ニュースにならない大事件

 地底マシンに乗った、アスムとサユたちがどうなったかのお話の前に、A国へ連れて行かれた博士が、どう扱われたかのお話です。

 博士がA国へ帰国したことは、ニュースにもなりませんし、博士の親戚にも知らせられませんでした。普通なら、大ニュースになって、博士はテレビや新聞・雑誌にひっぱりだこになったはずです。博士のご両親はもう亡くなっていたし、兄弟はいませんでしたが、いとこや親戚はいましたから、引き合わされて、感動の再会、とかも記事になったはずです。しかし、博士の40年ぶりの生還は、国家機密とされたのです。

 ビーン博士の島の科学は、あまりにも進歩しすぎていたのです。しかもそれが博士ひとりの手によるものです。そんな人がみつかったとニュースになったら、博士の発明を利用しようとする国や企業や人が、博士のところに殺到することになるでしょう。A国政府は、博士の発明と博士の頭脳を、ひとりじめするか、少なくともほかにもらさないようにしたかったのです。

 でも、博士の研究を生かして、人々の暮らしを良くしていく、なんてことにはなりませんでしたし、博士の研究を兵器に生かして、A国軍を世界最強にする、なんてことにもなりませんでした。博士の発明は、すごすぎて理解できる科学者がいなかったのです。

 だれも理解できないからといって、博士本人にまかせるのは危険です。また、世界征服をしようとするかもしれません。今回だって、サユが止めなきゃ世界征服に成功してたかもしれないのですから。

 結局、A国の偉い人たちは、博士がA国のために働こうと改心するまで、博士を閉じ込めてしまうことに決めてしまったのです。そりゃあ、博士は世界征服をしようとした「悪い人」なのですが、裁判もなにもせず、いつまで閉じ込めるかも決めずに、いきなり閉じ込めたのです。

 しかも、博士を閉じ込めた場所は、普通の牢屋ではありませんでした。博士だけを閉じ込めるために用意された、特別な部屋でした。

 そこは、A国の政府の建物の地下にある、核シェルターを改造したところでした。

 この核シェルターは、もしも世界が核爆弾を使った戦争になってしまって、地上で人間が住めなくなったときのためのものです。A国のえらい人だけが、地上で人間が住めるようになるまで、数年間暮らしていけるように、地下に作られた隠れ家のような部屋のでした。

 そこは、小さなアパートのように、ひととおり暮らしていくのに必要なものが揃っていました。でも、外の世界とは、分厚いコンクリートで隔てられ、ただひとつしかない出入り口も厚さが1メートル近くある鉛の扉でした。

 電気や水道は外とつながっていません。核シェルターの内側に、発電できる機械があり、水も同じ水をきれいにして何度も使うしくみがあり、外からの水が入ってこないようになっています。

 博士を閉じ込めることにした人たちにとっては、そのことが重要なことでした。博士は、普通の科学では考えられないようなことができてしまう科学者です。電気を外から部屋に送っていたら、その電線を使って、外の世界のコンピュータを乗っ取ってしまうかもしれません。水道の水を外から部屋に送っていたら、その水に、あの水ロボットが混じっているかもしれません。

 博士が、核シェルターの中で新しい発明品を作ってしまうことも、できないようにしなければならないと考えられていました。道具になりそうなものは、全部外へ運び出されていて、工具のようなものや、電気製品もありません。壁や天井に、埋め込み式になっている照明や冷暖房はありますが、その中を分解したりできないように、ふたが開けられなくなっていました。食べ物も保存食で、カンきりもないので缶詰はなく、ビン詰めや袋入りの食べ物だけが博士の食料です。そこに保存されている食料は、何年も前に運び込まれていたものだから、水ロボットは混じっていないはずのものです。

 博士を閉じ込めた人たちが一番苦労したのは、博士の見張り方です。監視カメラとかは、逆に博士に使われてしまうかもしれません。また、長時間様子を見ずに放っておくと、博士が中でなにか作ってしまうのに、気が付かないかもしれません。結局、6時間に一回、博士の様子を点検しに、人が入ることになりました。

 四人の強そうな兵士と、ひとりの背広を着た役人が、その点検役でした。

 点検の時間になると、博士の部屋の外のベルが鳴ります。ベルの音は、厚い鉛の扉を伝わってシェルターの中にも響きます。そうすると、博士は扉がある居間の椅子に、座って待たなければなりません。そこには、木の机と椅子がひとつづつあり、椅子に座ると、扉と向き合うようになります。椅子に座った博士から、扉までは5メートルくらい。机と扉の間には何にも置いてありません。

