博士の世界征服計画
ジャングルに入っても、エドガーが案内してくれると安心です。鳥や虫のかたちのロボットがたくさんいますが、みんなじっと見てるだけで何もしてきません。
カーターが、前を歩くエドガーに訊きました。
「海にいたサメロボットや、ここの鳥ロボットとかエドガーくんとかは、なんとか理解できるんだけど、砂や岩のロボットはどういうしくみなのかな?」
エドガーは歩きながら楽しそうに答えます。
「わたしや、動物に似せたロボットは、初期のものなんです。あの廃船から取ったもので作った、歯車やコードやモーターで動くロボットです。でも、博士は、歯車もモーターもなくても、自然にあるものをそのまま使って、生き物のように動かす方法を発明したんです。岩や砂粒のロボットは、たとえ割っても、それぞれがちゃんと考えて行動するロボットなんですよ」
カーターはおどろきました。
「想像もできない科学だなあ。博士はずいぶんと未来を先取りしているんだ」
「博士がおっしゃるには、今の外の世界が時代遅れなのが不思議だっていうことですよ。博士がこの島に来られた40年前の世界で、みんなが想像していた二十一世紀は、いろんなロボットが働いたり生活したりして、宇宙ロケットが別の星と行ったり来たりしていて、海中や空中に大都市があるような世界だったって」
「そういえばそうだな。そういうSF小説がたくさんあったころだ。博士は、そういうSF小説のまんまの世界をこの島で実現し、外の世界は、その間そんなに進歩しなかったわけだ」
エドガーとカーターの間を歩いているアスムとサユは、ふたりの話がよくわかりません。
そんな話をしていると、大きな岩で行き止まりになってる地点に来ました。
「ここが入り口です」
エドガーが岩に向ってなにか通信しました。すると、扉の役目をしている岩ロボットが動いて開き、通路が現れました。四人が中に入ると、扉役の岩ロボットが、また入り口を閉じてしまいます。通路は、いったん、まっくらになりますが、すぐに明るくなりました。エドガーの身体全体が光って明かりになったのです。
しばらく歩くと、今度は鉄の扉がありました。
「この扉の先が博士の研究基地ですよ」
扉が開くと、中はまるで博物館の展示室のようでした。さまざまな発明品がぎっしりと並んでいます。中は明るいので、エドガーはもう光っていませんでした。
ずっと先のほうでカチャカチャ音がしています。そちらへ歩いていくと、大きなドリルがついたマイクロバスのような乗り物の横で、白衣を来た老人がお仕事中でした。ボサボサの白髪頭の、背の低いその人が、ビーン博士でした。
そのあたりの空中には、字や図面がたくさん浮かんでいます。字が書かれた紙や板が浮かんでいるのではなくって.字そのものが浮かんでいます。まるで透明なシートにマジックで書かれた字のようですが、カーターが字を手で触ろうとしてもすり抜けてしまいました。しかも字は、博士がいる方向からは見えて読めますが、反対から見るとなにも見えません。
この島では紙が手に入らないので、博士が紙のかわりに空間に文字が書ける不思議なペンを発明していたのです。
「よーし! できたぞ」
博士が作業を終えて腰に手を当てて乗り物を見回しました。
振り返った博士はエドガーを見つけてニコニコしながら言いました。
「おお! エドガー。どうじゃ、わしの新しい地底マシンじゃ。ドリルが付いてるのはそれっぽく見せるための飾りで、実は岩を掘って進むのではなくて、自分の進みたい方向にある岩と、地底マシン自身の空間を入れ替えて進んで行くのじゃ」
いつもの調子でエドガー相手に発明の自慢をしましたが、エドガーとケンカしていることを思い出してしまいました。
「む! なんじゃ、エドガー。戻ってきたのか。戻っていいとは言ってないぞ。しかも、なんだ。外の人間を連れ込んで。まったく。おまえだけを、わしの命令に逆らえるように作ってしまったのは、まちがいだったな」
昔のように博士に声をかけてもらえて喜んだのに、急に叱られて、エドガーはしょんぼり顔になりました。カーターが前に進み出て博士に向って話します。
「はじめまして、ビーン博士。わたしはA国情報局のカーターと言います。エドガーに博士のところまで案内をお願いしたのはわたしです。ですからエドガーがここへわたしたちをつれてきたのはわたしの責任です」
「は! 情報局! こりゃまた、いきなりすごいのをつれてきたな、エドガー」
