第4話 冒険者たちの詩

 灼熱のサウナを抜けたオレが次に目指すのは火照った身体を癒す水風呂だ。


 普段サウナに行かない知り合いからはせっかく身体を暖めたのに急に冷えた水風呂に入って大丈夫?風邪ひかない?といわれるがこの水風呂こそがサウナの醍醐味!


 汗をたっぷりかききった身体に注ぎ込む15℃前後の冷水は皮膚や毛穴を引き締める効果があり、免疫力が高まることにより風邪をひきにくい体質になるだけでなく軽度の皮膚病程度なら入浴によって改善するとも言われている。そんな良い事ずくめの水風呂の浴槽を探しているとった、った。


 凝った岩作りの壁面から青にライトアップされた照明が神秘的に流れ出す冷水を照らし出している。その水が広い浴槽に注ぎ込んで文字通りのCOOL空間を創りだしており、ここはまるで異世界のナイトプールのようだった。


 オレはかけ湯を済ませると片足を浴槽の奥に沈ませた。熱した刀を冷却するように身体を末端から磨く意識でもう片方の足を踏み込ませる。そしておずおずと身体を下げていき水が肩の高さまでくるとその場に腰を下ろして背中をその壁面に押し付けた。


 ああー、良い。思わず呻き声が漏れてしまう。この快感を求めに一週間仕事を頑張ってる感じもあるもんね。ゆっくりと両腕を伸ばす。カラカラの体に水がじんわりと浸透していく。猛暑のサウナを耐え切ったモノにしか与えられない達成感を味わいながらオレは深呼吸。待ちに待った念願の水風呂ごほうび。それなのにオレは少し物足りなさを憶えていた。


 浴槽の水がぬるいのだ。さっきミロタウロスのおっさんやゴブリンの連中が浸かったというのもあるだろうが見た目の涼しさとは対照的に市民プール並みの水温というのはどうにも気持ちが悪い。タオルで顔を拭っていると「お困りかな?」と頭の上から声が注ぐ。


 驚いて顔を上げると浴槽のふちに小さなコロポックルのような、魔法使い風の老人がヒゲを撫でながら立っていた。俺はなんだか冷たさが足りなくて、とその老人に伝えると彼はふむ、とうなづいて木製の杖を掲げて魔法を詠唱し始めた。


我望む。

凍てつく森の精霊よ。

この場に氷柱を

創造させよ!


 短めの詠唱が終わると浴槽に大きな氷がごろりと浮かび、どこからか冷たい風が吹いてきた。水に浸かる俺の体感温度がどんどん下がっていく。びりびりと身体の末端に電流が流れる感覚にオレが歓声をあげると「元の温度に戻しておいた。後は自己責任でな」と言い放ちコロポックルの老人はシュッと姿をくらませた。


 水風呂の中で再び呻き声をあげるオレ。戦闘サウナで減ったHPが回復魔法により一気にフル回復になるイメージ。


 水風呂の管理人、コロポックル。あんた、最高の回復役ヒーラーだぜ。



 しばし水風呂を堪能するとオレは次の場所を目指す。一般的にサウナ入浴というのはサウナ→水風呂→休憩。このローテーションを1セットとして数えて世のサウナー達はそのセット数を競い合う。


 すこし歩くとさっきサウナ室で見かけたミロタウロスが鍛え上げられた肉体を見せびらかすように石造りの椅子に座り、眠るように目を閉じていた。その横の椅子が空いていたので俺は近くにあった桶で水を汲んで椅子を湿らせた。すると椅子が音を立ててその水分をその筐体に取り込んでいくではないか。


「アダマンタイトの甲羅から切り出したテルマー石を使ってんだ。すげぇだろ」


 近くにいた鳥のような姿のモンスターが驚くオレを見てそう知らせると羽を撒き散らしながら通り過ぎていった。異世界の亀は甲羅がテルマーで出来てるのか。緊張した心持ちでその椅子に腰掛ける。背もたれがリラックスしやすい倒れ掛かったベット式の造りになっていてオレは背中と頭をぴたりと壁面に付けてゆっくりと深呼吸。体中の水分が全部吸われてしまうのではないか、と思ったがそんなことは無くその代わりに体中から悪い成分が吸い込まれていく感覚があった。


 すげぇあの鳥の言うとおりだ。普段のサウナにもテルマーチェアはあった。でもそれが今はトイレのタイルに思えてくるほどのアダマンチェアの吸水性の良さ。目を閉じると意識が後ろの引っ張られように研ぎ澄まされていく。


『どうだい?異世界のサウナも悪くないだろ?』


 無造作に並べられたチェアの間から無言の問いがオレに投げかけられた感じがした。ああ、最高だ。こんなサウナなら毎日でも通いたいね。


『はは。そうかい。ノルマやら権力争いで現世も大変なんだろう?たまにはこっちでゆっくりしていきな』


 ありがとう。そうさせてもらうよ。そう念じると隣で眠っているミロタウロスの口元が緩んだ気がした。人間にモンスター。種族を超えた男たちがこのサウナに集い日々の疲れを癒す。休憩場所に寝転ぶ男たちの吐息はやがて唄のように連なり、無言のメロディーとなり流れていく。それはこの異世界で生き抜く冒険者たちの詩のようにオレの心に響いていった。


 身体を癒しきって洗い場に向かう。そこでも嬉しい事があった。カランを捻るとシャワーからお湯が出た。それを頭に当てると使い慣れた感触が。シャワーヘッドを眺めるとそれはオレが以前30回来店サービスで貰った景品と同じものだった。演出がニクいね。涙が出る。


――まだ司ちゃんに指定された時間まで余裕がある。オレはシャンプーで泡だらけの頭を洗い流すともう1セット、と意気込んで再び荒くれマスクがドアマンを勤める灼熱のサウナ室を目指して立ち上がった。



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