間違いなく犯罪だろ。

 未成年略取だ。

 しかもおり悪く、オレはいま(こいつが原因とはいえ)彼女にフラれたことになっている。


「どー考えても、ピィィィィンッチ!」

「その、ピィィィィンッチ! とはどういう意味ですか!? はっ! ひょっとして、エンガーデンを修復し、あたしをもとの世界に戻す呪文では!? やー、カミサマちょー優しいー」

「やかましいわ、ロリエルフが!」


 こっちは真剣に考えてるんだよ!


「クソ……まあ、こんなもん、いますぐに答えが出るもんでもないしな……」


 そもそも、なんでオレが眠ったら異世界になるのかもわからないのだ。

 いまさら過ぎる問題である。


「とりあえず、飯にしよう。おい、ロリエルフ」

「ニートです。ニート・ナードなのです!」

「……そっちがいいならそう呼んでやるが……おい、ニート。玄関でオレを待ってたってことは、飯の用意ぐらいで来てるんだろうな?」


 そこでニートは、は? なに言ってんのこいつ? という目でオレを見た。


「は? なに言ってんのこいつ?」


 実際に口に出しやがった。


「できるわけないじゃないですかー、ヤダー。あたし、いいとこの娘ですよ? 世界一高貴なエルフザーンですよ? 料理なんてできるわけないじゃないですかー」


 やだなー、はっはっはっは!

 と、やけにイラつく調子で笑って見せるニート。

 なるほど、ニートだ。

 こいつはニートだ。

 だが……一縷の可能性はある、尋ねてみよう。


「じゃあおまえ、なにができるんだ」

「カミサマのおそばにいることができます!」


 どや顔でサムズアップを決めるロリエルフ。


「それだけか」

「それだけです」


 決定した。

 やっぱこいつニートだわ。


「帰れ、早く元の世界に帰れ! ゴーハウス!」

「なぜです!? というか、帰れというなら帰してください!」

「出来るかそんなもん」

「できてもらわないと困るんですー!」


 わー!がー! と、玄関で吠えあうオレたち。

 討論は次第にエスカレートし、ついには取っ組み合いに発展した。

 噛みついてくるロリエルフ。

 なんとか抑え込もうとするオレ。

 なんだこの金髪ロリ、見かけによらず力がありやがって……!


「うおおおおおおおおお!」

「あわわわわわわわわわ!?」


 思いっきり、力を入れた瞬間、彼女は足を滑らせ体勢を崩した。


「アウチ!」

「あひゃん!?」


 もつれあって倒れ伏す俺たち。


「いてててて……」


 体を起こそうと、オレは床に手をついた。

 ふに。

 なんか柔らかい感触がした。


「……カミサマ……その、あたし、そーゆーのは……」

「おぼー!?」


 なにかのありえない力が働いた結果、オレはまるで矢吹先生ごめんなさい的なラッキースケベを体現し、彼女のこぶりながらなかなかの感触を持つ乳房を思うさまわし掴みでよっこらわっしょいっしょーい──


「こんばんはー」


 ──そして、最悪のタイミングで玄関の扉が開いたのだった。


「ごめんね、会社では避けちゃって。わたしも混乱してて、こういうこと、きちんと話し合わなきゃだよねって思って、それに、預かってた合鍵、かえしそ、びれちゃっ……たし……」


 次第に小さくなる彼女の声。

 本目さんの声。

 ああ……おーまい……


「この──真正ロリペド野郎がああああああああああああああああああああああ!!!!」

「アベシ!?」


 そして、オレの顔面に、本目さん渾身の右ストレートが炸裂したのだった。


§§


 その日、異世界エンガーデンは、これまでにない事態を迎えていた。

 空のかなたより飛来した巨大な隕石が大陸に激突。

 強力な地震、津波、火山の噴火などを起こし、文明の3割を消滅させたのである。

 死傷者数100万とも、200万ともつかない大災害だった。

 これによりいくつかの種族は絶滅し、エルフザーンはすごく怒られた。

 生け贄がうまくいっていないのだから、当たり前である。

 ああ、あのポンコツエルフ。

 すごく、クーリングオフしたい……

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