第3話 マグマスイマー
だれが言ったか知らないが、異世界には有名な格言がある。
――ダンジョンで走ると痩せる。
わたしはこの言葉を信じて、ダイエットするときは、ダンジョンで走ろうと決めていた。
まあ、理由は他にもある。現実世界は危険なのだ。トラックに轢かれるかもしれないし、うら若きJKは変質者に襲われる可能性も高い。だれかに見られて、ダイエットしているとばれたら嫌だ。現実のジャージを新しく買う必要も出てくるし、洗濯も面倒、魔法のジャージは洗濯不要である。
だから、ダンジョンで走ることは理にかなっている。
わたしは即死系トラップをぴょんぴょんと飛び越えていく。こっちの世界では何度死んでも瞬間的に回復できる魔法をエンチャントしているから、大丈夫だ。しかし体に槍が刺さったりはゾクッとするし、気分の良いものではないから、罠探知スキルをつかって避けていく。
「いちにーさんしー、にーにーさんしー」
部活には入っていないが、学校でよく耳にするバレーボール部の掛け声を真似て走る。
モンスターたちが喧嘩していた場所を通り過ぎ、ウィザードリィ空間をさらに進むと、また開けた場所に出る。
オレンジ色に光るのはマグマだ。熱さは感じない。炎無効スキルを最大まで取得しているからである。
「きゅいー」
マグマから飛び出してきたのは全長百メートル近くあるルビードラゴンの頭部。なついて媚びてくるが、でかくてごつごつしているから、あまりかわいい感じではない。しかし、こう来られると弱い。
「よーしよし」
抱っこして撫でてやる。ほとばしるマグマでジャージが焼けることはない。炎無効スキルは装備にも適用されている。
どうやら、ルビードラゴンは、魔王のいなくなったダンジョンの環境変化で生まれたらしい。明らかに魔王より強いと思う。裏ボス的な位置だったんだろう。彼とは噴火でダンジョンをぶっ壊しそうだったのを止めたときからの仲だ。
ルビードラゴンは極限まで喉を絞って、甘えた高い鳴き声を出す。
「きゅー」
「しゃーないなー、すこし遊んでやろう」
わたしはジャージを脱ぐ、白い光、競泳水着に装備が変わる。
ルビードラゴンの頭部に駆け上り、牡鹿みたいなツノにつかまる。
ルビードラゴンは、わたしを乗せて、マグマに潜る。
マグマに直接、飛び込んでも熱さは感じない。透視スキルによって、マグマの中を見ることができる。水のプールで目を開けたときのように目が痛くなることもない。我ながらチートスキルだと思う。サウナくらいの熱さに調整できれば、ダイエット効果があるんだろうけど、そこまで細かい加減はできない。
赤とかオレンジが美しい。マグマに生息するモンスターたちは特段、美しい。
これくらいのボーナスがないとね。小学五年生のわたしに異世界の命運が委ねられ、とっても大変な思いをしたのだ。
まず、スライムを殺すのがかわいそうでできなかった。もちろん、欺瞞だとわかっている。当時はそこまで深く考えていなかったかもしれないけど……。
わたしは牛や豚を食べるし、ベジタリアンになったところで、植物を食べることになるだけ。生きるってことは、だれかを、なにかを殺しているってことだ。
だけど、モンスターをモンスターだからって、レベリングのために殺すことは割り切れなかった。
だから、問答することにした。話し合いで解決というわけではなかった。ほとんどのモンスターとは話が通じなかった。向こうからしたら、言うこと聞かなきゃ殺すぞという脅迫以外のなにものでもなかったかもしれない。いや、脅迫だったのだ。
それでも、わたしは、わたしなりに不殺を貫くことができた。最後には魔王と一週間にもおよぶ睨み合いをして、向こうの心を折った。この戦いは家族を誤魔化すのが大変だった。必死に立ち回ったが、結局、捜索願いを出されてしまった。
わたしは異世界に対して、義理はなにもない。最初に手に入れたスキルが、強く望めば元の世界と異世界を行き来できるというスキルだったからだ。普通に帰宅し、異世界のことを忘れることもできた。
その誘惑は何度もあったけど、わたしはなんとかやり遂げた。異世界を救ったのだ。そして、立つ鳥跡を濁さず、異世界から去ろうとした。なんとなく、使命を果たしたあとは異世界に来られなくなるものだと思い込んでいたが、そんなことはなかった。
ということで、わたしは異世界にときどきお邪魔をしている。できるだけ、異世界ネイティブの異世界ライフを邪魔をしないように心がけながら。
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