日本大使館はどこですか?

 さて、エドガーといっしょに、地底マシンに乗っていったアスムとサユは、どうしているのでしょう。あの、三日前の、博士の島から逃げ出した直後のころの話からです。

 地底マシンの中は、運転席のほかに、小さなお部屋がありました。丸いテーブルとイスが2つ。まわりには飲み物や食べ物を作り出す機械とか、ふわふわ空に浮かんでいるような寝心地の、空気ベッドもあります。この中でしばらく暮らせるようになっているのです

 エドガーは、運転席からアスムとサユがいる部屋に戻ってきました。

「とりあえず、深さ3キロメートルまでもぐっておくように指示しました」

エドガーが部屋に来ると、アスムがお礼を言います。

「エドガー、ありがとう」

「ありがとう」

サユもお礼を言いました。

「いいえ、逃げ出せたのは、カーターさんのおかげでしょう」

エドガーは久しぶりに博士の発明品に囲まれて、居心地よさそうです。

「ねぇ、エドガー」

アスムが言います

「このテーブルとイスをご覧よ。テーブルにイスがふたつ用意されてる。博士は、この地底マシンに、エドガーと乗るつもりだったんじゃないかなあ」

エドガーの胸の顔が、テーブルをみつめます。

「・・・そうですね。このテーブルは、毎日午後のお茶のときに、博士とわたしが使っていたものです。そちらが博士の席で、こっちがわたしの席です」

しばらく、博士といろんな研究をしていたころを思い出していました。

「博士はどうなっちゃうのかなあ」

アスムが心配しました。

「博士は、笑って平気そうでしたし、あんまりひどい扱いだったら、ご自分で脱出するでしょう。わたしがなにかすると、また怒られてしまうかもしれない」

エドガーは、博士を心配する気持ちを切り替えて、アスムたちに訊きました。

「それより、あなたたちをおうちへ送らなくては。おうちの場所をおっしゃってくださいな」

アスムとサユは顔を見合わせました。

「おにいちゃん、どこだっけ」

「ちょうど、新しい国へお引越しするところだったんだよね。新しいおうちに引っ越すまでは、ホテルに泊まってたんだよ」

「わたしたち、おじいちゃんと住んでるの」

「おじいちゃんは、大使館ってとこでお仕事するんだ。いろんな国に何度もお引越しするんだ。今度はA国で大使になるって言ってたよ。A国の日本大使館に行けばいいんじゃないかな」

アスムたちは、あたらしいおうちがどこなのか、まだよく知らなかったのです。

「A国の日本大使館ですか。とりあえず、A国まで行ってみましょうか。そこで誰かに、日本大使館の場所を教えてもらうことにしましょう」

エドガーも、博士の島の外のことは、あんまり詳しく知りません。

 エドガーが運転席に戻ろうとすると、サユが呼び止めました。

「あ、待って。A国って、カーターさんや、あの怖い兵隊さんたちの国なんでしょう? この地底マシンやエドガーは、鉄砲で撃たれちゃうかもしれないわ」

「うーん、そうか。カーターさんはいい人みたいだったけど、たしかに、他の人たちにエドガーが見つかったら、たいへんなことになるかも」

アスムも心配になりました。

「エドガー。普通の人はね、この地底マシンやエドガーが動いているのを見たら、驚いちゃうと思うんだ。A国についたら、あまり人がいない場所で地上に出て、ぼくたちを降ろしてくれる? ぼくたちが、人を見つけて訊いてみるよ。どうせ今すぐA国へ行っても、おじいちゃんが引っ越すのは、まだ、明日かあさってのはずだもの」

「なるほど、人がいないような場所ですね。わかりました」

エドガーは、博士といっしょにインターネットで見た情報を思い出しました。たしか、おおきな国立公園の様子を博士が見せてくれました。あそこならあんまり人がいないように見えました。自然がたっぷりで、とてもきれいなところでした。


 その12時間後、アスムとサユは、大自然の中でふたり並んで景色を見ていました。

背が高い杉の大木の森の向こうに、大きな岩山が連なっています。そこはA国の国立公園の中の、舗装された道路の脇でしたが、もう、1時間あまり待っているのに、車一台通りません。

「おにいちゃん、だれもこないね」

「うん……もうちょっと人里に近いところじゃないとだめかもね」

「ここって、熊さんやオオカミさんとかいないのかなあ」

 サユは、もし、熊やオオカミがいたら見てみたい、というつもりで言ったのですが、ほんとうに出てきたら、どうなるか、って想像してしまいました。そして、この場所は、ほんとうに熊やオオカミが出てきそうなのです。

