世界征服第二計画発動!

 博士が両手を広げたのが合図だったのか、博士のまわりの空間に、テレビの画面のようなのが浮かび上がって、島の様子を外から映し出しました。画面は4つあって、それぞれ島を見る角度が違います。

それぞれの映像が映し出す場面の中心は島の海岸近くの海面です。そこから白いしぶきを上げて、4台のロケットが飛び上がりました。

すごいスピードで空高く飛んでいきます。映像は角度を変えて、ロケットが宇宙へ向かって飛んで行く場面をとらえました。ロケットは煙を噴出したりしませんし、アスムたちが知ってるロケットのように炎を出したりもしていませんでした。どうやってとんでいるかを理解できたのは、博士とエドガーとジョンだけでしょう。

島を調査しているA国の調査隊は、いきなり飛び上がったロケットに驚いていましたが、どうすることもできません。

「いったい何を打ち上げたんです?」

カーターが博士に詰め寄りました。

「安心したまえ。爆弾や細菌などという、低俗な脅しや破壊はせんよ。あれは衛星になって地球全体を囲うんじゃ。そして、ある波動を地上のあらゆる場所に送り始める。たとえ地下5キロにもぐっても、この波動からは逃げられん」

「その波動に当たるとどうなるんですか!」

カーターはなおも詰め寄りました。博士は、その迫力にすこしびびってしまいました。

「お、おちつきたまえ、カーターくん。たいしたことはない。ちょっと、気持ちの置き換えをするだけじゃ」

 世界征服する手段なのに、たいしたことがないなんてありえませんよね。

「人間の征服欲ってやつを眠気に置き換える波動なんじゃよ」

「眠気ですって?」

「そうじゃよ。征服欲が強い者ほど、ぐっすりと寝てしまうのじゃ」

 博士は自信満々になりました。

「この世界には、わしの世界征服をじゃまするやつが多すぎる。そいつらをまとめて眠らせてしまうのじゃ。征服欲というのは、他人を力でねじふせて、自分の思い通りにしたいという欲のことじゃ。利用する力にもいろいろある。腕力に権力、武力や言葉の力もそうじゃ。ひょっとすると、大人はみんな持っておるかもしれんな。ふぁっはっはっは・・・」

「だめよ! そんなの! 大人がみんな、急に寝ちゃったらたいへんなことになるわ」

サユが博士の笑いをさえぎりました。博士は今度は余裕たっぷりです。

「お譲ちゃん、そう言うだろうと思ってたよ。『バスの運転手さんが、運転中に急に眠くなったらどうするの?』とか言うつもりじゃろ?」

博士が笑って言いました。サユは自分が言おうとしていたことを言われてふくれっつらになりました。

「そういうご指摘はごもっとも。そこでわしは波動に改良を加えておる。波動をあびても、人の命をあずかるようなことをしておる最中の場合は、眠気はすぐには襲ってこないんじゃ。その仕事をさっさと片付けてから眠りたい、と思うだけでな。危ない場所にいたり、立ってる人間が、すぐ眠って倒れて怪我をすることもない。自分の命がかかってる状態だと、脳がわかっておるからの。ちゃんと安全な場所にすみやかに移動して、横になってから眠りだすのじゃ」

カーターがあきれ顔で言います。

「博士、あなたも科学力という力で、他人をねじふせようという欲を持っているんじゃないですか?」

 そのとおりです。そんな波動が当たれば、一番にぐっすり眠ってしまうのは、ビーン博士のはずです。

「ふぁっはっはっは。そんなことくらいわかっておるよ。じゃからわしは、これをかぶるのじゃよ」

 博士は、アスムのそばに歩いていって、さっきアスムが落としたアンテナがいっぱいついたきんぎょばちを手にとって、頭にかぶりました。

「このヘルメットをかぶっておるかぎり、波動の影響は受けないんじゃ。ライバルどもがぐっすり眠ったら、征服欲を持たない民衆とわしで、新しい世界を作る。これは世界征服の偉大なる第一歩であり、統治の決め手でもある。世界征服したあとも、わしにかわって誰かを征服しようと考えるやつが出てきたら、そいつはなにか行動を起こす前に眠ってしまうのじゃからな。このヘルメットをつけたわしだけが征服者でいられる。このヘルメットは征服者の王冠のようなものじゃ」

アスムはあわてました。あの発明品が、そんな大事なヘルメットだったなんて。

「あ、あの、博士・・・」

 アスムが告白しようとしたとき、博士の周りの4つの画面が数字を表示しました。

『3・2・1・0!』

「ん?」

 博士がアスムの方を振り返ったときには、カウント・ゼロでした。博士はビクン! と背筋を伸ばし、自分の椅子に戻って座ると、机に突っ伏して、いびきをたてて眠りはじめてしまいました。

「博士! 博士! どうしたんです!」

 カーターとジョンとエドガーはあわてました。博士が眠ってしまうなんて思わなかったからです。カーターは博士をゆさぶって起こそうとしますが、博士はぐっすり眠っていて、起きそうにありません。

