もういいかーい(4)
帰り支度をして昇降口に向かう。
「さっきのは一体なんだったんだろうな」
階段を下りる最中俺が何気なく呟くと、先を歩いていた伏見はふと立ち止まり、狐面をつけた顔をこちらに向けて言った。
「たぶん、呼ばれたから来たんだと思う」
「は? 呼んだって誰が」
「君が」
「俺あんなん呼んでねぇけど!」
思わず目くじらを立てるが、伏見は淡々と話し始める。
「最初に声が聞こえたとき、神田くん笑ったでしょ。嫌味とか馬鹿にした感じじゃなくてさ」
「お、おう?」
言われてみれば、確かに「子供は元気だなぁ」とか、たぶんそんなことを考えていたと思う。
「声が聞こえた時点であの霊とは波長が合ってたと思うんだけど、その声に神田くんが反応したことで、君のことが気に入っちゃったんだよ。だから一緒に遊びたくて寄ってきたんだと思う」
そう言われて悪い気はしないが、あの子供の霊の姿を思い出して身震いする。
「だ、だったらもっと普通に出てこいよ! あれ怖すぎんだろ!!」
「仕方ないよ。亡くなった時の姿だし」
その言葉にギクリとした。
どんな死に方をしたのか分らないし、正直知りたくもないが、あの食いしばった口は、相当苦しんだんだと思う。
遊んでいる時の事故だったのだろうか。それとも……。
そんなことを考えて気を沈ませていると、突然俺の額にデコピンが炸裂した。
「いぃっってぇええッ!!」
悶える俺に間髪を容れず、伏見は静かに「駄目だよ」と言う。
「駄目ってなに……」
普段だったら食ってかかるところだが、あまりの痛みに震えながら力なく聞く。
「あまり深いりしちゃ駄目。ついてくるから。子供の霊って案外タチが悪いし」
伏見はそれだけ言って、そのまま踵を返す。
俺はおでこを摩りながら伏見の後を行く。そして、ふと思ったことを口にした。
「タチが悪いって、悪霊ってことか?」
「違うよ。そもそも悪霊なんて居ないって僕は思ってる。そのつもりがなくても、受ける側次第で簡単に『悪意』になる。人間は、都合の悪いものはみんな『悪』にしちゃうから」
なんとなく伏見の言うことは分かる。俺はなんだか申し訳ない気持ちになった。
「子供って無邪気で融通きかないところあるし。だからある意味タチが悪いんだよ」
色々知ってるんだなぁ。と、なんだか関心してしまった。
下駄箱までくると、靴を履き替えながらずっと気になっていたことを聞いてみた。
「なあ、お前って霊感あるんだよな。霊能者なのか? さっきも呪文みたいなやつ唱えてたし」
「見えるだけだよ。君と一緒。ただ、うちの祖母がすごい人で。小さいころから色んな対処法を教えてもらってきたから。さっきのアレも、『言霊』って言うんだけど、素人でも霊を浄化する力を持つ特殊な言葉だよ。まあ、完全に浄霊するのは難しいけどね……」
そう言って、おもむろにお面を取り外し、俺に見せてきた。
「これも祖母からもらったもので、あの人の気が込められてるんだ。もともとこのお面は“白狐”っていう彼の世と此の世を行き来できる狐がモデルで、これをつければ儀式が行えて霊と交信できるって信じられているものなんだけど、僕はこれをつけることである程度の霊から身を守ってもらってるんだ」
なんだか難しい話になってきてよく分らないが、とりあえず伏見と伏見のばあちゃんがすごいのは分った。
あと、意外と伏見がこういうことに関してはよく喋るということも。
「ふーん。俺はてっきり中二病こじらせてんだとばかり思ってたけど、なるほどねぇ」
伏見は「中二病ってなに?」といった顔をすると、お面をつけ直して再び歩き出す。
俺はその一歩後ろを歩きながら、しばらく無言で二人校門を目指した。
すると、今度は伏見がぽつりと聞いてきた。
「僕も聞きたいことがあるんだけど」
「んー?」
「神田くんは僕のこと嫌いなの?」
「んんっ!?」
