ドリーム、リアル&ファントム

鶏ニンジャ

夢と現と幻と

「ふわぁ……寝るか……」


 自分の部屋のベッド……オレは横になる。

 明日も学校だ。早く寝よう。


 オレは目を閉じる。

 だけど、次の瞬間――。


「国王様!」


 乱暴にドアが開け放たれてちょっとヒステリックな女の声がする。

 ああ、仕方ない。起きるか。


 オレは目を開ける。まぶしい。

 大きな窓からは朝日が差し込み、オレに降り注いでいる。


 ふかふかのベッドに、ものすごく高い天井……見渡す家具も白に金細工が施された豪華なものばかりが揃っていた。


「国王様! お急ぎください!!」

「ちょっと! 少しはゆっくりとさせてくれよ!」


 オレは起き上がりながら女に言う。

 黒縁眼鏡にゆったりとしたローブを身にまとった女……この国の大臣でもあるシルビアだ。


「なにをおっしゃっているのですか! こちらの世界には寝ているときにしかいられないのですよ!」


 ああ、そうだ。

 オレはこの世界を救って、元の世界に帰った。


 だけど、不思議なことに元の世界で寝ている間だけ、なぜかこっちの世界に来ることができるようになってしまったんだ。


「さあ! 仕事が待っています!」


 オレはパジャマのまま手を引っ張られた。

 ちなみになんでかわからないけど、服も向こうの世界の服になっている。


「ちょっと待て! 着替えぐらいは――」

「時間がありません!」


 そのまま部屋から連れ出され、廊下を急ぎ足で移動させられる。


「なあ、やっぱり、オレじゃ国王は無理だって、他のやつらに任せようぜ?」

「他って誰ですか? 脳筋の女戦士? 手癖の悪い女盗賊? 女癖が悪くて国を追放された騎士? それとも……」


 シルビアはまくし立てる。

 うん、我ながら個性豊かというか、なんというか……すごいメンバーと世界を救ったもんだ。


「はい! 到着です」


 木でできた扉の前で立ち止まる。


「国王様に敬礼!」


 扉の横に立っている衛兵が敬礼をする。


「ああ、おはよ――」

「急ぎますよ!」

「うわっと!」


 シルビアは木の扉を開け、オレを引きづり込む。

 朝日の差し込む赤いカーペットがひかれた部屋……国王の執務室だ。

 書類が山積みになった大きな木の机が見える。


「え? なんだよ、あの書類の山は!」

「いいから座ってください!」


 椅子に強引に座らせられる。

 うん、いつ座っても座り心地のいい椅子だ。


 いい椅子で仕事や勉強をするのは効率アップにつながる……って、そうじゃない!


「昨日だってあんなに書類を片付けたのにどうなってんだよ!」

「はい、手を動かしてください!」


 シルビアはメガネを直しながらオレに言う。

 オレはとりあえず、書類にサインを始める。


「いいですか? 魔王軍との戦いはこの国に大きな傷をもたらしました。それを回復するためには様々な事業を行わなければならないのです」

「それにしたってこの量はないだろ?」


 オレはひたすらサインをする。

 まあ、文句を言っても仕方ない。今は手を動かそう。


「なあ、でもさ。サインするだけならオレじゃなくてもいいだろ? 内容なんか確かめないんだし」


 サインをしながらオレは言う。

 ああ、そうだ。オレは内容なんか確認しない。


 この書類は各種専門家が会議を重ねて提出した書類だ。

 素人のオレが口を出せるようなもんじゃない。


「ダメです。何度も言っていますが、国王のサインには特別な力があるのです。代行などは許されません」


 シルビアは厳しい口調で言ってくる。

 うーん……国王のサインをなくすような改革も必要かなぁ。

 でも、今は目の前の書類を片付けなきゃならない。


 ひたすら書類にサインをする。

 そうしているうちに書類の山もだいぶ片付いてきた。


「ふぅ……後は……」


 オレはため息をつく。

 もう少しで――。


「国王様! 大変です!」


 そこに兵士が走り込んでくきた。


「騒がしいですよ」

「はっ! 申し訳ありません」


 オレより早くシルビアが反応する。


「で、どうしたのですか?」

「はっ! 火竜の国より火竜姫様が、国王様への面会を求めていらっしゃっております!」


 兵士が敬礼しながら報告する。

 え? 火竜姫? あいつがなんの用だ?