「いったいどういうことなんだ。博士のヘルメットが失敗作だってことなのか?」

カーターはエドガーに問いかけました。エドガーにはわかりません。

「さあ。さっきのロケットも、このヘルメットも、わたしを追い出してからお考えになったものだと思います。わたしが知らない発明品です」

 カーターは、次にジョンを見ました。ジョンにもわかりません。

「ぼくの世界でも、博士のこんな発明品は、聞いたことがありません。どういう原理か想像もつきませんよ」

「あのう……これ」

 三人にむかって、アスムが手を差し出しました。さっき外れてしまった小さなアンテナが手にのっています。サユもアスムと並んで、すまなさそうにしています。

「さっき座ったときに落として壊しちゃったんです。そんなに大事なものだと知らなくて、お話の後で、ちゃんと、壊したことを謝るつもりだったんです」

 カーターたちは、博士が眠ってしまったわけを理解しました。カーターは、今度は、ヘルメットが治せるか? という質問を目配せでエドガーとジョンに向けましたが、ふたりとも首を横にふりました。あ、エドガーが振ったのは、胸の画面の首のほうですが。

「ふう、どうしよう」

 カーターは座って、考えました。多分、世界じゅうで同じことが起こっています。征服欲がある人間があちこちで眠っているのでしょう。カーターは情報局の長官の顔を思い浮かべました。長官はいまごろデスクでぐっすりだろうな、と思いました。

 実は、世界中で、ほんとうにたくさんの人が眠ってしまっていたんです。車を運転していた人は、安全な道端に車を停めてから眠っています。歩いていた人は、道のすみっこのじゃまにならないところに座ったり寝転んだりして眠っています。そして、もちろん、いろんな国で人々を思い通りにしたいと考えていた、総理大臣や大統領や国王も眠っています。

「なんとか博士を起こさないと、世界中、今ごろたいへんなことになってるぞ」

カーターが言いました。アスムとサユは責任を感じてしまいました。博士が眠ってしまっては、波動を止めるように説得することもできません。

「アスムくんのせいじゃないよ。博士がいけないんだから、そんなにしょんぼりするんじゃないよ」

 カーターは、アスムの肩に手を置いて慰めました。アスムとサユは、すこし気持ちが軽くなりました。

 そんなカーターを見てジョンは不思議顔です。

「おとうさんは……じゃないや、あなたは眠くならないの?」

「ん?」

 言われてカーターもそのことに気が付きました。ぜんぜん眠くありません。

「ああ、そうだな。多分、今の問題をなんとかしないと、人命にかかわると思ってるからかな?」

 カーターはそう言いましたが、エドガーはにっこり笑っていいました。

「征服欲なんていうものと、無縁な大人もいるんですね」

 子どもたちは、ニコニコしてカーターの顔を見ています。

 カーターは咳払いして立ち上がりました。とっても恥ずかしそうです。

「そんなことより、なんとかして波動を止めるか、博士を起こすかしなくっちゃ。エドガー、衛星と通信はできないのか?」

 エドガーはしばらく試してみました。

「通信はできますね。でも、命令できません。博士の命令が優先しています。博士の命令は、『自分が新たな命令を出すまで、地球全体に波動を当てつづけろ』というものですから、博士が目をさまして、なにか命令をださないかぎり、わたしの命令は聞きません」

「なるほど、その命令だとすると、とにかく博士がなにかもう一度命令すればいいんだな。波動を止めろと命令しなくても、博士が命令しさえすれば、今度はエドガーの命令を聞くわけだ」

カーターの話に、エドガーの胸の顔がうなずきました。

「そのとおりです。博士が『軌道を変えろ』とか命令すれば、波動は止めないで軌道を変えるでしょうけど、わたしの命令で波動を止めても、博士の命令にさからったことにはならなくなります。あなたの靴をもどしにきた砂ロボットと同じですね」

「すこし希望が見えてきたな。次は博士の命令を出す方法だ。なにか通信機を使っているのかな?」

 今度はエドガーは困り顔になりました。

「いいえ、博士は自分の発明品に命令を伝えるのに通信機は使いません。その白衣を着ていると博士は波動を自由に操れる身体になれるんです。直接博士の考えを波動で伝えられるんです。これは博士が発見された三十二の波動のうちの一つを使ったもので、他人には絶対に博士のふりをして命令することができません」

その話を聞いて、アスムが思いつきました。

「じゃあ、博士が眠ったまんまでも、夢の中で考えたら、命令したことになるのかな?」

「そうですね。たしかにそういうことになります」

エドガーはアスムのアイデアに感心していましたが、カーターはまだ困り顔です。

「でも、博士の夢をどうにかできるわけじゃないしなあ」

 それを聞いたジョンが、自分の腕時計型の機械をはずして、差し出しました。

「この時代には、『夢見時計』は発明されていないんですか? 好きな夢をセットして、毎朝気持ちよく目覚める機械です。バスケットの大会で優勝した夢とか、エリダヌス座イプシロンへ旅立つ殖民宇宙船の船長に選ばれた夢とか。ぼくも、ときどき使いますよ。この腕輪にもついてるんです」

どうやら希望が大きく膨らみました。

 カーターは次の課題をあげました。

「じゃあ、次はそれでどんな夢を博士に見せるか、だ。どんな夢を見たら、衛星に命令すると思う?」

 みんなは、う~ん、と首をひねりましたが、すぐに思いつきました。

 そしていっしょに笑顔で言いました。

「世界征服に成功した夢!」

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