 まず、扉の上の方にある覗き窓から、兵士が中を覗きます。分厚い扉に小さな窓なので、ほんの狭い範囲しか見えません。椅子に座った博士の顔が、やっと確認できるような位置にある窓です。

 博士の顔が見えると、扉の鍵が開けられます。鍵は電子式とかではありません。博士が細工できないように、昔ながらのかんぬきや錠前やくさりが、何重にも使われています。

 扉が開くと、まずふたりの兵士が扉の左右に立ちます。兵士は後ろに手を組んで、足を肩幅に開き、あごを、つん、とあげて不動の姿勢をとります。続いて背広の役人が入ってきて、博士と机を隔てた位置に立ちます。

「ごきげんよう、博士。外は今、朝の5時です。ご気分はいかがですかな?」

彼は、決まってこういう挨拶をします。

 役人につづいて、さらにふたりの兵士が入ってきます。このふたりは部屋のチェック役です。博士が部屋の中でなにか作っていないか、ベッドやトイレを探します。

「あんまり気分はよくないな。ここへ来て、この三日間、きみに毎朝早く起こされてしまうからな。寝不足になりそうじゃ」

博士はふてくされていました。

「ご希望の本をお持ちしましたよ。『モンテ・クリスト伯』でしたね。あんまり感心な題材とは思えませんが。先日の『ロビンソン・クルーソー』はもうお読みになりましたか?」

役人は、ポケットから古びた文庫本を取り出して、机の上に置きながら言いました。

「まだちょっと読み終えてないんじゃ。もう一日貸しておいてくれ」

と言いながら、博士が机の上の本に手を伸ばすと、その本を役人が、さっ、と取り上げてしまいました。

「では、これはそれと引き換えに。一度に一冊のお約束でしたから」

博士はふくれっつらになって、そっぽを向きました。

「それで、博士。そろそろ考えていただけましたかな? わが国のために研究を続けるか、それともこのまま危険人物として幽閉されつづけるか」

役人は博士を見下ろして冷たく言いました。

「わしゃ、このままがいい。無人島よりずっといい暮らしじゃ。あんたみたいなやつが相手でも、一日に4回も人と話ができるようになるとは、わしにとっては夢のような暮らしじゃからな」

「……そうですか。ま、じゃあ、今回はこれの話をしましょう」

 役人は、写真を取り出して机の上に置きました。その写真は、博士の島で見つかったものの写真です。ライフル銃のような形のものが、長さをしめすものさしといっしょに写っています。

「われわれの優秀なスタッフの調査では、これはおそらく原子分解銃ですね。しかし、起動スイッチが見当たらない。どうやって起動するのか教えていただけますか?」

 博士は写真をちらりと見て、役人を見上げていたずらっぽく笑いました。

「おお、これを見つけてくれたのか。これは、わしが島に作ったゴルフコースで使っていた、サンドウェッジじゃよ。こいつを使うとバンカーから一発でボールが出せるすぐれものじゃ。起動スイッチなどあるわけがなかろう? サンドウェッジにはスイッチなどいらんからの」

 さすがに、これが博士の嘘だということは、誰にだってわかります。からかわれた役人は、すこし怒ったようでしたが、怒鳴るのを我慢しました。

 そのとき、奥を調べていた兵士が、調べ終わって戻ってきました。手に『ロビンソン・クルーソー』の文庫本を持っています。

「なにも変わったものはありませんでした。ただ、この本の98ページ目が3センチ角ほど破りとられていて、その切れ端がみつかりません」

役人は本を受け取り、98ページを開きました。文字が印刷されていないスペースが、四角く破りとられています。

「博士、どういうことか説明していただけますか?」

「いやぁ、すまんすまん。読んでる最中にあたらしい発明のアイデアを思いついてな。メモをしようと思ったんじゃが、よく考えたらペンも鉛筆もここにはない。本を破ったことが見つかるといけないから、細かくちぎってトイレに流してしまった。実はさっき、まだ読み終わっていないと言ったのも、破ったのをバレないように嘘をついたんじゃ」

役人はしばらく、本と博士を見比べていました。でも、紙の切れっ端で、なにかできるとは、彼には想像もできません。それより、さっきのサンドウェッジの話の仕返しを思いつきました。

