エージェント登場

 アスムとサユが打ち上げられた浜には、もう、足跡もおイモの袋があった跡もありません。そこへひとりの潜水服姿の男が、海から上がってきました。

 男は砂浜に上がると、潜水メガネを取り、潜水服を脱ぎ始めました。潜水服の下には、ビシッときまった黒い背広のスーツを着ています。潜水服を脱ぎ終わると、背広の胸ポケットからハンカチを取り出し、身体に付いた砂を払って、ポケットにハンカチを戻して、内ポケットからサングラスを取り出してかけてから、あたりを見回しています。スポーツマンのような体つきをしていますが、あんまり若くはないようです。四十代くらいですね。

 まわりの砂ロボットたちが、彼の観察をはじめます。砂ロボットたちは、たちまち、彼が身につけたたくさんの武器を見つけました。

 右の脇にはサイレンサーつきのピストル。内ポケットの万年筆は実は小型ロケット弾。足首にはナイフと小型拳銃。首の後ろのえりのところにも小さな投げナイフが3本。背広のボタンは、ちぎって投げる手榴弾。靴のつま先は、ナイフが飛び出すしくみです。

「さてと、上陸はなんとか成功か。しかし、あのサメのロボットはちょっとやばかったな。島にもなにかいるのか・・・・・・な?」

そう言う彼のうしろでは、あたりの砂ロボットが集合して、人型に固まろうとしていました。

 その気配を感じて、さっと振り返った男の手には、いつの間に抜いたのか、サイレンサーつきのピストルが構えられています。後ろに立っていたのが人間の警備兵だったら、そのすばやい動きで男の圧勝だったでしょう。でも、振り返った先にいたのは、砂のかたまりです。

「なんだ! こりゃあ!」

そう叫びながら、すでに3発、人型の砂の胸や頭にあたるところにピストルの弾を撃ち込んでいました。しかし、弾が当たってるのに砂がすこし飛び散るだけです。そればかりか、ほかにも砂がむくむくと起き上がり、人型は5人になりました。

「こりゃあ、かなわん!」

波打ち際を男が走って逃げます。砂の人型はそんなに足が速くないようで、ひとまず逃げ出せそうですが、あたりは砂浜です。どこから、また、むくりと砂が起き上がるか分かったものではありません。

 砂浜の中に、岩が突き出たところがありました。岩陰に隠れてピストルをしまい、あの砂の人型と戦えそうな万年筆型小型ロケットを準備します。キャップをはずして羽根が出てくるボタンを押して……。おや?岩がへんです。岩の端っこに人の目のようなものが現れました。男を横目で見ています。目は岩の表面をすすーっと動いて、男の手元の万年筆をじーっと見ています。

 見られていることに気が付いた男の目と岩の目が合いました。

 岩がむっくり立ち上がりました。高さは5メートルくらいあります。

「どうなってるんだ?」

男はとにかく駆け出します。後ろからは大きな岩と、砂の人型が追いかけてきます。タイミングを見計らって万年筆型小型ロケットを発射すると、白い煙を残して小型ロケットが飛んで行き、岩に命中して爆発しました。大きな岩がガラガラと崩れます。1メートルか50センチくらいのかけらに割れてしまいました。まわりに来ていた砂の人型も、爆風で壊れちゃったようです。

 これで一息、かと思ったら、割れた岩は、それぞれむくりとおきてきました。砂の人型も、あたりの砂から、10体ほどつぎつぎに立ち上がりました。

 砂に比べて岩は動きが早いようです。小さいかけらほど早いようで、ジャンプして襲ってきます。バスケットボールくらいの大きさの岩が、ドーン、ドーンと飛び上がっては落ちてきます。大きなものはズシーン、ズシーンと地響きをたてて跳ねてます。どれに当たっても、ただではすまないでしょう。

 背広の男は、襲ってくる岩をぎりぎりのところで、ひょい、ひょいとかわします。かわしながら、あたりをきょろきょろ見回して、砂や岩に囲まれてしまわないように逃げる方向を選んでいます。

