過去から来た少年

 地底マシンの中では、少年と三人が向き合っていました。少年はマシンの中の博士の発明品を見回し、エドガーを見ました。

 最初に、沈黙に我慢できなくなって口を開いたのはサユでした。

「はじめまして。わたしサユ。おにいちゃんのアスムと、お友達のエドガーよ。あなたがエドガーを呼んだの?」

「たしかにエドガーに信号を送ったけど、それはエドガーに迎えをよこしてもらうためで、呼んでいたわけじゃないし……彼とは人違いなんじゃないかと思うんだ」

少年は、円盤を降りてからというもの、異世界に来たように落ち着かなかったのですが、この地底マシンの中に入って落ち着いたようです。

「ぼくはジョンっていうんだ。二十世紀からタイムマシンで未来を見にやってきたんだよ」

「タイムマシン?」

 アスムはタイムマシンのことを、漫画や小説で読んだことがありましたが、ずっと未来の話だと思ってました。でも、今は二十一世紀だから、二十世紀と言えば昔のことです。

「二十世紀にタイムマシンがあったの?」

「まだ、1号機ができたばかりで、ぼくが、はじめての時間飛行のテストパイロットだったんだ」

「まだ子供なのに、テストパイロットなんだ」

自分より子供のアスムに言われて、ジョンはちょっとムキになりました。

「子供っていっても、ぼくはもうすぐ大学院を卒業する、りっぱな研究所員だもの。まあ、テストパイロットに選ばれたのは、1号機の運転席が狭すぎて、大人が乗れなかったからだけど……」

「へぇ、すごいんだ」

アスムとサユはなんだかわからないけど感心していました。

「すごいって言えば、きみたちは何なの? さっきまでいた町は、まるで昔の世界みたいに科学が遅れていたけど、この乗り物や中のものや、そのエドガーさんは、ぼくが住んでたところと同じような科学や、もっと進んだ科学が使われてるみたいだね。この十年で、世界はまたバラバラになって、地域格差ができちゃったの?」

 話がうまくかみ合いません。世界がバラバラになった、っていうのはどういう意味でしょう。世界はひとつになったことなどないのに。

「よくわからないけど、ここにあるようなすごい発明品は、外のどの国にもないと思うよ。エドガーもこの発明品も、ビーン博士って人が、無人島でひとりで作ったものなんだ」

「ビーン博士が無人島にだって?!」

ジョンはビーン博士を知ってるようです。驚いているポイントは、博士が無人島にいたことのようです。しかもすごい驚きかたでした。

「いったい、いつからそんなことになってしまったの?!」

「40年前からですよ」

「40年?! っていうとぼくの時代の30年前じゃないか! そんなのおかしいよ」

「なにがおかしいのですか?」

「だって、ビーン博士が世界統一政府をお作りになったのは25年前、今からなら35年前じゃないか。40年前っていうと、博士が当時のA国科学者協会で、科学者による世界統治を提唱なさったころだ!」


 しばらくジョンとエドガーは、どういうことが起こっているのか考えていました。アスムとサユは話についていけません。

「……どうやら、ジョン君の歴史と、今のこの歴史は違っているようですね」

「ビーン博士が40年前に行方不明になってしまったこの世界の歴史と、行方不明にならなかったぼくの世界の歴史だね。ぼくは十年未来にタイムトラベルしただけじゃなく、違う歴史をたどった世界へ来てしまっているんだ」

 ジョンとエドガーは、なんだか納得してうなずきあっています。でも、サユにはわからないので、別のことを訊ねました。

「ジョンのとこでは、エドガーってどんなエドガーなの?」

「ぼくの時代では、エドガーを知らない人はいないよ。エドガーは、ビーン博士がお作りになられた世界コンピュータだよ。世界の二百億人の人たちを同時に世話することができる大コンピュータなんだ。この時代でもエドガーに呼びかけたら通じたから、ぼくを家か研究所へ連れていってほしくてコールしてたんだ」

「ところが、この世界では、エドガーと言えば博士の助手ロボットのわたしのことだったわけですね。通信手段やコール信号が同じだったのは、どちらも博士がお考えになったものだからですね」

「ぼくの世界だと、博士の助手は十二人の科学者だよ。ぼくは研究所員としては下っ端で、博士と直接お話ししたことなんてないけれど、ぼくのおとうさんは十二人の助手のひとりで、博士の主席助手なんだ」

 ジョンはおとうさんのことを自慢していて、家族のことを思い出してしまいました。

「どうしよう。タイムマシンは燃えちゃったし、未来ならタイムマシンになにかあっても大丈夫だと思ってたのに。十年前より科学が遅れてるなんて、元の世界へ帰れるんだろうか」

 落ち込んでるジョンをサユがはげまします。

「なるようになるわ。おじいちゃんがいつも言ってるの。あ、そうだ! ビーン博士ならなんとかできるんじゃないかしら!」

「サユ、たしかに博士ならなんとかできるかもしれないけど、博士はA国の兵隊に捕まって、どこにいるかわからないじゃないか」

 アスムもおじいさんに「なるようになる」って教え込まれていますが、博士になんとかしてもらうのは、とても難しそうです。

 ところが!

「あ! 博士が呼んでる。今度はまちがいなく博士だ!」

 エドガーが立ち上がって叫びました。そして、エドガーは博士からの呼びかけを音声で、アスムやサユやジョンにも聞かせてあげました。

『こら、エドガー。いったいどこにおるんじゃ。子供たちはいっしょか?いっしょなら今すぐ島の海底研究室まで戻って来い。もたもたするな。地底マシンの緊急加速装置を使えば、地球のどの地点からでも5分で来られるはずじゃ』

「はい! 博士! すぐに行きます」

通信は一方通行で、エドガーの返事は向こうに伝わらないようですが、博士の声を聞いて、エドガーは大喜びです。やはり博士のことがずっと心配だったのですね。あわてて運転席へ向かいます。そして、ジョンとサユは手を取って喜び合いました。 ひとりあぶれたアスムはつぶやきました。

「ほんとだ、おじいさんの言ったとおりだ。なるようになっちゃったや」

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