「トイレにはへんなものを流さないでください、と言ってあったでしょう。本も破られてはこまります。守っていただけないなら、もう、本はお貸しできませんな」

役人は『ロビンソン・クルーソー』をしまいこんでしまいました。もちろん、『モンテ・クリスト伯』も貸してはくれません。

「では、今回はこれで」

 役人は兵士を連れて扉の外へ出ます。扉の見張りをしていたふたりの兵士が最後に扉を出て、鍵をかけています。博士は、扉の外の人の気配が消えるまで、本が貸してもらえずがっかりしているふりをしていましたが、人の気配が消えると、笑い出しました。

「ふぁっはっはっはっ。岩窟王は読めんでもいいよ。この牢獄とは、もうおさらばじゃからな」


 役人は博士の部屋を出ると、長い長い廊下を歩いていきます。岩盤をくりぬいて、コンクリートを吹き付けた通路です。その先の部屋で着替えをしてボディチェックを受けなければいけません。服を全部脱いで、持ち物を預け、X線やいろんな検査を受けて、自分はシャワー室で洗浄を受けます。もともと核シェルターなので、出入り口に放射性物質を洗い流す施設があるのを利用しているのです。博士が何をするかわからないので、用心に用心を重ねているのでした。

 脱いだ服から、小さな虫のようなものが、ぴょん、と跳ねたのに、だれも気が付きませんでした。

 それは、1センチくらいの大きさの折り紙のカエルでした。

 そのカエルは、本物のようにぴょんぴょん跳ねて動きました。人の目を盗み、シャワー室の排水溝近くに跳ねて行きます。

 それは、『ロビンソン・クルーソー』の切れ端で、ビーン博士が作った折り紙ロボットでした。博士は、紙を使ってロボットを作る特殊な折り方を発明していたのです。でも、ちゃんとした道具がない部屋で、いそいで作ったので、あまりたくさんのことはできないロボットです。この折り紙ロボットの使命は、核シェルターから出て、博士の命令を伝えることでした。

 排水溝近くの水に、折り紙のカエルが話しかけました。

「おい、ここにいるのか?」

博士の声です。

 すると、それに答えるように、小さなしずくが、ひょい、と立ち上がりました。博士の島の研究室の排水溝から海に流れ出した水ロボットが、シャワーの水に混じっていたのです。

「仲間を増やしてわしを助けにくるんじゃ」

命令を伝え終わると、カエルは動かなくなってしまいました。

 水ロボットは、周りの水を自分の仲間に改造し始めました。水ロボットは、自分が分裂したり成長したりして増えることはできませんが、自然の水がまわりにあると、それを水ロボットに変えることができるのです。

 あっという間に、まわりの水を仲間にした水ロボットは、折り紙を排水溝に流してから、自分の力で、通路の隅を博士のシェルターへ向かって、流れるように進みはじめました。斜面でもないのに、水溜りが移動していきます。


 さて、そのころカーターはというと。


 ビーン博士の世界征服を未然に防いだカーターは、ビーン博士とA国に戻ってから、休暇をもらってのんびりしてました。ところがこの日、休暇中にもかかわらず、長官に呼び出されてしまいました。

 情報局の建物の中ではたくさんのパソコンを前にたくさんの人が働いています。その、大きな部屋を抜けて、奥にある長官の部屋に入ると、外の騒がしい音はピタリと止みました。薄明かりの、窓がない部屋の中で、長官が大きな机を前に座って待っていました。

 あんまり良い話ではないようです。

「休暇はどうだった? カーター」

長官は言いました。「だった」ということは、休暇はもうおしまいということです。まだあと二日あったはずだったのに。

「今度はどんな任務ですか? ボス」

 長官は机のスイッチのひとつを押しました。すると、横の壁がスクリーンになって、写真が大きく映し出されました。

「この子達に見覚えはあるな?」

「あれ、この写真いつ撮ったんですか? あの島じゃないですね。ビーン博士の島にいたアスムくんとサユちゃんですね。無事に家に帰ったのかな?」

 写真は、アスムとサユが、アスムたちのおじいさんと三人でお屋敷の中を歩いているところです。

 カーターは笑顔でしたが、長官はニコリともしません。

「いっしょに写っているのは新しくA国に駐在されることになった日本国大使だ。ふたりのお子さんは、四日前に行方不明になった大使のお孫さんだ。あの場へ残すよう指示したのはおまえだそうだな。今度の博士のことでは大手柄だったが、それはそれ、これはこれだ。」