博士はカーターを睨みつけました。
「ここまで無事来れたってことは武器は持っておらんのだろう? わしを、素手で捕まえられると思ってるかもしれんが、わしがひとこと命令すれば、どうなるか想像はついとるんじゃろうな」
カーターはまわりの発明品を横目で見回しました。どれがどんな役目をするものかは想像できませんが、どれもが、博士の命令でカーターを襲ってきそうなものに見えます。宙に浮いた文字だって、襲ってくるのかもしれません。
「わかってます。無理やり捕まえようとか思って来たんじゃありません。お話ししたくて来たのです」
「ほほう、どんな話かな?」
カーターはちょっと考えました。これからの自分の話に、A国や地球の未来がかかっているのです。責任重大です。
「博士、A国へ戻って、A国や世界のために博士の発明を役立てていただけませんか。きっと、すばらしい世界になります」
「残念ながらそうはならんよ。A国の高官どもは、自分の国が世界で一番になるように利用できるものを利用するだけじゃ。わしが若いころだって、いろんなアイデアを提供したのに、兵器に使えそうなものだけを研究させて。二十一世紀になっても世界政府もなくて、戦争も無くなっとらん。わしの発明品と外の世界の時代のギャップがわかるか? 軍事利用されたら、世界を簡単に滅ぼしかねないものもたくさんあるんだぞ。たとえばエドガーだって、戦う気になったら、おまえたちの兵器じゃ、まったく歯がたたんのだぞ」
「博士は兵器や戦争を嫌っていらっしゃるようですが、ご自分の世界征服のためには、兵器を使って戦争をしかけるつもりですか?」
カーターは博士を怒らせないように、できるだけ穏やかに話しかけます。
「ふん! ばかどもといっしょにするな。わしの世界征服は最終目標じゃない。征服したあと、平和で進んだ世界をつくりあげることこそが目標なのじゃ。街を焼け野原にして征服したり、ミサイルで脅して従わせたりしたら、そのあとどうやって統治していくつもりだ? わしは、わしの絶対的優位を世界中に見せつけて、心底わしに屈服した世界を、そのあとずっと指導していくのだ」
カーターは説得する言葉を見失ってしまって博士に問い返しました。
「いったい、どうやって征服するんです?」
博士がニヤリと笑いました。
「ふふん! ・・・・・・あれじゃ!」
博士がビシッと指差した方向には・・・・・・木の古い机があって、その上にボロボロのブリキのバケツが載っています。どちらも、どうやら廃船から持ってきたもののようで、発明品には見えません。
カーターも、アスムもサユも、机とバケツをじっと見てますが、どういう意味だかわかりません。あのバケツか机が、岩や砂粒のようなロボットなのでしょうか。たしかに、家庭のなかにある普通の家具や道具が、博士の命令で動くロボットなら、人間はかないませんね。
そのとき、バケツの中の水が「ちゃぷん」と飛び跳ねました。
なにか生き物が入っているのでしょうか。魚とかカニとか。カーターは机に歩み寄ってバケツの中を覗きました。アスムとサユも机に近づきました。アスムはなんとかバケツより背が高いですが、サユは机の上に目を出すのがやっとです。
カーターが注意深くバケツの中を見ました。水がたっぷり入っています。透明の水です。バケツの底が見えます。
それだけです。なにもいません。
「博士、これはいったい……」
カーターが博士に向かってしゃべりかけたときに、また「チャプン、タプン!」水が大きく動きました。
カーターは、目をまんまるにしてバケツの水を見ました。カーターの口から、しぼり出すように言葉がもれました。
「……水ロボット・・・・・・!」
「大正解じゃ! きみはセンスがいいじゃないか。わしの助手になれる素質があるぞ」
博士は大喜びです。
「水のふりをしているわけでもないし、外の世界で流行の、ナノテクノロジーとかいうやつみたいに、小さなメカが水にまじっているわけでもない。水そのもので、わしの命令に従うロボットを作ったのじゃ」
博士は上を向いてお芝居のセリフのように両手を広げて大声でしゃべっています。
カーターは博士の話を聞きながらバケツの水に指をつけてみました。水が指先につきます。顔の前にその指を持ってきて水を見ていると、その水がみるみる丸まって指先でしずくの形になって立ち上がったかと思うと、ピョンととんでバケツに戻りました。
