第4話 グラスホッパー

 マグマを抜けて、ルビードラゴンに別れを告げたわたしは、再びジャージに変身した。

 いやあ、水泳みたいなものだし、ちょっとは痩せただろうなと思う。マグマがジェットバスのようにお腹にあたって、エステ効果を上げたはずだ。

 そう、そうだ、今回はストレス発散のために来たのではなくて、ダイエットのために来たのだ。べつに太っているわけではないが、姉を慕わない不遜な弟をぎゃふんと言わせなくてはならない。


 軽快に走っていく。ダンジョンのなかには草原のような場所もある。高い天井はスクリーンのように青い空と太陽を映している。テラリウムのようでさすがに作為を感じる。わたしを異世界に運んだ存在も不明だし、ダンジョンを生み出した上位者がいるのではないだろうか。彼らとの戦いも前途に待ち受けているかもしれないが、今のところ、そういう気配ない。


「こんにちわー」

「こんにちわー」


 ケンタウロスが挨拶をして追い抜いていく。ケンタウロスとは馬の首から上が人間の上半身になっているモンスターである。人間よりも頭がよく、基本的に温厚だ。


 のどかだ。風が心地よい。

 雲でも、草木でも、鳥でも、なんだって眺めてよかったが、わたしは前を見て、ケンタウロスの揺れる尻尾とお尻を見ていた。

 筋肉質で引き締まっている。ああいうお尻になりたいとかではないが、やらしい感じがする。どんなお尻が最高なのかはまだケツ論に達していない。

 気づかれていないことをいいことにぐへへと眺める。エロいおっさんになったみたいだ。そこから発想が飛躍して、ケンタウロスって全裸のおっさんなんじゃないかという考えが浮かんだ。まったく、イイケツしたおっさんだぜ☆

 イイケツしたおっさんの背負っているカゴから、果物のルリンゴが落ちる。


「あ、落ちたよ」


 自然と声をかける。

 ケンタウロスは振り返った。渋いナイスミドルだ。全裸の……。まあ、ケンタウロスだからね。逮捕されることもない。髭は剃っているのだろうか、生えないのだろうか。まじまじと見てしまう。


「や、これは、どうも」

「山ほど、ルリンゴ背負って、どこ行くの?」

「峠のレストランですよ。最近、評判なんです」

「評判のレストラン……」


 その響きだけで、よだれが、おっと。


「ルリンゴのフルコースをつくるとか」

「へぇぇ〜」


 ルリンゴとは、ラストダンジョンの深層に自生している果物で、瑠璃色、リンゴとほぼ同じ味がする。リンゴとは違い、手入れをしなくても潤沢なマナさえあれば甘くなる。

 お察しの通り、わたしが名付けた名前が通用している。この草原フロアは前後の階層の関係でもともと寂しい場所だ。黄昏の草原という雰囲気だった。グルメ系のモンスターはおらず、ルリンゴとそれ以外の区別もされていなかった。しびれるほど酸っぱいのや苦いの、毒のあるのも関係なしに食べられていた。


「レストランにご興味がおありなら、ご一緒にどうですか?」

「ええーとー」

「もし、よろしければ、わたしの背に乗って、ルリンゴのカゴを押えていただけると、ありがたいのですが」


 これはモンスター助けだ。わたしは格好の口実を得た。峠のレストラン、そんなところに行けば、わたしはルリンゴのフルコースを食べることを我慢できないだろう。妄想が膨らむ。


「一口だけなら……」

「え?」

「いえ、わかりました! 行きます!」

「良かった。それでは行きましょう」


 ケンタウロスはひざまずき、わたしは彼の背に乗った。


「実は、約束の時間に遅れそうだったんです。あなたのおかげで急げます。つかまっていてください」

「わっ、ちょっ、ちょっと!」


 ケンタウロスが疾走をはじめる。一瞬にしてトップスピードに達する。

 わたしは彼の背にしがみつきながら、曲芸士のように落ちそうになるルリンゴを回収しまくった。

 ああ、これは体幹の筋肉に効きそうだ。いいぞ。

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