第3話 漢の世界

 ドアマンである荒くれマスクに導かれてサウナに招かれたオレ。ドアが開かれて足を踏み入れると目の前を真っ白な蒸気が包み込む。オレは戸棚から腰びきタオルを一枚取って熱を放つサウナストーンと木製ベンチの間を通る。室内にはゴブリンのような見た目の利用客が3人ほど。ストーン前のベストポジションを確保するとオレはそこにタオルを引いて膝の上に手を置いてからみつく熱波に身を委ねる。


……あーいいな。こういう感じで良いんだよ。シンプルで。数分が経ち部屋の雰囲気になれると俺は壁の温度計を眺めた。


 温度は75度と80度の間。意外と温度は高くないが湿度が高めに設定されている為、室内は熱さを耐えるには快適な環境に保たれている。


 どがん、と乱暴にドアが開き、たくましい上半身を持つ牛の顔をした男がひづめを響かせながら部屋に入ってきた。どうやら彼はミロタウロスの客人のようで慣れた様子を見せながら奥のベンチにどんと腰を落とした――思わぬ強敵とのエンカウント。


 彼の姿をチラ見するとオレのサウナ魂に火が付いた。決めたぞ。あいつが出るまではオレはこの部屋を出ない!仮想敵と見立てたミロタウロス。ヤツは鍛えられた両腕を組み呼吸のたびに鼻息を噴き荒らしている。


 久々のサウナバトルに内心テンションが上がるオレ。思い浮かべるのは子供の頃夢中にプレイしたゲームのボス戦BGM。脳内リピートは余裕なハズだった......。


「あっつ!」


 両方の長い角から滴る汗を振り払っていたミロタウロスが突然立ち上がると顔を真っ赤にしてドアの方へ一目散に駆けて行った。呆気に取られたオレとゴブリンが来るとき同様、乱暴にドアを開けた牛男の姿を見つめていた。


――勝負は意外な結末であっさりと幕を閉じた。そりゃそうだよね。全身毛だらけだもん。アイツ。すると入れ替わるようにドアが開いて浴衣を羽織った一本角の鬼と二本角の鬼が桶を片手に部屋に入ってくる。一本角の鬼は白目を見開くとオレ達に宣告した。


「これから5分間のロウリュを行いまーす」


 おお、このサウナにもロウリュがあるのか!注意事項を話し終えると二本角の青鬼が桶から取り出した瓶の栓を抜き、中に入った液体をサウナストーンの上に注いだ......部屋の温度がみるみる上昇していく。「グリーンスライムの溶解液を希釈した水です」と青鬼が説明を挟むとその手に持ったタオルをふわっと天井に回す。じわっとした熱さが肌にまとわり付いてくる。目の前に居た一本角赤鬼がするりと浴衣を脱いだ。


「さぁ野郎共、こっからが本番だ」


 ふんどし一丁のいでたちに気合が入った赤鬼が大きな団扇うちわを構えると「ヨッ、バショウセン!」とゴブリンの合いの手が入る。ニヤリと微笑んだ赤鬼が団扇を振り下ろすと猛烈な熱波が体内に注入される。熱い。熱過ぎる。団扇が振り下ろされるたびに汗と熱波で視界が遮られる。でもコレで良い。これが俺が求めていた本当の熱さなんだ!


 赤鬼と青鬼のコンビネーションが織り成す最強のロウリュ。それはまるで地獄の火炎車のようだった。


 ジリリと青鬼が持つタイマーがなり、ロウリュの時間は終わりを告げた。俺はしっかりとおかわり(ロウリュ終了後に個別に扇いでもらう事)を頂くと誇らしげな表情で部屋から退場するふたりの鬼にキートス!(ありがとう)と礼を言う。


 俺はその後もこの快適なサウナ空間で汗を流した。長くサウナに通い続けていると流れた汗の種類が理解わかってくる。後から部屋に入ってきたゴブリン達が熱さに耐えられずオレより先にサウナ室を出て行く……いい気持ちだ!扉を開けたゴブリンのひとりがオレを振り返ってこう言った。


「あんた、サウナ強いなぁ」


 オレのわき腹を肩凝り色の汗がつたう。同じ環境を耐え抜いた好敵手ライバルから受け取った賛美の言葉に猛暑の中でも身が震える。気付けば入室から30分経過。身体から悪い毒素を全て流しきった達成感に包まれていた。おっと、ここの異世界サウナの使用時間は2時間だったな。オレは名残惜しくその場を立ち上がると充実した気持ちでこの熱気 たぎるサウナ室のドアを開けた。


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