「何度蒸発しても、凍っても、水ロボットは水ロボットのままだし、小さく分かれても大きくまとまっても水ロボット。自分で考えて動けるが、ふつうの水とまったく同じで飲んでも平気。しかも、この水ロボットはまわりの水を改造して自分と同じ水ロボットに変えられる。実際、そのバケツには、もともとただの水が入っていて、ほんの一滴の水ロボットを混ぜただけだったのじゃ」
カーターは、穏やかに話そうと思っていたことをすっかり忘れて、ビーン博士につめよりました。
「これをいったいどうするつもりです!」
博士はにんまり得意顔です。
「なあに、今そこで、ちょいとバケツをひっくりかえすだけじゃよ。そうするとそこの排水溝から海に出る。そうして増える。たくさん増える」
博士は、歌うようにしゃべりはじめました。
「増えたらどうなる? 世界の水はわしのいいなり。言うことを聞かないやつが治めている国から水をとりあげることもできる。海の水をよそに移動させ、川だって流れなくできる。津波洪水はお手の物。・・・・・・まあ、そんな酷いことをするつもりはないがな……。身体に入った水だって命令を聞くぞ。言うことを聞かないやつの身体の中で水を暴れさせることもできる。言うことを聞くやつの病気を、身体の中から直してやることもできる。どうだねカーターくん。水を支配するわたしにたてつくものは、今の世界にいるかね?」
カーターは、ことの重大さを理解して、言葉を失っていました。
「ひょっとしたら、この計画を知ったやつは、水ロボットが増えるまでに、わしをつかまえてしまえばいいと思うかもしれない。そのための用心が地底マシンじゃ。このマシンで、わしは地底数キロのところにもぐっておく。今の外の世界では、海底1万メートルや宇宙ステーションまでなら、わしを追って来られるやつがいるかもしれんが、地底数キロまでわしを追って来られるやつがいるかね?」
博士は自信たっぷりです。
「そのバケツをひっくりかえして、地底マシンに乗り込めば、世界征服は成功したも同じじゃ。ふぁっはっはっは・・・・・・」」
「そんなのだめよ!」
サユの声が、博士の笑い声をさえぎりました。つかつかと博士の前まで歩いていきます。博士がかがみこんでサユの顔を覗き込むようにします。
「おさかなさんはどうなっちゃうの。海や川の水を勝手に動かしたら、あったかくなったりさむくなったりしておさかなさんがたくさん死んじゃうわ」
「え? ・・・・・・魚かぁ」
博士は言葉につまりました。
「海は人間だけじゃなくて、みんなのものよ。勝手なことしちゃいけないわ」
これには、博士は言い返せません。
「ううむ、ほかの生き物のことは考えておらんかった。環境問題をおろそかにする支配者は、民衆から尊敬されない。わしゃ、そんな支配者にはなりたくないからなあ……ううむ」
実際には、博士の水ロボットは、今起きている海や川の環境破壊を解決することもできる、すばらしい発明なのです。しかし、博士が、サユに言われるまで、川や海の流れを自由に操って、自分の力を世界に見せ付けようと思っていたのは事実です。そして、博士は、ほかの人が悪いことをしているからと言って、同じ事を自分もしていいんだとは言いたくなかったのです。
「ううむ……ううむ。どうやらこの手はいかんなあ」
博士が、水ロボットによる世界征服を、考え直した瞬間でした。ドドーンと爆発する音がして、鉄の扉が吹き飛びました。武器を持った特殊部隊の兵隊が二十数人なだれ込んできました。カーターがベルトのバックルで呼んだ応援が、もう着いたのです。
兵隊たちは必死です。ここまでたどりつく間に、砂に襲われ、岩に襲われ、鳥や虫にも襲われて、仲間や戦車は、大半がやられてしまっていました。しかも、この部屋の発明品は、どれも自分たちを襲ってくる怪物に見えます。
いきなり銃撃がはじまりました。マシンガンや小銃でバリバリバリ!とあたりのものを撃ちまくります。中には爆弾を発射する兵士もいます。
カーターは、アスムとサユをかばって伏せます。伏せたまま叫びます。
「やめろ! 撃ち方やめ! 攻撃をやめるんだ! ここに兵器はない! 武器を持ってなければ襲われないんだ!」
でも、銃撃は止みません。カーターはエドガーの手を引いて、子どもたちといっしょに伏せさせました。
「人形のふりをして、子どもたちにくっついてろ。動くなよ」