 カーターは、ふたりが日本国大使の孫だったことより、あれから三日も経ってるのに、まだ帰っていないことのほうにおどろきました。エドガーがちゃんと送ってくれると思ったのに。

「ふたりは、あの島で保護されたんではないんですか?」

「いや、調査隊が博士の研究室に入ったときには、子どもたちはいなかった。なにやら、ふたりにおまえが合図していたのを見た、という兵士の証言もある。どこにいるか、こころあたりがあるんじゃないのか?」

「いやあ、もうとっくに家に帰ってるころだと……」

そう思っていたのは嘘じゃありません。

「とっととふたりを探し出して大使のところへお連れしろ! ちゃんと送り届けるまで報告もいらん! これは最優先命令だ!」

 怒鳴り声に追い立てられるように、カーターは外に飛び出しました。


 カーターはかっこいい二人乗りのスポーツカーを走らせながら考えていました。スポーツカーが走っているのは、砂漠のような平原にまっすぐ続く道です。

 調査隊が研究室に入ったときに、ふたりがいなかったのなら、やはりエドガーが地底マシンで連れ出してくれたのです。調査隊の報告書を見ても、エドガーと地底マシンは見当たらず、床の一部が土になっていて、その上に土が積まれていたという報告もありました。おそらく、地底マシンが、地下の土とマシンを置き換えて進んでいった跡でしょう。

 だったらなぜ、ふたりは帰っていないのでしょう。なにか事故があったのでしょうか。それとも、エドガーが運転できない機械だったのでしょうか。

 あの地底マシンがどんな運転方法なのか、そしてエドガーが運転できるのかどうか。あるいは、なにかの事故があったならどうやったら助けられるか。すべての答えを持っているのはビーン博士だけです。

 なにしろ、あの地底マシンは現代の科学では追いかけることができません。地面を掘って進んでるわけではないので、進んだあとにトンネルが残ったりもしていません。マシンの後ろには、マシンの前にあった岩盤がどんどん置き換えられてつまっていってしまいます。同じようなマシンでなければ、追いかけられないのです。

 長官が最優先命令だと言ったおかげで、カーターがビーン博士のことを問い合わせると、国家機密にもかかわらず、博士の居場所や境遇が、全部分かりました。ひどい閉じ込め方です。カーターは、ビーン博士がかわいそうになっていました。連れ出すことは許されませんが、面会は許されることになりました。でも、会うまでにいろんなチェックが必要なようで、たいへんみたいです。

 建物もなにもないところで、カーターのスポーツカーは、道をはずれて右に曲がりました。この先にある秘密の建物の、地下のシェルターに博士はいるのです。

 前方に、建物とそれを囲う金網のフェンスが見えてきました。門があって、そこには番兵が立って・・・・・・いません。

 ヘンです。見張りが立っていないなんて。

 カーターは門の前で、ゆっくり車を止めました。あたりを見回します。

 見張りのための小屋がありますが人影はありません。エンジンを止めて、車から降りてみました。おや、小屋の陰でなにか動いてます。軍人の靴が見えました。ピクピクけいれんしています。

 慎重に近寄ってみると、番兵が倒れています。かがみこんで、番兵のあごの後ろに指を当てて確かめると、脈は正常です。気絶しているだけのようです。揺すって起こそうとしたとき、フェンスの中の建物のドアが、バタン、と開きました。

 開いたドアからは、ビーン博士が出てきました。ひとりで悠々と歩いています。見張りもなにもついていません。博士は、車をみつけ、カーターにも気が付きました。

「お~お、ちょうどいいところに来たな。う~む。なんだか、四十年前とたいして変わらん乗り物だがこれでもないよりましか」

博士が車に近寄ります。

「博士。閉じ込められていたんじゃなかったんですか? いったいどうやって・・・・・・」

カーターは鍵が壊れているゲートを開けて、ビーン博士が出てくるのを車のそばで待っていました。

「ここのやつらは、あまりにも、老人の扱いがなっておらんので、こいつで懲らしめてやったのじゃ」

 博士は地面を指さしました。そこには大きな水たまりがあり・・・・・・博士の横を、博士と同じ速さで動いていました。

「さて、わしが脱走したのを知って、捕まえに来たにしちゃあ早すぎるな。カーターくんと言ったかな。水ロボットに乗って移動することもできるんじゃが、こいつは乗り物ではないから、移動は早くても乗り心地が悪い。その車に乗せていってもらえるかな?」