「アポイントメントは――」


 シルビアが言いかけた時、爆音が城を揺らす。


「おいおい! なんだよ!」


 オレは立ち上がる。

 同時にまた別の兵士が部屋の駆け込んできた。


「失礼します! 火竜姫様が国王を出さないならば、庭園を破壊するとおっしゃられています!」

「マジかよ!」


 ああ、もう、仕方ない。


「シルビア! 悪い、ちょっと行ってくるわ。後は頼む!」


 答えを聞かずに執務室を飛び出す。

 あいつは優秀だからな。任せれば大丈夫だろう。


 しばらく走ると城の庭に出る。

 そこには――。


「勇者殿を出せ! 隠すならばこの城を破壊し、探すまでじゃ!」


 巨大な赤い竜が吠えていた。地面には大きな穴も開いている。

 マジで城を破壊しかねない勢いだ。


 まわりの兵士は遠巻きにそれを見つめている。

 そりゃ、そうだ。


 あいつは魔王軍との最終決戦で、山のように馬鹿でかい巨大魔獣を一人で叩き潰したんだ。

 普通の兵士がどうこうできるようなもんじゃない。


「おーい! 火竜姫ー! きたぞー!」


 オレは大声で叫ぶ。

 すると、火竜姫はオレを見る。


 その瞳が一瞬大きく見開かれたかと思うと、急激に縮む。

 そして、真っ赤なワンピースを着た……真っ赤な竜のウロコと角と尻尾持つ少女の姿になった。


「勇者殿!」


 火竜姫は真っ赤な羽をパタパタ動かしながら、オレに向かってものすごい勢いで飛んでくる。


「あぶね!」


 オレはとっさに回避する。

 火竜姫は突進をやめない。そのまま木に突っ込むと、ぐっとその木を抱きしめる。


 突っ込まれた哀れな木は、、割り箸でも折るかのように簡単に折れてしまった。

 火竜姫はオレの方をくるりと向く。


「勇者殿! わらわの抱擁を受け取れぬと申すのか!」

「馬鹿! オレの体をその木みたいにするつもりかよ!」


 まったく。勘弁してくれよ。


「勇者殿に会いたくて来たというのに……そのような言葉をかけられるとは……」

「いや、泣きまねとかはいいから」


 呆れたような顔で火竜姫を見てしまう。


「……なんじゃ、つまらぬ。まあ良い、せかっく来たのじゃ。街を案内せい」


 横柄な態度で火竜姫は言う。

 まあ、竜の国のお姫様だから横柄なのは仕方ないかもしれない。

 仕方ないかもしれないが――。


「いや、こっちも仕事があるから無理だぞ」


 うん、午後も仕事が詰まってる。

 元の世界で寝てる時しかこっちにいられないんだから、遊んでる暇なんかない。


「なんじゃと! そうか……わらわとは遊べぬというのか……ならば!」


 火竜姫がまた竜の姿になる。


「城を壊して、遊ぶしかないようにするまでじゃ!」


 巨大な口から炎がこぼれる。

 ちっ、しまった。時間稼ぎをするべきだったか?