 男が廃船を見つけました。アスムたちがいる廃船です。男は、今はじょうずに逃げ回っていますが、そろそろ息が切れてきました。このままではいつかやられてしまいます。いえ、今にも岩につぶされそうです。廃船に逃げ込もうと考えましたが、それまでもつかどうか。それに廃船に逃げ込んでも、岩や砂は追ってくるかもしれません。

 廃船まではまだ100メートルくらいあります。廃船の大きな穴が見えてきました。おや?人影が見える。男は廃船で待ち伏せされてるのかと疑いました。人影は3人で、ひとりが大人、子どもがふたりです。

 いえ、大人と見えたのは人間じゃありません。砂の人型でもありません。金属製の人形かロボットのようです。あ、なにかこっちに向って言っています。どうやらロボットの声らしい。何と言っているかと耳をすますと。

「……を捨てるんです。武器を持ってたら捨てなさ~い」

とても人がよさそうな声です。でも、ワナかもしれません。信じるべきかどうか……。男は直感で、信じることにしました。

 とんでくる岩をよけながら、ピストルをポイ! 首の投げナイフと爆弾ボタンがついた背広を脱いでポイ! 足首に隠したナイフと小型拳銃を、けんけん飛びしながら取り出してポイ! 最後は、ナイフが仕込まれてる靴までポイ!

 はだしで走りだしたころには、廃船まであと30メートルくらい。波打ち際まできていました。岩が飛ぶ音がやんでいます。振り返ると岩はもとからそこにあったように砂浜でじっとしてます。砂は、アリが虫の死骸を運ぶように、ピストルや背広や靴をジャングルへゆっくり運んでいます。もう、何も襲ってきません。

 はだしになった男は、廃船まで息を整えながら波打ち際をパシャパシャと、ズボンのすそを濡らして歩いてやってきました。サングラスをはずして、カッターシャツの胸のボタンのところにしまってから、さっきアドバイスしてくれた声の主にむかって、お礼を言います。

「ふう、ありがとう。助かったよ、ええと……?」

「エドガーといいます」

ロボットが答えます。

「ぼくはアスム」

「わたしはサユよ。おじさんは?」

「カーターだよ」

 カーターと名乗った男はエドガーを舐めるように見たあと、アスムとサユのほうを見ました。

「アスムとサユはこの島に住んでるのかな?」

「いいえ。ぼくらはいつのまにかこの島に流されていて」

「エドガーと今さっき会ったところよ」

 サユの口からエドガーのことが出てきたので、カーターはエドガーのことを訊きました。と言っても、カーターは最初からエドガーのことが知りたくて、うずうずしてたんですけれどね。

「エドガーくんは、この島に住んでるんだ。ロボットさんなのかな?」

エドガーが答えるより先に、サユが横から答えてしまいます。

「あのね、ここはビーン博士の島なんだって。エドガーを作ったのは博士なんだよ」

カーターは、サユにむかってにっこり笑ってうなずきましたが、アスムはその様子を見ていて心配になってしまいました。

「シッ! サユ、知らないおじさんにべらべら話しちゃいけないよ。このひとピストルとか持ってたんだよ。悪い人かもしれないじゃないか」

 気まずい空気が流れました。

「あー、ゴメンゴメン。おじさんは仕事柄、いろいろ知りたくてね。実はこの島のことを調べにきたんだ」

カーターが謝りました。

「どんなお仕事してるの?」

「ん~、おじさんはA国の情報局ってところで働いていて、いろんなことを調べに、あちこちへ行くお仕事をしてるんだ」

カーターは本当のことを話しました。子供たちを騙したくなかったのです。

「最近、A国軍隊のコンピュータに侵入してきたハッカーがいてね。それが、最初はどうもインターネットの仕組みやコンピュータのことをよく知らないようだったんだけど、とても進んだ科学力を持ってるらしくて、簡単に軍のコンピュータの秘密情報を探り出していってしまったんだ。この島がある場所から通信してることは分かったんだけど、人工衛星のカメラだと、この島は写らない。古い海図にはたしかに小さな島が載っているのに、空からは海に見えるっていうんで、調査員のおじさんが調べに来たってわけさ。宇宙人じゃないかって言う人もいたんだけど、ビーン博士っていう人の仕業だったわけだ」