すこし動揺したが、今は別に嫌いとか思っていない。むしろちょっと面白いやつだなと興味が湧いてきたところだった。
「まあ、最初は合わないかなぁとか思ってたけど、嫌いじゃねぇよ。つか、むしろお前の方が俺のこと嫌いなのかと」
そこまで言うと、ピタリと伏見の足が止まった。自ずと俺の歩みも止まる。
ゆっくりとこちらに振り向いた伏見の表情は、相変わらずお面で隠れて見えない。
「なんで?」
「なんでって……」
いきなり聞かれてしばらく口ごもる。
「…あー、あれだ。なんでお面つけてんのかも謎だったし、クラスの連中とは普通に話すのに俺の時だけそっけないっていうか、会話続かないしさ」
すると、伏見は小首を傾げて「えっ?」と少し意外そうな声を出した。
「僕、普段からこんな感じだけど」
「いや。いやいやいや。見てるから。他のヤツらとはちゃんと会話のキャッチボールできてるの、俺見てるから!」
「クラスの皆は、僕がひとつ返すとその何倍にもして返してくるから。でも、神田くんは顔を合わせても素通りだし、話しかけてこなし、嫌われてると思って……」
「関わらないようにしてたってか?」
伏見はこくりと無言で頷く。
「なんだそれ」
完全に俺の誤解と思い込みじゃん! と、心の中で叫ぶ。
思えば挨拶すらまともに交わしたことがないかもしれない。
しかし、もう誤解はお互い解けているわけだ。
俺はいつまでもぐじぐじ悩むのをやめ、伏見に向き合うことにした。
「ん」
右手を差し出すと、伏見はきょとんとしていたが、俺が「握手」と言うと、そろそろと手を伸ばして軽く触れてきた。
そのままグッと伏見の手を握ると、ぶんぶんと大きく上下に振る。力が入っていなかった伏見の身体がバランスを崩して少しよろけた。
「うわっ」
「これで仲直り。あー、別に喧嘩してたわけじゃねぇから仲直りは変か。んでも、わだかまりも解けたことだし、これから改めてよろしくな」
伏見はしばらく茫然としていたが、やがてゆっくり俺の手を解くとまた歩き出した。
「おい?」
「やめといた方がいいよ」
その言葉に、心の底が黒い靄で埋め尽くされるような不快感と、水をため込んだような圧迫感に襲われた。
「……なんで?」
「神田くんは見える人だけど、幸いあまり強い力じゃない。でも、僕と一緒にいることで少なからず影響が出るだろうし、さっきみたいな怖い目にたくさん遭うと思う。だから、もう僕に関わらないほうがいいかも」
俺は、言葉が詰まった。
校門を出ると、「じゃあ、僕こっちだから」と言って俺の帰路とは反対側を指す。そして立ち尽くす俺の方を向き、
「でも、ありがとう。もし嫌じゃなかったら、これからは普通に話しかけてくれると嬉しいな」
そう言って帰路についた。
だが、俺はちっとも納得していなかった。
たしかに、さっきのような目に遭うのは正直怖いし、ものすごく嫌だ。
だけど、せっかく色々分かってきた伏見とまた距離を取らなければいけないなんて、もっと嫌だった。
こんな面白いやつと、そうそう出会えるわけがない。
もっとたくさん、話がしてみたい。
そう思ったら口が勝手に彼の名前を呼んでいた。
「伏見!」
伏見は俺の呼びかけにゆっくりと振り返る。
「俺、いいよ。ちょっとくらい怖い思いしたっていいから。だから、これからも、よろしくな――」
気持ちが先行して言葉が上手くまとまらず、何を伝えたいのかよく分らない言い回しになってしまったが、それを聞いた伏見はひらひらと緩やかに手を振ると、そのまま背を向けて帰って行った。
俺は、伏見の後ろ姿を豆粒ほどの大きさになるまでしばらく見送っていた。
それから俺と伏見は、ことあるごとに霊絡みの厄介ごとに巻き込まれることになるのだが……まぁ、それはまた別の話で。
―了―
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