それぞれの居場所へ
博士は、いったん世界を征服したあとも、博士にかわって征服しようと考える人が出てきたときのために、衛星をとめないつもりだったようでした。だから、夢では、もう完全に世界が統一されていて、みんなが博士を尊敬している世界を見せてあげなければなりません。
ジョンが夢の内容を夢見時計にセットして、エドガーに渡します。
エドガーはその腕時計型の機械を、眠っている博士の腕にとめています。その様子を、腕組みして笑顔で見ているカーターの横で、ジョンがうれしそうに、その笑顔を見上げました。そしていたずらっぽく、カーターにだけ聞こえるように言いました。
「ほーら、もう世界を救えたも同じなのに、おとうさんはぜんぜん眠そうじゃない」
カーターは照れています。なにも言い返しません。
ジョンは征服欲なんていうものと無縁なおとうさんが、大好きでした。お仕事を一所懸命にしているおとうさんのことを、ほこらしく思いました。世界統一政府の指導者、ビーン博士の主席助手でも、世界平和を守るA国情報部のエージェントでも。
「準備完了です。スイッチをいれますよ」
エドガーが夢見時計のスイッチを入れて、博士から離れます。みんな、博士の様子をじ~っと見つめます。
ピクリ、と右手が動きます。そして、博士が寝言を言いました。
「……うん! やったぞエドガー、世界征服は完全に成功じゃ……むにゃむにゃ……」
夢の中の博士は、エドガーといっしょのようです。
博士の言葉ににっこりしていたエドガーは、衛星の様子をキャッチして言いました。
「あ、成功です。博士は衛星に波動を止める命令を出されました。これなら、わたしから命令する必要はないですね」
それからすぐに、博士がおおきなあくびをしました。
「ふわわわわわ」
博士は夢見時計のおかげで、すっきりと気持ちよくなったようです。目をさましてあたりを見回し、さっきの世界征服成功が夢だったことに気が付きました。
アスムとサユが博士の前に進み出ました。アスムがアンテナを差し出して謝ります。
「ごめんなさい博士。さっき、そのヘルメットを落として壊しちゃっていたんです。すぐに言い出せなくて、ごめんなさい」
ふたりがペコリと頭をさげます。博士には何が起こったのか、すべてわかったようです。やさしいおじいさんの顔になって、ふたりの頭を撫でて言いました。
「いいんじゃよ。今回のわしの発明は、欠陥品じゃった。この世界征服作戦は取りやめじゃ。もし、きみたちがヘルメットを壊していなくても、わしがヘルメットを被ったまま転んで壊していたかもしれん。そうなったら、世界は指導者をすべて失って、人類が滅んでいたかもしれん」
そのころ、世界のあちこちでも、眠っていた大人たちが起きはじめていました。なにが起こったのか、理解できている人はいません。世界征服をしようとしている博士がいるということすら、知っているのはほんの一握りの人たちだけですから。
海底研究室は、和やかな空気に包まれているようでした。これで、博士が改心してくれていたなら、世界は平和だったかもしれません。しかし、それはムリな話でした。
博士は世界征服の野望を捨てていません。その野望は、ジョンの話を聞いて、ますます膨らみました。だって、自分が指導しているあっちの世界では、科学がどんどん進んでいて、とっても住みやすそうです。世界は、ビーン博士に指導されるべきなのです。今回の世界征服は失敗でも、次こそ成功させなければいけません。
「うむむ。次こそ成功させるために、作戦の練り直しじゃなあ。地下にでももぐって、じっくり考えてみるかの」
「まだ、あきらめないんですか」
カーターはあきれています。そのカーターの隣にいるジョンにむかって、博士が言いました。
「さて、ジョンくん。きみもわしといっしょに来ないか?」
「えっ?」
ジョンは、博士にそう言われて、カーターの方を見ました。ジョンは本当は、カーターといっしょにいたいのです。この世界のカーターには子どもがいなくて、ジョンのおとうさんではありませんが、やはり、ジョンにとってはおとうさんに見えてしまいます。さっきも「おとうさん」と呼びかけてしまっていました。
カーターは、ジョンがいっしょに暮らしたいと言ったら、連れて行ってくれるかもしれませんが、それではたいへんな迷惑をかけることになってしまいます。ジョンはこっちではいないはずの人間なので、カーターといっしょにいたら、へんに思われてしまいます。そしてもしも、違う歴史の世界から来たのだと知られたら、つかまっていろいろ調べられたりするかもしれません。そんなジョンをかばっていたら、カーターの情報局のお仕事はたいへんでしょう。
それに、ジョンにとっては、この十年後の世界は、とっても科学が遅れた世界なのです。ここの暮らしはとても不便なものに感じます。でも、ビーン博士といっしょなら、自分が住んでいた世界と、同じように暮らすこともできます。
「はい、博士。おねがいします」
ジョンは、ビーン博士の前に進み出ました。
「よーし。優秀な助手の誕生じゃ」
博士とジョンのそんなやりとりを、エドガーは静かに見守っていました。ビーン博士といっしょのテーブルを囲むのは、もうエドガーではないのです。博士とエドガーは、今でも友達には違いありませんが、博士が世界征服を望む限り、エドガーは博士の手助けはできません。
ビーン博士はエドガーの方を見ました。博士にも、エドガーが世界征服の手伝いをしてくれないことは分かっていました。
「エドガー。おまえ、これからどうする?この島にはもうすぐ居場所はなくなる。A国の情報局にみつかったら、解体されかねないぞ」
「どこか、目だたないところへ行って、人形のふりして座っています。あ、そうそう、博士が前に教えてくれた、あの国立公園はすてきでしたよ。あそこでずっと座っているのもいいですね」
