第6話高橋さんとの朝食
コーンスープを一口飲み、マグカップをテーブルに置く。そして高橋さんは俺の顔を、真剣な表情で見つめてきたのだ。
恐る恐る、食べていたヨーグルトを途中で止める。スプーンとガラス食器がぶつかり、カチャンッという音が、静まり返った一人暮らしの部屋に、鳴り響く。
「その……急な話なんだけど、まさくんは私のこと覚えていないの?」
(高橋さんは俺と、以前どこかで出会ったことがあるみたいな言い方だな……しかし、覚えてない。全くと言っていいほどに……)
「ごめん、覚えてない……と言うより、昨日あったのが初めてのはずなんだけどなぁ……」
高橋さんは、右手を顎に当て、しばらくだまっていた。
「そうだよ、昨日が私達は初めて会ったんだもんね……うんうん」
俺の答えに少し戸惑いながらも、一人で納得している高橋さんを見て、誠人の口からは昨日感じたことを、言うべきか迷った。
だが、あの違和感と安心感の正体が、心に引っかかっているのが、気持ち悪くて誠人は、口を動かし声帯を震えさせる。
「あ、あの、その事なんだけど……昨日合コンの時に、俺のことまさくんって高橋さんが呼んだの覚えてるかな? そのとき、妙な違和感を覚えたんだ。それも何回も。それと、高橋さんが潰れて、俺がおんぶした時。あと、肩に寄りかかって寝ている時に…」
「ちょ、ちょっと、私ったらまさくんの前で酔っ払って、寝ちゃったなんて…その、恥ずかしい……」
昨日あったことをそのまま高橋さんに伝えると、顔を赤らめて、すごく恥ずかしそうにしている。
それに釣られて、誠人も背中に胸が当たってたことを思い出して、頭が沸騰する。
二人して、顔を赤らめてあたふたしている光景を第三者視点から見ると、なんとも言えない甘酸っぱい空気のようなものが空間を包んで、ヒューヒュー。なんて言葉が飛んできてもおかしくない。
2人とも落ち着いたら、高橋さんの方から口を動かした。
「やっぱり、誠人さんとは昨日が初めてでした。さっきの話は忘れてくださいね」
「えっと……」
返す言葉を思いつかず、固まってしまう。そのまま、高橋さんは一言もしゃべらなくなり、二人は食事を終えた。食器くらい洗うよ! と言い張る高橋さんを、あんまり一人暮らしの男性の部屋に、長居するのは良くない! と止めると、高橋さんは申し訳なさそうして、帰る準備を始めた。
食器を洗い終えるまで、待っててくれたのか、椅子の上にちょこんと座っていたようだ。
「あの、色々とありがとうね。ほんとに助りました」
「どういたしまして、駅まで送ろうか?」
「えっ? いいよ、いいよ。私ひとりで帰れるから」
「そう? じゃ、またね」
「うん、じゃ」
玄関のドアを閉め、高橋さんの姿が扉で見えなくなる。そのまま、ひと休憩しようと思ったが、体は勝手に高橋さんを追いかけたのだ。
誠人はバタバタと靴を履いて、高橋さんを追いかけた。誠人が高橋さんの姿をもう一度見るのは、丁度高橋さんが、エレベーターに乗り込もうとしてるところだった。息を整えてる誠人を待っている高橋さんは、少しばかり嬉しそうだ。
「あの、どうしたんですか?」
「いや…やっぱり駅まで送ろうと思って。高橋さん一人だとちょっと心配というか。うん……」
「じゃ、お言葉に甘えて」
少々、無理に駅まで送ることになったが、すんなりと高橋さんは了承してくれた。照れてる高橋さんはやっぱり可愛かった。
駅に向かうまで、高橋さんの大学時代のことや、合コンで仲良さそうにしてた浅田 來未さんの話を聞いた。
駅に着くと今日は土曜日ということもあり、平日の朝に比べて、ぐっと人は少ない。
「あ、あの。もし良ければでいいんですが、連絡先を教えてもらっても、構いませんか?」
「構いませんよっ」
快晴の笑顔で、構いませんよっと言った高橋さんからは、待ってました! って感じ伝わってくる。高橋さんは、メモ帳に自分の電話番号を記入すると、誠人にはいっ! と軽やかに渡した。
「じゃ、またね。何かあったら連絡してねっ」
「う、うん。必ず連絡する」
「うん」
そう言って、高橋さんは手を振りら改札の方へと向かって歩いていった。その後ろ姿が見えなくなるまで、誠人は高橋さんを目で追ったことは言うまでもないだろう。
もらったメモ帳を、スボンのポケットに突っ込み、自宅に戻ることにした。帰りに飲み物が欲しくなった誠人は、コンビニに寄りミルクティーと、オレンジジュースをそれぞれ1本ずつ購入する。
自宅につくと、購入したオレンジジュースの蓋を開け、3分の1ほど飲んだ。かわいた喉を、柑橘の爽やかな甘みが潤す。
ポケットから、高橋さんにもらったメモ帳を見る。メモ帳の電話番号を確認し、アドレス帳に打ち込むと、LINEの方にも友達として追加されるのが、確認できた。
すると驚くことに、ケータイの画面には高橋さんとのトーク履歴が存在しているではないか。その事実に驚愕し、数秒ほど頭がフリーズする。
おそるおそる、内容を確認しようと履歴を開こうと試みる。その時、頭痛が誠人を襲い、頭がガンガンして、ケータイを落とした……
しばらくして頭痛がおさまり、ケータイの画面を見ると、高橋さんとのトーク履歴は、既に消えていた。誠人は困惑しもう一度トーク履歴の全てを確認する。しかし、どこを探しても高橋さんのトーク履歴は見つからなかったのだ。
誠人は幻覚でも見たのかと一瞬考えた。しかし、考えても考えても、全く分からなかった。
その後、この事を誠人が忘れたのは十数分後であった。
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