エドガーにそう言うと、カーターは、銃弾が飛び交う中に立ち上がって両手を広げ、大きく振って、兵士たちに合図しました。
「撃ち方やめ! 撃ち方やめ!」
やっと兵隊のリーダーも、彼の言葉に気が付き、いっしょに叫びはじめました。
「撃ち方やめ!」
銃撃が止みました。あたりに火薬のにおいと白い煙がたちこめます。
「攻撃されたくなかったら、武器を捨てるんだ。武器を持っていなければ、博士の命令がないかぎり、なにも襲ってこない」
カーターに言われて、みんな武器を置きます。ゴトゴトゴト、と銃やら爆弾やらナイフやら、すごい量の武器です。
カーターは博士のところへ行きました。博士は、兵士四人に捕まえられていました。
「どうだね、カーターくん。これが君たちA国のやりかただ」
博士はそう言って、あごでアスムたちのほうを指しました。カーターが振り返ると、ひとりの兵士が、エドガーにすがりついたアスムとサユを捕まえて、無理やり連れて行こうとしています。
「こら! やめろ! その子たちは関係ない。この島に漂着してきたばかりの民間人だ。A国人でもない。博士だけを丁重にお連れするんだ」
エドガーは、カーターに言われたとおり、ぴくりともせずに人形のふりをしてがまんしていました。兵士は、アスムとサユを離します。
博士を捕まえた四人の兵士が、博士を出口へと連れていこうとします。カーターは目配せで、アスムたちに地底マシンへ行くように合図しました。このあとここへはA国の調査隊がやってきてたいへんなことになるでしょう。エドガーといっしょに、地底マシンで逃げろという合図でした。エドガーなら、博士が作ったマシンを運転できるでしょうから。
このときになって、カーターは、水ロボットのバケツのことを思い出しました。机の方を見て、「あっ!」と小さく叫んでしまいました。バケツには、銃撃で穴が空いていました。水が穴から机の上へ吹き出し、吹き出した水は、机の下にしたたりおちて、排水溝へ流れ込みはじめていました。
困った顔のカーターの横を、四人の兵士に掴まれた博士が、通りすぎながら言います。
「心配いらんよ、カーターくん。わしはそいつらに世界征服の命令を出したりはせん。ふぁっはっはっは」
博士は高笑いしながら連れ出されていきました。おそらく、博士の言葉は本当でしょう。嘘なら、今すぐ水ロボットに命令して、兵隊をやっつけてしまうはずです。
「戦闘部隊は撤収だ。全員外へ出て、まだ戦っている者には、武器を捨てるように言うんだ。この島へは、武器を持って入るなと伝えろ」
カーターは、そう命令して、最後の兵士の後から部屋を出て行きました。アスムたちのことを心配しながら。
だれもいなくなってから、アスムはエドガーに呼びかけました。
「エドガー。起きてよ。だいじょうぶ?」
エドガーの胸に、顔が、パッと映りました。
「はい。ふたりもけがはないですか?」
三人は立ち上がりました。
エドガーは部屋を見回します。
「ひどいありさまですね」
この部屋は、エドガーにとって、ビーン博士との思い出がいっぱい詰まった部屋なのです。
「カーターさんが、地底マシンで逃げろって合図してたよ」
「ええ。多分、また大勢やってくるのかもしれませんね。さあ、マシンに乗りましょう」
地底マシンの胴体の横のハッチを開けて、三人が中へ入ると、しばらくして「ヒュィィィィン」とドリルが回り始めました。ドリルが床を向くように、地底マシンが斜め下を向きます。ですが、博士が言っていたとおり、ドリルで土を掘るのではなく、パッ、とマシンとドリルの前にあった地面とが入れ替わってしまいました。その入れ替わりをくりかえして、マシンは地中深く潜っていってしまいました。
砂浜では、博士とカーターを乗せた軍隊のヘリコプターが飛び上がるところでした。ヘリコプターの横の扉は開いています。カーターは、手すりを持って身を乗り出して、島を見下ろしました。アスムたちは、無事に地底マシンで出発したでしょうか。
島には、調査用のブルトーザーやショベルカーが上陸していました。小さな船や人もたくさんいます。そして、島のまわりにはたくさんの軍艦が集まっていました。ヘリコプターは、さらに沖に浮かんでいる大きな大きな原子力空母へ向かっていました。そこから飛行機でA国へ帰るのです。
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