タイムトラベルのなぞ

 ビーン博士の島は、A国による調査の真っ最中でした。A国海軍の船が島を幾重にも取り囲み、砂浜ではブルトーザーやショベルカーが砂ロボットや岩ロボットを集めています。ついこの間まで、人間は博士ひとりしかいなかったこの島は、いまでは千人以上の人が、調査のために上陸していました。

ビーン博士とカーターは、カーターのスポーツカーで大きな川まで走り、そこからはスポーツカーに乗ったまま、水ロボットに運ばれてすごいスピードで水の上を走ってきました。島の近くまで来ると、海軍の船にみつからないように、大きなあぶくで車を包み、そのまま海の中へもぐって来たのです。

島には、海中に入り口があって、そこからしかいけない研究室が、海底研究室です。いずれA国の調査隊が潜水艦で入り口を発見するかもしれませんが、今は地上ばかり調べているので安全です。ここは地上からの入り口がない場所なのです。

ビーン博士は、カーターとの約束を守り、まず、子供たちを捜す手伝いをしてくれました。エドガーへの通信を送ってくれたのです。エドガーから返事を送る手段はないので、受け取ったかどうかはわかりませんが、ビーン博士は、エドガーがすぐに戻ってくると自信を持ってカーターに言いました。

そして、ちゃんと、エドガーは3分もたたないうちに海底研究室にあらわれました。

研究所の床から地底マシンが飛び出し、例によってすぐ前の空間とマシンを置き換えて穴の前に停止しました。その様子を見て、博士が感心しました。

「ほほう。さすがエドガーじゃ。うまい運転方法を考え出したな」

 実は地上に出るときの問題は、博士も気がついていたのです。最後の1回、土がないところとマシンを入れ替えてしまうと、マシンが穴の上に浮かんだ状態になって、放っておくとマシン一台分の深さの穴に落ちてしまう問題です。博士は、地底マシンで地上に出るときは、斜面や崖を使って、上向きじゃなく前向きに進んで地上へ出るのように考えていました。平らな土地では、真上に向かって地上に出ずに、斜めに上ってくるつもりでした。その方法より、エドガーの方法のほうが、スムーズに地上へ出られます。

 地底マシンの横のハッチが開いて、エドガーと子供たちが降りてきました。おや? 子供がひとり増えていますね。ジョンのことは、ビーン博士もカーターも知りません。

 ジョンは、ビーン博士に会える、と、喜んでいたのですが、いざ、ビーン博士の前に出たときに、ジョンが飛びついていった相手は、ビーン博士ではありませんでした。

「おとうさん! ぼくだよ! ジョンだよ! 十年前からタイムマシンで着いたんだ!」

 抱きつかれたカーターは困ってしまいました。泣きながら喜んでいる少年は、たしかに自分の子供のころとそっくりです。でも、

「いや……、きみ、人違いだと思うよ。ぼくには子供はいないし、結婚もしてないんだ」

 ジョンはそれを聞いて、今度は悲しくて泣き出しました。

「そんな! じゃあこの世界では、ぼくは生まれてないの?」

 横で聞いていたビーン博士が声をかけます。

「うーむ。タイムマシンとは興味深い話じゃな。ま、ゆっくりそっちで話そう。そっちの部屋じゃ。まだ、客が来たことはないんで椅子は二つしかないんじゃがな。この島の部屋はどこもそうなんじゃ。みんな来て適当なものに座りなさい」

 二つとは、もちろん博士とエドガーのぶんってことでした。この島では、ずーっと、椅子に座るのは博士とエドガーだけだったのですから。

 地底マシンが着いた大きな部屋のとなりの、すこし小さな研究室に、みんな移動しました。そこも、いろいろな発明品が置いてある場所でした。博士のデスクは、廃船から持ち込んだらしい古い木のデスクでした。

「みんな適当な場所に座りなさい。発明品に気をつけてな」

 言われる前に、ちょうどいい高さの木箱に座ったアスムは、勢いよく座りすぎて木箱の上にあったものを落としてしまいました。「ガチャン!」落ちたのは、小さなアンテナのようなものが無数に生えたきんぎょばちのようでした。