 ふたりは怖くなってきました。

「エドガーのとこへ戻ろう!」

「あ、待ってよ! おにいちゃん!」

アスムが森に向かって駆け出し、サユも追いかけていきます。直径が5メートルくらいありそうな杉の大木の向こう側に、地底マシンとエドガーが待っています。

「エドガー、だめだよ、ここ。だーれも通らないよ」

「もうちょっとだけ。ちょっとだけ人がいるとこへ行ったほうがいいと思うの」

ふたりは、先を争うようにエドガーに訴えかけました。


 地底マシンは、その中で十分暮らしていけるものが、すべて揃っていましたから、不便はありません。今日一日、いろいろびっくりすることを経験したふたりは、地底マシンのベッドの中でゆっくり眠ることにしました。


 次の日は、広い農場があるところへ行きました。今度は、1時間ぐらい待っていると、大きなトラクターに乗ったおじさんに会うことができました。

 おじさんにアスムが訊きました。

「日本大使館はどこか知りませんか?」

おじさんは知らないようです。

「日本? 知らないなあ。どこの州の町なんだい?」

「いいえ、日本は国です」

「うーん、町の方へ行きゃあ、だれか知ってるかもしれないなあ。それよりぼうやたちは、どうやってここへ来たんだい? 町からは20キロもあるぞ。町まで送って行ってやろうか」

ふたりはあとずさりしました。

「え、あ、いいんです。ありがとうございました。」

「ありがとうございました」

ふたりはペコリとおじぎをして、走ってその場を逃げました。地底マシンは、そのちょっと先で、上のハッチだけを地面から出して停まっていました。エドガーの手を借りて、ハッチから中へ入りながら、アスムが言いました。

「もっと町に行かないとわからないって」

「でも、町に行ってもだいじょうぶなのかしら」

サユは心配そうです。

「さっきのおじさんに怪しまれちゃったから、ここから離れたところの町へ行こうよ」

アスムが提案しました。


 今度は、荒野の真ん中にある小さな町でした。まっすぐな道路が一本、東西に走っていて、町の真ん中を通っています。

アスムとサユは、その道路の端を、手をつないで町に向かって歩いていました。地底マシンがみつからないように用心したため、エドガーと地底マシンは、町はずれから500メートルほど西の、道から見えない窪みの中に停まっています。

「おにいちゃん、暑いよ」

サユはポタポタ汗をかいています。

「がまんがまん。エドガーが人に見つかって撃たれたらたいへんだろ?」

アスムも汗をかいています。

 実際には、エドガーは鉄砲で撃たれたくらいでは、かすり傷もつかないほど頑丈にできていましたし、地底マシンは、マグマの中も走れるようにできているので、爆弾やミサイルにもびくともしないものでした。でも、そんなことはアスムやサユは知りません。エドガーも、自分たちの丈夫さは知っていても、島の外の世界の、武器の弱さは知らなかったのです。

 ふたりが、ようやく町外れについたころ、大きなトラックが何台も連なって、ふたりを追い越して走っていきました。

トラックの群の先頭の車は、町に入ったところのガソリンスタンドに停まりました。あとのトラックもそれに続いて停まります。順番に給油しているようです。車の列は、町の外まで続いていました。

ふたりは、並んで停まっているトラックの横を歩いて行きました。それぞれのトラックの運転席からは、思い思いの音楽が大音量で流れています。その音を掻き消すような、トラックのエンジンの音もしています。

窓が開いていて、顔を外に出している運転手がいました。かざりのついたカーボーイハットをかぶって、窓から外に出している腕には、すごいイレズミがあります。

アスムはその人に声を掛けました。

「すみません! あの! すみません!」

なんとか聞こえたようです。帽子のつばを人差し指で上げて、アスムたちを見下ろしています。

「あ?」

「あの! おじさんは、日本大使館ってどこだか知ってますか?」

「あ? 日本? おお! この車、日本製だぜ。だからって日本に詳しいわけじゃないがな。がはは」

ごっつい腕で、バンバン! とドアを叩きながら答えてくれます。

「多分、このまんま東のほうに走っていけば、あるんじゃないかな? おれたちは首都のほうへは行かないんだけど、政治のことなら多分そっちだ。どうした、ぼうず、家出か? ヒッチハイクか?」