 カーターの話を聞いて、エドガーがにっこりほほえみました。

「A国っていうと、博士の母国ですね」

 エドガーは誰とでも打ち解けるようです。というか、エドガーは博士以外の人と話したことがなかったので、人を疑ったり隠し事をすることを知らないのです。

「え?ビーン博士っていうのはA国の人なの?……ビーン、ビーン……」

カーターは一所懸命に思い出そうとしていました。カーターは仕事がら、世界中のいろんな出来事を、勉強して覚えているのです。

「あ、40年前に試験飛行中に行方不明になったノーマル・ビーン博士のことか! A国軍隊の天才兵器発明家」

それを聞いて、エドガーの胸の顔が不思議そうな表情に変わりました。

「その記録は正確じゃないと思いますよ。博士はもともと平和のための技術を発明していたんです。研究の援助を申し出てくれた団体が、実は軍隊の関係団体で、いつの間にか、発明を兵器に利用されるようになってしまってたんだっておっしゃってました」

「なるほどね、それがいやで行方をくらましたのかな」

「いえ、博士の飛行機は、円盤に撃ち落とされたんです」

 エドガーはアスムたちに話した博士のこれまで話をカーターにも話してあげました。博士が円盤に撃墜されたあと、この島でひとりで未来文明を築き上げたこと。エドガーは助手をしてたけど、博士が世界征服をするということに反対して、けんかしちゃったこと。

「うーん」

カーターは困った顔になりました。

「世界征服っていうのはまずいなあ。報告しなきゃいけない」

 カーターはベルトのバックルをカチャカチャ触りました。ピッ、ピッと音がします。

「これで応援がやってくる」

アスムとサユが心配そうにしています。

「博士をやっつけちゃうの?」

 ふたりは、まだ会ったことがない博士のことを心配していました。博士は、ふたりが友達になったエドガーの生みの親ですから。

 その様子を見て、カーターも申し訳なくなってきました。

「博士は同じA国の人だから、あまり乱暴なことはしないと思うけど……博士が抵抗するとあぶないかなあ。応援が来るより先に、博士に世界征服なんてやめて、A国へ戻ってくれって説得しに行くよ。博士がいろんな研究を、A国や世界のために役立ててくれるなら、すばらしいことだからね」

 アスムとサユの表情が明るくなり、ふたりはにっこりと顔を見合わせました。エドガーが立ち上がります。

「そういうことでしたら、わたしがご案内しましょう」

エドガーが先頭に立って歩き始めました。アスムとサユがつづき、最後にカーターです。あ、でもカーターははだしです。

「あっちっち!」

砂浜の砂はとっても熱くなってます。日なたの乾いた砂の上を歩くとたいへんです。

「あ、待っててください。靴を取ってこさせましょう」

エドガーが言いました。カーターやアスムたちはどういう意味かわかりません。誰が靴を取って来るのでしょう。

 やがて、カーターが脱ぎ捨てた靴が、ジャングルから砂浜の上をすべるように進んできました。どうやら砂ロボットが運んでいるようです。

「この島のロボットたちは、博士の命令に逆らわないかぎり、わたしの命令を聞くようにできているんです。わたしは助手ですから」

「え? だったらあの靴は武器があるから博士の命令でだめなんじゃあ・・・・・・」

とカーターが言ってるときに、靴が彼のそばまでやってきて止りました。靴を見て、どういうことかわかりました。靴のつま先は、仕込みナイフごと、もぎとられて穴が開いていたのです。つまり砂ロボットは、武器を取り上げろという博士の命令を守った上で、靴を返しなさいというエドガーの命令を、じょうずに実行したのでした。

「なるほどね」

カーターは穴が開いた靴を履いて歩きはじめました。

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