「ゆくぞ!」


 火竜姫が大きく息を吸い込み、吐こうとする。

 しかし、次の瞬間――。


「姫様? なにをなさっているのですか?」


 別の竜人族の女が空から現れる。

 真っ黒なウロコと尻尾と羽を持ったメイド姿の竜人族だ。


「め、メイド長!?」


 火竜姫は明らかに動揺する。

 そして、再び少女の姿へと戻った。


 彼女は火竜姫の母親代わりのメイドさんだ。

 政治面では頼りない火竜姫の代わりに国を取り仕切っている。

 下手したら火竜姫よりも国民や城の人間に頼りにされている……そんな人物だ。


「勝手に城を抜け出し、他の国に迷惑をかけるとは……一体どういうおつもりですか?」

「い、いや、こ、これは!」


 メイド長はにこやかに笑いながら話している。

 だけど、その目は一切笑っていない。

 正直、魔王と対峙したオレでも怖いくらいだ。


「勇者様……申し訳ありません」


 メイド長は振り返るとオレに深々とお辞儀をしてくる。


「ああ、連絡が間に合ってよかった」

「はい、大臣様からのご連絡をいただき、全速力で参りましたので」


 うん、やっぱりシルビアは優秀な大臣だ。頼りになるな。


「では、この被害に関しましては後でゆっくりと……姫、逃げ出したらお仕置きですよ」


 メイド長は深々と頭を下げながら言う。

 火竜姫を見るとこっそりと逃げようとしているのが見えた。


「では、姫。帰りますよ。帰ったらお説教ですのでお覚悟ください」

「い、嫌じゃ! わらわはお説教など聞きとうない!」


 火竜姫はそう言うと羽を広げて飛び立ってしまう。


「姫! では、勇者様。わたくしはこれで、失礼いたします」


 言うと同時にメイド長は飛び立ってしまった。

 辺りは一応の静寂を取り戻す。

 さて、とりあえず、部屋に戻るか。


「あー……そこの……ああ、おまえだ。被害訴額の見積もりを出すように担当の大臣に言っておいて」


 オレは近くの兵士に指示を出す。

 そして、残りの仕事を片付けるためにその場を後にした。


 ————————————


「さてと……今日も終わりだな……」


 オレはベッドの上で大きく伸びをする。

 そろそろ向こうの世界で起きる時間だ。戻らなきゃならない。


「国王様」


 シルビアがやってくる。


「お疲れ様」

「はい、お疲れ様でした」


 眼鏡をはずしながらシルビアはオレの隣に座る。

 ちょっといい雰囲気だ……だけど、まあ、時間もない。


「ん……」


 オレはシルビアにキスをする。

 シルビアもそれに応えてくれる。


 唇を重ねるだけの優しいキス。

 大好きな彼女とのキスだ。


 やっぱり、ものすごくドキドキする。

 しばらくキスをし続けて、どちらからともなく唇を離す。


「悪いな。一緒にどっかに行くとかできればいいんだけどな……」


 シルビアの肩を抱く。彼女もオレに体を預けてくる。

 帰る直前の短い二人の時間……永遠に続けばいいと考えたこともある。


 だけどそう言うわけにもいかない。

 オレにはやるべきことがある。帰らないという選択はできるわけがない。


「しかたありません。国王にふさわしいのは貴方しかいないんです」


 いつもの口調からは考えられないような優しい口調でシルビアは話す。

 オレを見つめるその顔は、安心しきったような優しい笑顔だ。

 オレはその銀色の美しい髪を軽くなでた。


 すべすべとしていて気持ちがいい触り心地だ。

 シルビアも気持ちよさそうにしているのがわかる。


「なあ、もしも……」


 言いかけたところで意識が遠のいていくのがわかる。

 どうやら、そろそろ目が覚める時間らしい。


「時間切れか……じゃあ、また明日な」


 オレの言葉にシルビアは放れた。

 そのままオレはベッドに横になる。

 そこにシルビアが布団をかけてくれた。


「では、また明日……」


 シルビアの声……そして唇に感じる柔らかな感触……オレはそのまま眠りについた。

 そして――。


「戻ってきたか」


 目を開けるとそこは自分の部屋だ。