「発明品に気をつけて、と言ったろう」

博士は、アスムを指差してしかりましたが、あんまり怒っているようではありません。

「ごめんなさい」

アスムは素直に謝りました。落ちたものを拾おうとするとサユも手伝ってくれました。床から持ち上げたとき、ポロッとなにか落ちました。小さな5ミリくらいのアンテナがひとつだけ取れて落ちたのです。アスムとサユは顔を見合わせましたが、そのことを博士に告白する前に、ジョンのタイムトラベルについての話が始まってしまっていたので、あとで告白することにしました。


 ジョンは泣き止んでいましたが、まだ落ち着かないようでした。研究室では、カーターの横にくっついて、同じ木箱の上に座りました。カーターが自分のことを知らなくても、ジョンにとってはおとうさんと同一人物なのですから、そばにいると少しでも落ち着くのです。

「ぼくは、スン教授の研究グループで、タイムマシンの実験に参加していたんです。2000年に一回目の有人実験が行われることになり、ぼくがパイロットになりました。最初の実験では十年後に行ってみることになりました」

 みんなが座っている横で、エドガーが飲み物を用意していました。といっても、コップは人数分ありませんから、ビーカーやらなにやら、実験用の容器に注いで渡します。

「ところが、ぼくが着いたのは、たしかに十年後ですが、歴史が異なるこの世界だったんです。どうやら、ビーン博士が行方不明になった世界と、ならなかった世界の違いらしいんです」

「ほほう」

ビーン博士はさらに興味を持ったようです。

「むこうでは、わしは歴史にどんなふうにかかわるんじゃ?」

「かかわるもなにも、ビーン博士こそが歴史を作られたんです。博士は科学者による世界統治を提唱なさって、実際に世界統一政府を作って世界を治めてきたんです。博士が発明した『頭脳活性機』でたくさんの天才科学者が生まれて、さまざまな方面で科学が発展しました。タイムマシンを考案したスン教授もそのひとりです。そしておとうさんも」

ジョンはとなりのカーターの顔を見上げました。

「とうさんは、大学生のときに『頭脳活性機』で能力を活性化されて、今ではビーン博士の主席助手をやってるんです」

「なるほど、主席助手か。こっちでもそっちでも気が合うようじゃな、カーターくん」

 カーターはほめられてるのか、からかわれているのか困った様子です。

「大学には行かなかったよ。軍隊の学校に入ったんだ。そこで情報局にスカウトされた。大学に行きたかったけど奨学金がもらえなくてね」

「じゃあ、ぼくがこっちの世界で生まれなかったのも博士の失踪のせいなんですね。おとうさんは、ビーン博士の特別奨学金を受けて大学に入ったんだし、おかあさんとも大学で出会ったんだもの」

「ふむ、じゃが、そっちの世界のわしは、このわしよりも優秀なのかの。なあ、エドガー。たしかわしも『頭脳活性機』を作ってみたが、失敗作だったんじゃよな」

「ええ、ご自分に試してみたけど、効果がないとおっしゃってました」

 ジョンがその会話にとびつきました。

「そ、それ有名なお話です! 歴史の授業で習いました。博士は最初にご自分に試して、効き目がなかったんですが、それは、実は博士の頭脳がもう十分に活性化された頭脳だったので、それ以上にならなかっただけなんだって。失敗じゃなくて、博士以外の万人に効果がある大発明なんです」

