カビだらけの記憶
今となってはすっかりカビの生えた記憶の中で、1人の少年と5人の少女が、互いに難しい顔をして話し込んでいる。わたしは一歩引いた場所から、彼らの
ここは7年前の、豊ケ崎高校の視聴覚室だろうか。まだ熱のこもった西日が鋭い角度で教室に差し込んでいるところを見ると、どうやら放課後みたい。前列の机を蹴散らして鎮座するホワイトボードには、今後のスケジュールや作品のプロット、ただの落書きにしてはやたら手の込んだイラストのようなものまで、殴るように書かれてある。
話の内容は、何かしらの創作だったように思う。たしか――そう、彼らには共通の目標があったはずだ。だからああして互いの思想をぶつけ合っても、何度だって手を取り合えるのだろう、たぶん。わたしもそれに参加していたはずだが、うまく思い出せない。
目の前でやり取りされるあの人たちの声や仕草や表情は、なぜか霞に包まれたようにぼやけてよく見えない。手の伸ばせば触れる事もできるのかも知れないが、どうにも億劫だった。
やがて、熟睡しているように見えるワタシに向かって、ひとりの少年が輪から外れて歩み寄ってきた。斜陽が眩しくて顔がよく見えない。一生懸命に何かを語りかけてくる。すると、詰められていた綿が取れたように、わたしの耳でも彼の声が聞き取れるようになってきた。でも、何があなたをそこまで必死にさせるのか忘れてしまったわたしは、言葉の意味がなかなか掴めなかった。
それでも、机に伏して狸寝入りを決め込んでいるワタシにはちゃんと分かってるみたい。だって、返事をしたら負けだと思い込んでいるかのように、彼の言うことなどまるで意に返さないもの。それでもめげずにあなたは根気強く話しかけてきてくれる。
――無理しちゃって。
我ながらみっともない思う。本当のところは、彼の意識がこちらだけを向いていると言う事実だけで、はしゃぎたくなるくらい嬉しいくせに。組んだ腕に顔を押し付けているのは、緩みっぱなしの口元を隠すのに必死だからでしょう?
でも、彼の声は周波数帯がズレてるラジオのように、だんだんと砂嵐に呑まれていって何を言ってるのか聞き取れなくなってくる。もどかしくてしょうがなくて、ついに我慢できずに、ワタシは服のシワがばっちり刻まれている頬を晒すように勢い良く顔を上げる。はっきり話しなさいと言おうとして、
ヴゥゥゥゥ、ヴゥゥゥゥ、ヴゥゥゥゥ――。
そこで詩羽は目を覚ました。
顔を横に傾けると、ロックンロールなヴァイブレーションを刻みながら英梨々からの着信を知らせているスマホがある。
壁掛け時計を見ると、驚いたことに午前6時を半時ほどしか過ぎていない。
詩羽はまだ夢の残滓が絡みつく頭を振って、通話に出る。
「お゛〜わ゛〜よ゛〜」
おはようと言おうとしたが、あくびで何も言えなかった。
『もう電車に乗ってるもんだと……。その様子じゃ支度まだでしょ。早くしてよね今度ばかりは遅刻なんてダメなんだから』
言うだけ言って通話が切れた。詩羽は枕元にスマホを投げ出してベッドから腰を上げる。肩にかかってるボサボサの髪を背中へ乱暴に振り払うと、首筋に髪が張り付く感触があって、指でなぞって初めて自分がびっしょり寝汗をかいていることに気づいた。
高校時代の夢を見たのは随分と久しぶりな気がする。
ベッドの誘惑から振り切るように立ち上がると、まだ寝ぼけているオツムはうっかり二足歩行を忘れてしまったみたいで躓きそうになった。苛立ちを隠しきれない顔を上げると、机に備え付けてあるデジタル時計が思い知れとばかりに非情な時間を刻んでいる。
9月24日 6:32
昨夜に支度を済ませておかなければ英梨々に叱られる羽目になるところだった。詩羽はダッシュでシャワーを浴びる。
それにしてもと詩羽は感慨深い気持ちに浸った。マルズにいた頃から温めていた企画なのでもう7年になるか。いつまでたってもどうせやって来ないと心の何処かでたかを括っていたのかも知れない、いざその日がやってくると身体の芯からじわりと汗をかくような気持ちにさせられた。地に足がつかず、なかなか落ち着いてくれない。
十代の頃は、7年という月日は永遠と同じ意味を持つと思っていたが、二十代になるとどうもそうではないらしい。
もう7年と言えば、あっという間だったように思える。
まだ7年と言えば、ようやくここまで来れたと思える。
今日はアカネプロダクションが初めて手がけるオリジナルタイトル「
かの
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