見かけによらず、気のいい人のようです。

「いえ! 場所が知りたいんです。ええと、その場所の座標はわかりますか?」

アスムの問いかけに、おじさんは目をパチパチしています。

「ざ、ざひょう? なんだ? それ」

アスムは、エドガーに言われたことを思い出しながら言います。これがわかれば、地底マシンでその場所に行けると、エドガーが言っていたのです。

「ええと、緯度と経度のことです。・・・・・・それか……ええと」

アスムが忘れたので、サユが横で教えてくれます。

「ホウガクとチョクセンキョリよ、おにいちゃん」

「あ、そうそう。ここからの正確な方角と直線距離でもいいんです」

しばらくおじさんはかたまっていました。自分はそれに答えられないようです。でも、おじさんはアスムたちのために真剣になっていました。

「まってろよ、ぼうず、だれか知ってるはずだからな!」

おじさんはトラックを降りて、後ろのほかのトラックへ歩いていきます。運転席の横に来るたび、ドアをバン! と叩いて仲間の注意を引きながら、大声で次々に訊いていきます。

「おい! だれか首都の座標を知らないか? 緯度と経度だ! それか、方角と直線距離だ! だれかわかるやつはいねぇか!」

 ドアを叩かれた車の運転手さんが、順に窓から顔を出し、仲間の真剣そうな様子を見て、ぞろぞろと車を降りてきます。

 十台ほどのトラックから、運転手さんたちが降りてきて、道端で立ったまま、議論をはじめました。みんな真剣な顔です。あたらしい仲間が議論に参加するたび、最初の運転手さんが、アスムとサユを指さし、あの子たちの頼みなんだ、と説明しています。そのたびにアスムたちは身が縮む思いをしていたのですが、運転手さんたちはすごく真剣でした。

アスムとサユは怖くなってきちゃいました。エドガーから渡された通信できるシールに向かって、こっそり呼びかけました。それは、地底マシンを離れるふたりと、エドガーが通信するために、ありあわせのものでエドガーがちょちょいと作ってくれた通信機で、小さなばんそうこうのような形でした。アスムの右手の甲に貼ってあります。

「エドガー、なんだかすごいことになっちゃった。人が集まってる。助けにきてよ」

 そこまでしゃべったとき、最初の運転手のおじさんが、ふたりの方へ、のっしのっしと歩いてきました。その後ろからは、議論に参加していた運転手さんたちが、ぞろぞろ付いてきていました。みんな真剣な顔なので、子どもにとっては逆に怖い感じがします。

「おい、ぼうず! ぼうずが言っていた座標っていうのがわかるやつはいねぇんだがな、あのスタンドに行きゃあ、でっかいロードマップっていうのがあって、国じゅうの道が載ってるのもあるんだ」

「それに、スタンドならパソコンでインターネットも調べられるから、座標がわかるかもしれないぞ」

別のおじさんが肩越しに付け足します。このおじさんは、髪の毛をぜんぶそっていて、頭にドクロのイレズミをしています。このおじさんたちが言っていることは、とっても重要なことで、この話がエドガーにそのまま伝われば、すべて解決していたかもしれないのですが、残念ながらアスムとサユにはどういう意味か分かりませんでした。

 アスムとサユは、スタンド、と指差されたほうを見ました。

  スタンドは、警察署の隣でした。

 ふたりは、直感的に、「まずい!」と思いました。

「あ、いいです! ごめんなさい!」

「ありがとう! ご親切に!」

ふたりは、その場を走って逃げ出しました。

「え、おい待てよ! いいのか?」

おじさんが呼びかけるのを振り切って、道から離れます。50メートルほど離れると、エドガーが迎えにきていて、地底マシンの入り口が地面にぽっかりあいています。

 ふたりが地底マシンにもぐりこむと、運転手のおじさんたちからは、穴か何かに落ちたように見えました。

「あ! おい、たいへんだ!」

運転手さんたちが、どどどどど、とみんなで駆け寄ります。でも、そこには穴もふたりの姿もありませんでした。

 運転手さんたちが、ふたりのことを探し回ったり、幽霊じゃないかと話し合ったりしていたころ、ふたりはエドガーと情報伝達をしていました。

「東の首都にあるんじゃないかって」

おじさんたちはあんなに一所懸命だったのに、これだけしかエドガーに伝わりませんでした。


 そうやって、すこしづつ、人の多い場所で話を聞いて、やっとそれらしい答えが聞けたのは、島を出てから三日目でした。なかなか情報集めが進まなかったのは、人目が多いところでは、地底マシンから降りるところを見られないようにするのがたいへんだったからと、アスムとサユがふたりだけでいると、警察につれていってあげようとする親切な人がいて、そういうときふたりは逃げなきゃいけなかったからです。

警察に行けば、ふたりはおじいさんのところへ帰されるかもしれませんが、エドガーは行くところがなくなってしまいます。ふたりは、おじいさんにお願いして、エドガーといっしょに暮らそうと思っていたのです。