 カーターは考えました。今の自分は最優先命令を受けた任務中です。アスムとサユを大使に届けることが最優先の任務です。博士を逃がしたのは自分じゃなくて、博士がたまたま脱走してきただけです。ここで水ロボットと戦っても任務は達成できません。博士の協力が必要な任務ですから。これはむしろ、カーターの任務にとっては、ビーン博士の協力を得ることができるような、チャンスです……と割り切ることにしました。

本当なら、この状況を長官に報告して、どちらを優先するか、判断を仰ぐべきです。もし長官に、ビーン博士が逃げ出して目の前に立っています、と報告したら、博士を捕まえることが最優先命令になることでしょうけれど。

「『ちゃんと送り届けるまで報告もいらん!』だものな」

長官の顔を思い出すと、クスリと笑い、助手席側にまわってドアを開けました。

「わたしの用事を済ませるのが先ってことでいいですか? 実は相談なのですが……」


 ビーン博士とカーターがいるA国では、博士の脱走のほかに、もうひとつ、決してニュースになることがない大事件がひっそりと起こっていました。

 そこはA国の大都市の下町。高層ビル群からすこし離れた、古いビルとビルの間のゴミゴミした路地でした。

 一匹のネコが、大きなゴミ箱の横から出てきて、路地を横切ろうとしていたとき、ネコのヒゲに、ピリピリ、と電気が走りました。次の瞬間、バリバリバリ! とあたりに稲妻のような光が飛び交って、ネコが叫び声を上げて逃げまどいます。ドカン! と音がしてゴミ箱にずんぐりした円盤がぶつかって稲妻がおさまりました。円盤はなにもない空間から現れたのです。直系が2メートルくらいで、高さは1メートルくらい。表面はすべすべしていて銀色に光る金属のようでした。

 ゴミ箱に衝突した円盤から、煙が立ち昇っています。円盤の上のドームが、ぱかっと開きました。中から、十二歳くらいの少年が出てきました。

「いててててててて……あ~あ、壊れちゃったかな?」

少年は、灰色の潜水スーツのような服を着ています。頭を押さえながら、円盤から這い出してきます。円盤の中はとてもせまくて、身体を丸めて乗っていたようです。円盤の中のメカが「ピ・ピ・ピ・ピ」と鳴り出しました。

「や、やばい!」

少年は、あわてて飛び降りると、走って逃げ出しました。ボン! と円盤の中で小さな爆発があって黒い煙が、もやもや、と上がり、火が燃えはじめます。あのまま乗っていたら、大やけどだったでしょう。

「ふう、あぶないあぶない」

少年は、安全な場所まで離れて、服についたほこりを払いながら、あたりを見回します。やがて、斜め上を向いて動かなくなりました。高層ビル群の方を見ながら、呆然としているようです。

「なんだ? ここは? 未来じゃなくて、過去に来ちゃったのかな……?」

 少年の後ろでは、火を見つけた人が「火事だ!」と叫び始めていました。やがて遠くから消防車のサイレンが聞こえてきます。

 どうやらボヤですみそうですが、円盤は燃えてしまいました。少年にとっては、今は円盤が燃えたことより、あたりの様子の方が一大事のようです。高層ビル群を見ながら、大通りにむかって歩いて行くと、通りの角にスポーツ店がありました。プロバスケットボールの大きなポスターが貼ってあります。今年のリーグ戦開催のポスターでした。そこには、2009年から2010年にかけてのシーズンの試合であることを示すロゴが大きく載っています。

「・・・2010年・・・。どういうことだ?ここはちゃんと、十年後の未来じゃないか。なんでこんな昔みたいな街なんだ?災害でも起きて文明が退化しちゃったのかな?」

 彼は、自分の腕の時計のような装置を操作しました。通信を送っているようです。

「誰か応えてくれないかな?この十年間でどうしてこんなになっちゃったんだろう。・・・あ!エドガーの反応だ! なんだ、まだちゃんとエドガーがいるんじゃないか。よかった」

やっと笑顔になりました。けれどこの少年は、エドガーとどうして知り合いなのでしょう。エドガーはずっとビーン博士の島で暮らしていて、外の世界を知らなかったのに。

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