第二話 オレ、同居人ができちまったんだけど……?

 ドンドコドコドコ……ドンドコドコドコ……


 夜の闇に、大自然へと奉納する太鼓の音色が響きわたる。

 勇壮なリズムは神経を高ぶらせ、我々を恐怖から遠ざけた。

 燃え盛るたいまつ。

 舞い踊る部族の勇者たち。

 いにしえよりエンガーデンと呼ばれるこの大陸は、いま未曽有の危機を迎えていた。

 この数年、大地は鳴動し、地響きを続け、いくつもの都市が地盤沈下で地の底へと沈んでいった。

 太陽は燃え盛り、日差しは地獄の業火のようになって、雨は降らず、大干ばつがおき、我々は食べる糧すら失った。

 作物は枯れはて、泉は干上がり、森は熱で燃え上がったのだ。


 ドンドコドコドコ……ドンドコドコドコ……


 エンガーデンは、これまでも幾度となく、神の怒りとしか思えない大災害を経験してきた。

 大河が氾濫し、火山が燃え、世界は幾たびも滅びに瀕した。

 それでも、我々は生き抜いてきた。

 こたびも、きっと生き抜く。

 そのために、この世界の霊長たるエルフザーンの族長であるは、神を鎮める儀式を執り行わなくてはならない。

 救世の乙女にことを託さねばならない。

 そうだ、生き贄の儀式を行わなくてはならないのだ。


「ニート、覚悟はできているか?」


 わしは、感情を押し殺し、愛娘の名前を呼んだ。


「はい」


 か細い声で応じるのは、わしの愛娘、ニート・ナード。

 貴重な水によって身を清め、肌がすけるほどの薄衣を身にまとっている。

 その耳はわしと同じく、長くとがっている。

 これは、わしの部族の特徴である。

 同じく特徴的な金糸の髪も、碧玉の瞳も、いまはどこか精彩を欠く。

 いけにえをつかさどる、神聖な部族エルフザーン。

 そして生け贄は、族長の家から出すと決まっていた。


「ニート」

「はい、お父さま」

「……さらばだ」


 わしの言葉に感極まったのか、ニートは唇を引き結び、ぎゅっと目を閉じた。まだニートは、部族では幼かった。

 その細く、折れそうな背中をそっと撫で、忸怩たる思いでわしは、娘を祭壇へと送り出す。


 ドンドコドコドコ……ドンドコドコドコ……


 生け贄をおくりだす音色が響く。

 祭壇へ横たわった娘に。

 仮面をつけたわしは。

 刃を、突き立てたのだった──


§§


 最近、オレに彼女ができた。

 会社の事務の子で、本目ほんめいのりさんという。

 上司とのいつもの飲み会のあと、ちょっといい雰囲気になったオレたちは、そのままアッハンウッフンとカラオケに繰り出した。

 そうして、なんかいい感じになったのである。

 酒が入っていたせいでよく覚えてないとか、断じてない。

 ないったらない。

 ともかく、オレは惑星キミを巡る衛星になったのだ。

 ようするに、彼女はオレの太陽だった。

 本目さんは毎日弁当は作ってくれるし、仕事中も甲斐甲斐しくメールを送ってくれる。

 そのせいか、オレの心臓はバックンバックンだし、地に足がついてない日々が続いていた。テンションはフォルティッシモ!

 そう、まさに恋のパラダイス!

 おう、楽園のソナタ!

 ……もっとも、おかげで異世界は大惨事だったわけだが。


「でーもー、そんなこと関係ないー。オレの幸せがイチバンだからなー」


 ベッドで枕を抱いて、乙女のようにキャッキャするオレ。

 サイコー、彼女いるだけで勝ち組、サイコー。

 今日も本目さんが手料理を作ってきてくれることになっている。

 オレの注文通りなら、肉じゃがらしい。得意料理はハヤシライスとも言っていた。

 最高か。

 マジ最高か!

 まさに我が世の春が来たという感じだった。


「やったぜ!」


 歓喜の声とともに、両手を天井へと突き上げた瞬間だった。

 急な酩酊感──ドンドコドコドコ……と言う不思議なリズム──それらと同時に、視界がゆがんだ。

 次の瞬間、天井に突然が開いて。

 あっと思ったときには、〝〟が落下してきていた。


「ぐげぇ!?」


 とっさに受け止めたオレが受けるダメージはクリティカル!

 カエルがつぶれたような声が出る。

 いったいなにが起きたのか。

 原因を探るべく、オレは腕の中のものに手を伸ばした。

 もみもみ。

 もみもみ。


 ……やわらかい。


「あ……ん……」


 甘い声。


「…………」


 嫌ぁーな予感を覚え、恐る恐る視線を落とすと、そこには──


「あの……やさしくしてくださいね……カミサマ?」


 なんかうるんだ瞳で見上げてくる金髪の美少女が、ほとんど真っ裸の姿ですっぽり収まっていた。

 オレの腕の中に、半裸の美少女。

 半裸の美少女がいた(ここ重要)。

 しかも耳が長い。目が翡翠色してる。

 あれだ、山田。

 違う。

 エルフ、エルフだった。

 なんか冷静に分析したけど、やっべーことが起きてるのだけは理解できた。


「え、だれ? おまえ?」

「あ、あたしは、ニート」

自宅警備員ニート……」

「ニート・ナードです」

ガリ勉オタクナード……」

「その……あたし、カミサマの昂ぶりをおさめに来たのです! どうか、お慈悲をください! あたしで満足してください!」


 彼女は、大声でそんなことを叫んだ。

 ドシャ。

 なにかが落ちる音が聞こえた。

 はっと視線を向けると、玄関で硬直している本目さんの姿があった。

 思わず、身を乗り出して叫ぶ。


「ちが、本目さんこれはちが──」

「サイッテェー!! そんなっ子どもに手を出すなんて、幻滅したわ!」

「ちょ、話を聞いて!」

「死ね、ロリコン!」

「ぎゃふん!?」


 投げつけられたジャガイモが顔面に炸裂し、オレは痛みに悶絶した。

 そして、決定的な破滅が、人間関係の断絶が発生したことを理解した。


「ほ、本目さ~ん!」


 情けなく彼女の名を呼ぶオレ。


「ちゃんと、粗相がないようにしますから!」


 さらに意味深で誤解を生みそうなことを叫ぶロリエルフ。


「警察沙汰なんだからぁ~!」


 社会的に終わりそうなセリフを吐いて走り去っていく元彼女。

 事態は混乱の極みだった。

 だー! ちくしょう!


「どーして毎度毎度──オレは、こーなんだ!?」


 絶望に叫び、暗澹たる気分で崩れ落ちながら、明朝出社したときのことを考える。

 きっと会社では、オレがロリコンで幼女を家に連れ込んであれやこれやしたという、あらぬうわさが蔓延していることだろう。

 なんだろう……人生、終わったかもしれない……


「カミサマ、どうしたのです? 元気になって?」


 ニートのセリフは、もうなんか意味深にしか聞こえなかった。


§§


 この日、エンガーデンには大寒波が吹き荒れ、13万人が死んだり死ななかったりした。

 オレの心も死にそうだったので、是非もなしである。

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