 さて、やっとのことでわかったことは、A国の首都に行けば、よその国の大使館があるということと、首都のだいたいの場所でした。

でも、教えてくれた人と、地底マシンを運転するエドガーの間に、アスムとサユをはさんでいるので、ふたりが正確に伝えてくれていないと、また、違うところへ行ってしまうかもしれません。

 エドガーが自動操縦をセットして、アスムたちとテーブルを囲んでくつろいでいたときです。エドガーは、急に、自分を呼ぶ通信を受け取りました。

「あ、呼んでる!」

 エドガーは、目も鼻も口も耳もない、ラグビーボールのような頭の両側を手でおさえて、聞き耳を立てるポーズをとりました。

「これは、博士が使われる通信用の波動です」

 今、地底マシンは地下2キロを走っています。普通の電波では届いたりしません。

「博士からなの?」

「なんて言ってるの?」

 エドガーはしばらく聞いているようでしたが、難しい顔をしています。

「ただ、わたしを呼んでいるだけです。どういうことでしょう」

「行ってみようよ。博士が自由になってエドガーを呼んでるのかもしれないよ。どこで呼んでるの?」

「・・・・・・そうですね。ちょっと寄り道になりますがいいですか? A国の首都じゃないみたいです。ええと、A国で一番の大都市のようですね。そんなに遠回りにはなりません」

 この三日間の聞き込みで、結構A国つうになっていた三人でした。A国がとっても広いことや、一番の大都市が首都ではないことは、もう知っていました。

 二十分ほどで、波動の発信源の真下につきました。

「大都市じゃあ、人に見られないようにするのは無理だよね。さっと行って、博士を乗せて、さっともぐっちゃえば?」

 アスムの案が採用になりました。真上に人がいないのを確かめて、地底マシンが浮上します。地底マシンは、進む方向の空間とマシンを入れ替えて進みます。だから、下から上ると、最後の一歩は岩や土がない空間と置き換わって地上に出ます。そのままだと入れ替わってできた穴に落ちてしまうので……というか、これまで落ちてしまったことがあるのですが……さらに一歩前に進みます。だから、地上に出たときは地底マシンの後ろには、マシンがすっぽり入る大きさの穴が開いているのでした。

 そこは、高層ビルに囲まれた広い公園でした。てっきり博士が待っていると思って、三人は地底マシンの横のハッチを開けました。ところがそこにいたのは、あの、円盤に乗っていた少年でした。

「あれ? 博士じゃないや」

アスムが言います。

「あなたがわたしを呼んでいたのですか? どうして呼んでいたんです?」

エドガーがたずねました。その腰のあたりからサユも顔を出していました。

「エドガーのお知り合い?」

サユがエドガーの名を呼んだのを聞いて、少年が言いました。

「エドガー? エドガーって、きみ、どうしてロボットになっちゃったの?」

 エドガーたちは、エドガーを呼んでいたのが博士じゃなかったことに驚き、少年の方はエドガーがロボットだということに驚いているようでした。

 あたりが騒がしくなってきました。街の人たちが遠巻きに見て、いろいろ言っています。なにしろ見たことがない乗り物が地下から現れて、変な格好をした少年と、おかしなロボットが話しているのです。

 ただ、アスムやサユが心配したように、鉄砲で撃とうっていう人はいないようです。大都会の人たちだったので、これはなにか新手の宣伝だって思ったのです。携帯電話のカメラで写真を撮ったりしながら、これから何が始まるのか見物しています。新しい車の宣伝か、それとも、有名ロック歌手のライブが始まるのだと思っているのでした。

 でも、少年やエドガーやアスムやサユは、そんなこととは思いませんでした。このままここにいたら、つかまったり撃たれたりしてしまうと思ってしまいました。

「エドガー! 人が集まってきたよ! もぐろう!」

「はい! あ、でも彼は?」

 サユが少年に手を差し伸ばします。

「あなたも乗って!」

 少年も迷ってはいられませんでした。すばやくハッチに飛び込みます。ハッチが閉まって、ドリルが「ヒュィィィィン」と回り始め、地底に向かって。パッ! と消えて土と入れ替わりました。後にはマイクロバス一台分の土の山と、地上に出るときに開いたマイクロバス一台分の穴が残りました。

「おおお!」

「すごいすごい」

 まわりの観客から拍手が起こりました。どうやらみんな、マジックショウの街頭パフォーマンスだと思ったようです。家に帰ったら、テレビで、マジックショウ開催のコマーシャルがあって、今日のパフォーマンスの映像が流れるしくみなんだと納得していました。最近の宣伝は手が込んでいて、なんでもアリなので、こういうことにはみんな慣れてしまっているのでした。

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