結:告白

実にそれから二週間もの間、僕の右腕のギプスが取れるまで、そんな感じの生活が続いた。

つまり、ひたすら獅子木さんと一緒にいたということだ。

だが、これには事情がある。


大学が始まって二週間くらいは、大体の学生は様子見のフェーズである。

何の様子見かというと人間関係の構築だ。


どういう人と関り合うか。

どんなグループを形成するか。

そういったものは、最初のうちは色々な形状が試されては姿形を変えていく。

それが三週間も経ったくらいになると、段々と整えられていくのである。

そのぐらい経つと、自分達の心地良い形というものを皆が自覚し始めて、コミュニティは一定の形に纏まっていく。

更に一週間経ち、大学が始まって一ヶ月後、ゴールデンウィークに差し掛かるであろう頃には、ほぼ固定されてしまうのだ。


そして問題なのは、この整頓からの固定化というフェーズに、僕が不在だったということだ。

入院期間と休養期間を合わせて二週間、会ったばかりの人間の記憶が頭の中から消え去るには十分な時間である。復帰したころには、学科内のグループ形成は既に為されており、僕が入り込むような隙間は存在していなかったのだ。

ちなみに、これらの分析は、獅子木さんによるものである。

数少ない女性たちは一つのグループを形成することになったが、やはりというべきか案の定というべきか、入学当初から異なる雰囲気を纏っていた獅子木さんは、その後も更に浮いたままであり、別に意識して省かれたりしたわけでもないのだが、自然と孤立する形になったという。

そんな立場で、学生達がどうコミュニティを形成していくのか、外側から眺めていた獅子木さんからの、多少悲壮感の混もった説明であった。


一週間くらいで僕は片腕生活に慣れてきて、概ね、獅子木さんの助けが必要な状況は抜け出していたのだが、その時には既にお互いがコミュニティから孤立していたので、たまたま大学内での寄合を形成したという、ただそれだけの話なのである。


***


また、こういった状況が発生したことによる弊害があった。


男女が一日中一緒にいて、それが何日も続いたら、周りはどう思うだろうか。

仮に片方が腕を吊るしていようと、明らかにそれは恋人同士の関係に映るだろう。

いやむしろ、怪我をしていて一方がそれを助けるという光景は、甲斐甲斐しいやりとりに見えて、その認識をより強める結果になるかもしれない。


とまぁそういうわけで、そんな生活が何日か続いたころにはどうやらそんな噂が立ち上ったらしく、たまたま獅子木さんが席を外している時、別の学生からどういう関係なのかと聞かれることが何度かあった。

もちろん、毎回毎回、特別な関係にあるわけではないと返すのだが、信用されていないらしい。直接聞いてはいないが、おそらく、獅子木さんも同じ目にあっているのだろう。


さて、そんな状況が続いてから突入したゴールデンウィークが明けたら状況がどうなっていたかというと、そんな質問をしてくる人たちは一切いなくなったのである。

しかし、噂が立ち消えたわけではない。

その逆で、噂が既成事実化してしまったのである。

こうなったら、もはや誤解を解く術はない。こちらに聞いてくる人がいないから、わざわざ説いて回らねばならない。

実態は噂と全く逆で、僕と獅子木さんは連絡先の交換すらしていないのにも関わらずである。

それはそれでどうかとも思うがさておこう。


なお、ひたすら獅子木さんと一緒にいたのは大学にいる時とその前後くらいで、日数自体も、ゴールデンウィークを挟んでいたのでそれほど多くはない。

僕が思うに、男女が恋愛関係を結ぶにはまだまだ足りないであろう程度の時間しか経っていない。

新生活が始まり浮かれた気分になった学生達の浮ついた気持ちが見せた幻が、僕と獅子木さんの関係なのだろう。


え、僕は浮かれていなかったのかって?

大学生活開始早々に轢き逃げされて、それでも浮かれている人間がいたら見てみたい。


***


さて、後日談だ。


ゴールデンウィークが明けて、平日を挟んでの次の土曜日。

獅子木さんに、長い間かなりの世話になったお礼をしたいと言ったら、映画館に連れていってくれと言われたので、一緒に行くことにした。

果たしてこんなものでいいのかと思ったので、少し奮発してそこそこ高めのディナーをご馳走することにしたら、だいぶ喜んでくれたので、僕はほっとした。

そこで、ちょっとした驚きが幾つかあった。小学生の頃、僕と獅子木さんは会ったことがあるだとか、実は獅子木さんは一浪しているだとかだ。

後者には特にびっくりした。獅子木さんの頭の良さは控え目に言っても周囲から頭抜けていて、確実に同期の中では一番だったからである。


そういった感じで一日を過ごし、いざ帰ろうとしたとき、獅子木さんから駅の近くにある公園に誘われたので着いていったら、そこは遠くに海を眺められる高台だった。

街の灯りの先に、夕日に照らされた海が見える。そういえば、小さい頃は自転車でここによく来ていたなぁと思い出す。

そんなことを考えながら景色を眺めていると、後ろから、獅子木さんが改まった感じで僕のことを呼んだ。


振り返ったその瞬間、唇に何か柔らかいものが一瞬当てられ、離れる。


まぁ、まず間違いなく獅子木さんの唇だ。

さすがにわかる。

夕日で少し判別しづらくはなっているが、目の前には顔を赤らめた獅子木さんが立っている。

言葉のない空白の時間がしばらく続いたあと、獅子木さんが口を開いた。


隠す必要もない。

告白されたのだ。


それに対する僕の返事については、まだ書かないでおこう。

代わりに、その時にふと湧いてきた気持ちを記しておくことにする。


ふざけているわけではない、茶化しているわけでもない。

これは、正直な、正真正銘の、僕の感情だ。


なんか逆じゃない?

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