「待って、エドガー。わたしたちといっしょに行きましょう」
サユがエドガーにしがみつきました。
「そうだよ、ぼくらのおじいさんにお願いしてみるよ。いっしょに暮らせるように。へんな人には見つからないように、おうちの中にいればいいよ」
アスムはエドガーの手を取って言いました。
「ふむ。わしの助手一号は、しあわせ者じゃの。うーむ、じゃがエドガー。おまえ、その子たちに迷惑を掛けないか心配なのじゃろう? その心配をわしが消してやろう」
博士はエドガーに歩み寄り、手をかざしました。エドガーは博士から送られてくる波動を感じました。
「これでよし。今、わしがお前につけていた制限のうちの、最後のひとつを解除した。わしは、おまえが戦うところが見たくなくて、どんな状況になっても戦わないように制限をつけていたのじゃ。それを、今、はずした。これでお前は、どうしても戦わなくちゃならなくなったとき、たとえば、おまえをかばっていっしょに暮らしてくれようとする人間に、危害が加えられるようなことがあったら、おまえは、その人を守るために自分がその気になったなら、もう戦えるのじゃ。その気になったおまえは、この世界では敵なしじゃろう」
博士の言葉に、アスムとサユは大喜びでした。
「よかったね、エドガー。ね、いっしょにおいでよ」
エドガーは、自分が戦闘もできるロボットになったと知って、かなり複雑な思いですが、アスムとサユが喜んでくれるので、いっしょに喜ぶことにしました。
博士は、最後にカーターの方を向きました。
「さあて、カーターくん。キミはどうするかな?」
カーターは、少し考えて答えを出しました。
「わたしは、アスムくんとサユちゃんを、おじいさんのところまで送り届ける任務の最中です。そっちが最優先ですね」
「ふむ。それがよかろう。わしとジョンくんが地底マシンを使うから、カーターくんはスポーツカーに乗って、水ロボットで海底研究室から出ればよかろう。水上に出れば、そこには、A国の船もたくさん来ておるが、エドガーが一緒なら、A国の船にはみつからんように海中を行った方が良いかな」
博士が言いました。この海底研究室は、海の中へ通じる通路以外に出入り口がありません。直接、地上へ出るエレベータや階段はないので、地底マシンのように地中を進むか、そうでなければ海中を進むしかないのです。
博士とカーターがここへ来たときのように、水ロボットに大きなあぶくでスポーツカーごと包んでもらって、運んでもらえば良いわけです。エドガーが一緒なら、エドガーに命令してもらえば、水ロボットに、どこまでも運んでもらえるというわけです。ただし、A国の調査隊にエドガーや水ロボットがみつかるとやっかいです。
実は、カーターが情報局で手柄を立てたければ、水ロボットとエドガーをA国の調査隊に引き渡したほうが良いのですが、カーターはそんなことをするような人ではありません。アスムとサユの気持ちを尊重して、エドガーを内緒で連れて行ってあげるつもりでした。
まあ、そもそも、エドガーがその気になれば、A国軍隊は歯が立たないそうですから、エドガーのことはだまっていた方が、A国のためでもあるんですけどね。
これで、それぞれの行き先が決まりました。いよいよ、お別れです。
みんなは、乗り物が置いてある広い研究室へ移りました。博士は地底マシンの出発準備をはじめました。ジョンは、みんなと挨拶していました。
「じゃあね。友達になれてよかったよ。あの・・・・・・カーターさんも。さようなら」
「ああ、元気でな。まあ、博士が世界征服をたくらんでるかぎり、また会うことになるかもしれないけどね」
カーターも不思議な気持ちでした。親子だと感じているのは、一方的にジョンのほうだけなのですが、なんだか「情が移る」っていう感じです。子どもを持ったことはないけれど、父親になったような気持ちです。
ジョンは地底マシンの方へ向かいました。博士はもう、ハッチから乗り込むところでした。
「では、さらばじゃ、諸君。次に会うときは、征服してやるからの」
手を上げて博士がウィンクします。
アスムとサユはおもいっきり手を振っています。カーターとエドガーは、少し困った笑顔で顔を見合わせました。博士の世界征服作戦はまだまだ終わらないようです。
博士につづいてジョンが地底マシンに乗り込み、ドリルが「ヒュィィィィン」と回り始めて、ぱっ、と岩盤とマシンが入れ替わりました。
「行っちゃいましたね」
エドガーがしみじみと言いました。
「よかったんですか? カーターさん」
エドガーに言われて、カーターはスポーツカーのドアをあけながら答えました。
「今のわたしの任務は、アスムとサユをおうちへ届けることさ。それに……いや、なんでもない」
実は、そのとき「それに、博士が征服した世界が見たいような気がする」と言おうとしたのでした。だってジョンが話していた世界は、とってもいいところのようですものね。でも、カーターは今の世界を守る立場のお仕事をしているんですから、そんなことを言っちゃいけない、と思って言わなかったのです。
さて、カーターは、まず、助手席にふたりの子どもを座らせます。エドガーは座席の後ろ側のところに入り、座席の間からラグビーボールのような頭を出します。このスポーツカーは二人乗りなので、かなりきゅうくつです。
運転席に座りながら、カーターが子どもたちに言いました。
「水ロボットに包まれて海中を進むときはね、すごいスピードなんだけど、360度景色が見渡せるんだよ。海中の景色はすばらしいぞ、見逃すなよ」
「わーい」
子どもたちは歓声を上げました。
「では、A国の日本大使館へ向けて、出発!」
おしまい
ビーン博士の世界征服 荒城 醍醐 @arakidaigo
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