 オレは自分の唇を触る。


「っと、学校に行かないとな」


 オレは制服に着替えると部屋を出る。

 そして、一回のキッチンへ。


 なんの変哲もないキッチン――パンを焼いてインスタントコーヒーを入れる。

 部屋の中にはパンの焼ける臭いと、コーヒーのいい臭いが漂いはじめた。。


 両親は長期出張で、この家にはオレしかいない。

 時計代わりにテレビをつける。


 うーん……政治家がどうの、犯罪がどうのだと暗い話ばっかりだ。

 まったく、朝くらいは気持ちよく家を出たいもんだけどな。


「っと、パンも焼けたか」


 焼けたトーストにたっぷりのバターを塗って一口食べる。

 うん、うまい。やっぱり、生まれ育った世界の食べものは口に合う。


 インスタントコーヒーにもたっぷりの砂糖とミルクを入れて一口飲む。

 うん、甘くておいしい。この安っぽいインスタントコーヒーもこの世界じゃないと飲めないからな。


 オレはゆっくりと朝食を食べ終える。

 カップをきれいに洗うと、戸棚へとしまった。


「さて、行くか」


 鍵をかけて駅へと向かう。

 学校までは電車で十分ちょっとかかる。


 オレは焼けるような夏の日差しを、全身で感じながら駅へと向かう。

 アスファルトから陽炎が立ち上っているのが見えた。


 今年の夏も熱くなるとか言ってたっけかな?

 うーん……あんまり暑いのは勘弁してほしいんだがな。

 そんな事を考えていると駅までたどり着く。


「おはよう」

「ああ、おはよう」


 同級生からあいさつをされる。

 オレも挨拶を返しながらとあいさつしながら改札へ向かう。


 定期を駅員に見せて電車に乗り込む。

 電車の中はクーラーが聞いていてすごく涼しい。


 まだそんなに生徒は乗ってはいない車内。

 なんとか座ることができた。


 ちょうどいい硬さのシートとよく効いた冷房……そして、心地のいい振動がオレの眠気を呼び寄せる。


 学校まではそれなりに時間がある。

 オレはそのまま目を閉じた。


「さてと、やるか」


 目を開けると、夜のビル街……猥雑なネオン看板が光が目に飛び込んでくる。

 空にはぶ厚い雲がかかり、星の一つも見ることはできない。


 オレは天を貫くような高いビルの屋上から街を見下ろす。

 車のヘッドライトが洪水のように流れているのが見えた。


 <世界の平和と国民の皆さんの健康を守る健康食品をお安くご奉仕!>

 <早い! 安い! 強い! 最強ウエポンならこれで決まり!>


 耳をすませば、この国を支配する企業の宣伝――それらの欺瞞に満ちたメッセージを、大音量で垂れ流すドローンがビルの間を飛び回る。


 「来たわね」


 女の声、オレは声のする方をみる。

 金色の長い髪の女……ボディスーツを着たスタイル抜群の女が立っていた。


「エレンか」


 そう、こいつはエレン。この世界でのパートナーだ。

 

「時間もないんでしょ?」


 エレンは妖艶な笑みを浮かべながらオレに、封筒を投げ渡してくる。

 ああ、その通りだ。駅に着くまで約三十分――のんびりしている暇はない。

 

 オレは手早く封筒から書類を取り出すとターゲットを確認する。

 そして、その書類を空中に放り投げた。


 書類はぼうっと音を立てて燃え上がると、完全に灰となる。

 これで証拠隠滅も問題ない。

 

「さて、行くか」


 オレは大きく伸びをしながら自分に気合を入れる。

 そして走り出そうとした瞬間、エレンがキスをしてくる。


「おいおい」

「ふふ……幸運の女神さまのおすそ分けよ」


そう言う同時に、エレンはビルから飛び降りる。

そして、屋上を跳び渡ってその姿はすぐに消えてしまった。


「幸運の女神ねぇ……まあ、いいけどさ」


オレは軽く唇に手を当てる。


「さてと、今日も世界を救いに行くか」


そうつぶやくと、光の渦の中へと走り出した――。




ドリーム&リアル&ファントム ~完~

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