 その話を聞いて、しばらく博士は『頭脳活性機』を試したときのことを回想してみました。

「……エドガー、たしかあれは……」

「壊して別の発明の部品にしてしまわれましたよ」

「うーむ。失敗作の設計図は残してないしな。もったいないことをした。ま、この島にいた間は、ほかの人間向けの発明じゃあ意味がなかったがな」

博士はあんまり気にしていないようです。

「ねぇ博士。ジョンを元の世界に戻してあげられる?」

サユが訊ねます。

「うーむ」

博士はちょっと考えて、質問をはじめました。

「おまえさんが乗ってきたタイムマシンはどうなった?」

「着いたときにぶつかった衝撃で発火して、燃えてしまいました」

「ふむ……ひょっとして、タイムマシンというのは円盤のような形をしておるのかな?」

「ええ!ええ、そうです。原理がお分かりになるのですか?」

ジョンは期待をこめて訊きました。でも、博士の答えはあっさりしていました。

「わからん。タイムマシンというものを作ろうとは思わんしなあ」

「じゃあ、どうして円盤型だと?」

カーターが尋ねます。

「わしの主席助手のくせに、わからんのか?」

 そんなこと言われても、主席助手なのは、あっちの歴史で『頭脳活性機』にかけてもらったカーターです。でも、こっちのカーターもなかなかのモノです。すぐに、エドガーに聞いた話を思い出しました。

「あっ! 円盤って、博士を40年前に撃墜した……タイムマシンだったんですね?」

「おそらく正解じゃ。そのタイムマシンは、ジョンくんの歴史の流れから、1970年にタイムトラベルした。ジョンくんより後で、現在よりも前にな。2002年か3年か9年か、いつかはわからんがな。そいつが歴史を変えるためにわしを攻撃した。まんまと成功して、歴史は変わってしまった。まあ、1970年で時間の流れが枝分かれしたようなものじゃ」

「どうしてジョンより後で今より前なの?」

アスムはがんばって質問してみました。

「ふむ。その犯人は、わしが世界統一政府を作った歴史の枝からさかのぼった。で、歴史を変えたからその枝はその先伸びなくなった。わしがおらんのでは世界統一政府はないんじゃからの。そのかわりに伸びた歴史の枝が、今の歴史じゃ。ジョンくんはあっちの枝から未来へ出発した。つまり、2000年にはまだあっちの枝の先がある。しかし2010年まではあっちの枝が伸びてないから、こっちの枝の2010年に来てしまった。つまりあっちの枝の先は2000年から2010年の間で止まっとる」

博士はやさしく説明してくれたのですが、アスムにはちょっとむずかしかったようです。でも、カーターやジョンには理解できました。

「じゃあ、博士。どうやったらジョンは元の世界へ戻れるんです?」

カーターが尋ねます。

「ふーむ、理論的には簡単じゃが、問題がたくさんある。ま、理論を先に言えば、じゃ、まず、歴史が枝分かれする前の1970年に行って、わしが撃墜されないように助ける。そうすると、わしが世界統一政府を作る枝が伸びる。これは実は3本目の枝なんじゃが、最初の枝とそっくりのはずじゃ。2000年を超えたあたりで、わしを撃墜したやつがタイムトラベルするが、それは邪魔しちゃいかん。そいつが1970年に行ったけれども、わしが助かった、というのがこの3本目の枝なのじゃから」

その場の全員がうなずきながら聞きます。アスムとサユもなんとなくうなずいています。

「それで、問題っていうのは?」

ジョンが訊ねました。

「まずは、1970年に戻る方法じゃ。タイムマシンは残っとらん。作れるのはスン教授じゃが、ただのスン教授ではなくて、わしの『頭脳活性機』で天才になったスン教授じゃ。この時代のスン教授がみつかったとしても、わしの『頭脳活性機』がない」

「でも、まあ、もしなんとかタイムマシンができたとしよう。1970年に行って、あの円盤に勝つだけじゃなく、わしにそのことを気付かせないようにやらにゃならん。わしが何か気付いたら、歴史が変わるかもしれんからの」

「さらに心配なことがひとつ。その犯人が今もこの時代にいるだろうということじゃよ。わしがずっと島に隠れていたから、わしが生きているのは知らんかったかもしれんが、この数日のA国の動きで知ったかもしれん。犯人は、あっちの歴史の二十一世紀の科学を身につけておるんじゃから、やっかいじゃ。ジョンくんがこっちの歴史に来ておることだって犯人は知っておるはずじゃ。ジョンくんが出発した2000年のあっちの歴史を体験しておるからな。せめてもの救いは犯人は犯行後40歳も歳を取ったっていうことじゃが、ジョンくん、あっちの老人はどうかな?」

