第2話 開かれた世界
異世界サウナ体験招待券(言いづらい!)を受け取った数日後、オレはいつものサウナのフロントを訪れた。「いらっしゃいませ!」若い女性店員が明るい声でオレを出迎える。
「いせ、このカードを今回ご利用ですね。こちらの部屋へどうぞ」
店員の女の子は辺りの客に気を使うように声のトーンを絞るとオレをフロント横の小部屋に招いた。椅子を引いて座ると「お客さんツイてますよ。今日はまだ予約入ってませんから!」とドアを閉めながらオレに言った。
予約?ロウリュの件を思い出して眉をひそめると「異世界体験はおひとりさまでのご利用になるんですよ」と女店員が言い、向かいの席に座り丁寧に頭を下げた。
「わたくし、このサウナの支店長代理の
はぁ、と彼女の笑顔を見て小さくうなづく。「ではこちらに着替えてきてください!」オレはつかさちゃんから海パンのような下着を受け取り、それを更衣室で穿いて再びフロントに現れると彼女は笑顔でうなづいてスタッフ専用のドアを開けた。
しばらく女性に肌を見られる機会が無かったから恥ずかしかったのだけれど、彼女も職業柄オトコの身体を見慣れているのか、オレを手招いて奥に続く幅の狭い道を歩いていく。行き止まりには遊園地のアトラクション演出のような物々しい大扉が置かれていた。
「こちらが異世界に繋がる扉となります」
にっこり笑ってオレを振り返るつかさちゃんにはぁ、と答えるしかない。異世界か。こないだ読んだライトノベルの内容と重ねてみる。
例えば――エルフのロリっ娘が現れて「おからだ、ながすのー」とシタッタラズな口調であかすりを手に持ちよちよちやってるとそのうち自然とタオルがはらりと落ちてこの作品に☆やコメントがいっぱい付くのであろうが、ここは男の世界。
新たにタグを付けなければならなくなるのでこれ以上の詳細説明は避ける。
閑話休題。
つかさちゃんは扉に向き直り手をかざすと扉の表面に薄紫色した円状の魔方陣が浮かび上がった。
我望む
流るる水の揺らめきよ
火と蒸気との
混じりによりい出し
発汗を暫し留めよ!
つかさちゃんによる謎の詠唱が終わると魔法陣が鍵穴のピンのように回転し、大扉が音を立てて開き始めた。
「ではここからは女人禁制ですので。二時間までのご利用となります。異世界でのサウナをお楽しみください」
扉を開けたつかさちゃんがオレにそう言い終えると俺はその場にひとり取り残された。扉の奥にはジャングルを
湯船の中のお湯は緑色をしており体感温度は少しぬるめ。濡れた指を重ねるとヌメリを感じる。ホントに大丈夫か?おそるおそる片足を浴槽の底に沈める。そんなに広くは無いが大人一人が身体を伸ばしても充分に収まる大きさだ。
お、浸かってみるといい感じ。一息つくと湯船の端でぴちゃ、と何かが跳ねた。湯に目を凝らすと底の見えない濁った緑色の中を何かが泳いでいる。
――魚だ。小さな数センチほどの大きさの魚がオレの身体をエサをついばむ様にして口先でつついていた。驚いて飛び上がると「なんじゃ、騒々しい」と湯船の向こうから甲高い声がした。湯を浴びせてしまった事を詫びようと立ち上がると湯気の婿から薄毛の中年、いや頭に皿を載せた河童が現れてオレに言った。
「おまえさん、ここは初めてかい?なら説明してやるよ。この湯を泳いでいるのはドクターフィッシュならぬキュアリーフィッシュ。身体から突き出た悪い所をこの魚が喰って粘膜で固めて治してくれるんだ。以前ひどい肌荒れの芸人を名乗る男がこの風呂に顔を押し付けたところ、たちまちに若乙女に劣らぬタマゴ肌になりフロントのお嬢ちゃんも驚いてたっけな」
そ、そうなのか。なんとなく身体を撫でると気になっていたムダ毛が消えていた。これはすごい!驚愕するオレの前を河童のおっさんが鼻歌交じりで通り過ぎて行った。
「どうだ。素晴らしい効能だろう!さっき話した芸人だがな、後にもう一度この湯船へ現れたがネタにしていた顔が治って仕事にならなくなった嘆いていたよガッハッハ!」
おっさんの姿が見えなくなるとオレは湯船を出てその先のサウナ室を目指して歩いた。なんだか疲れも取れて身体も軽くなったような気がする。しばし歩くと石タイルの天井のある場所に出てその奥にピーラ木材で造られた小屋が置かれている。アレが異世界サウナ…。入り口の前に立つあらくれマスクを被った男がオレの姿を見つけると筋骨隆々の腕を引いてオレをその中に
熱気立つ蒸気の先は如何なるものか。オレはその深淵に足を踏み入れた。
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