「みなさんお元気ですよ。科学の進歩で、人間の平均寿命は150歳を超えるだろうと言われています。100歳を超えるスポーツ選手もたくさんいらっしゃいます」

ジョンが答えました。さすがビーン博士です。あっちの世界の様子が分かっているみたいです。

「ふむ、このへんまでは、まあ、なんとかなる問題じゃ。ここからがむずかしい。つまり問題は、どこに帰るか、というか、いつに帰るか、ということじゃ」

「2000年から来たんだから、2000年に帰るんじゃないの?」

アスムが不思議そうに言いました。

「だめじゃだめじゃ。ジョンくんが今ここにいるのに犯人が過去へ行ったということは、犯人が出発するまでジョンは帰らなかったという証拠なんじゃ。だから帰るんなら2010年あたりじゃ。しかし、この2010年には、3本目の枝の歴史のジョンくんもやってくる」

「え?ジョンがふたりになっちゃうの?」

サユが訊きかえしました。

「本当の意味で、ここにいるジョンくんがその歴史の流れに『帰る』には、その3本目の枝のジョンくんは邪魔者じゃ。2000年に帰ってもらっては困るし、説得でもして2010年に留まってもらったとしても、居場所は1人ぶんしかない」

 ジョンも、博士が指摘する問題の大きさがわかってきました。博士はわざと逆に言いましたが、3本目の枝の歴史にいるジョンの家族は、その3本目の枝のジョンのもので、自分のほうこそがよそ者なのです。

 ジョンはうつむいてしまいました。これでは彼には帰る場所はないことになります。

ジョンが暗くなったのをちらりと見たビーン博士は、声を大きくして、わざとおおげさに言いました。

「で、最後にひとつ最大の問題がある」

 みんなが注目します。ジョンも顔を上げました。

「わしにやる気がないっちゅうことじゃ。ジョンくんには申し訳ないが、わしはこっちの歴史のほうが好きじゃ。あっちのわしは、その~なんというか、成功しすぎじゃ。そんなに簡単に世界を征服できてどうする」

「あ、いや、博士は世界征服したわけじゃなくて・・・」

ジョンは否定しますが、博士にとっては同じことのようです。

「うまいこと言いくるめて世界統一政府とかを作って、ちゃっかり自分が指導者になるっていうのは、言葉による征服にちがいない。しかも、なんちゅう楽な征服じゃ。面白みもなにもあったもんじゃない」

「でも博士、あっちの歴史なら、博士がきらいな戦争もなくて、平和で科学が進んだ世界なんでしょ?たくさんの人が助かるんじゃないんですか?」

アスムの言葉に、博士は困った顔をします。どう説明したらアスムが分かりそうか、と困ったのです。

「ふ~む。これはな、事故を未然に防いで、たくさんの人の命を助けてあげる、とかいうことではないんじゃよ。それぞれが歴史なんじゃ。たしかにあっちが本物かもしれん。だが、こっちも嘘じゃあない。さっき言った修正を行えば、こっちの歴史のほうはあり得ないものになってしまう。こっちのわしの島での生活は無かったことになるし、きみたちだって生まれてないかもしれないんだぞ」

博士の説明は難しかったのですが、アスムはひとつ思い当たりました。

「あ、そういえば、あっちではロボットのエドガーはいないって・・・。エドガーが生まれなくなっちゃうんだ」

アスムはどっちがいいかわからなくなってきました。しょんぼりしたアスムを元気付けるように、博士が陽気に言います。

「それにな、こっちの歴史だって、これから平和で科学が進んだ世界になるぞ。わしが世界征服するからな」

「まーだ、あきらめてないんですか?」

カーターがあきれて言いました。

「ふぁっはっはっは。それでは、第二計画発動じゃ」

 博士は立ち上がって両手を広げました。

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