第106話 大岡裁き

「道で争っていると聞いてやって来ましたが、ここで何があったんですか?」

 ザックと名乗る男は懐疑の目を向けて俺達に質問する。


「いきなり、この男たちが襲いかかってきたのよ!! 明らかに私達全員を殺すつもりだったわ!!」

 俺が答える前にウルティマが答えた。


「この男たちとは知り合いですか? 襲われる心当たりでもありますか?」

 ザックはまるで取り調べのように淡々と質問をする。一刻も早くリーンの元へと向かいたい俺は何とかしてこの場を切り抜けたかった。ひとまず事情聴取は後にしてもらい、この場は解放してもらえるように頼もうと口を開きかけた時、先にウルティマが質問に答える。


「この男たちは全く見たことないわ。ただ、襲われる心当たりならあるわ」

 えっ? という事はやはりシリウスが関係しているという事か・・・俺はその心当たりとやらを予想した。


「ほぉ、それはどんな?」

ザックの目が怪しい光を帯びた。


「私たちが世界を救うのを邪魔するためだわ」

・・・このウルティマという少女はいったい何を言い出しているのだろうか? そんな馬鹿な返答では尋問が長引くだけである。俺は慌てて否定しようとする。だがしかし、ザックは予想外の反応を示す。


「なるほど・・・そうですか」

えっ? 納得するの? そんな返答でいいのか・・・王都の警備とやらはざるすぎるな。俺はこの異世界のシステムを学んだ気がした。危なくなれば『世界を救う』というキーワードで何とかなるということである。

 俺が新たな発見に考えを巡らせていると倒れた男達を調べているザックの仲間の一人が声を上げた。


「ザックさん。この者達は闇ギルド【ブラックキャット】のメンバーたちですよ。全員手配書が出回っています」


「ほぉ。それで全員息はあるんですか?」


「全員気絶しているだけです。目立った外傷はありません」


「そうですか。・・・いろいろとあなた達に聞きたいことがありますが、この者達からも事情を聞きたいところです。ひとまず、あなた達の言い分を信じますので、この者たちを連行することにします。この者達から詳しい事情を聞いて話が違っていたなら、もう一度話を聞かせてもらいますが、よろしいですか?」 

 話の分かる調査団である。

「もちろんよ! 私は嘘を言ってないわ。こいつらがいきなり殺そうとしてきたのよ」


「確かに、そうだ。こいつらは危険な悪漢たちだ。牢に閉じ込めておいた方がいいだろう」

 アルティマはウルティマに援護射撃をした。


「それであなた達のお名前と住まいはどちらに?」


「私はウルティマよ。魔導士学園の生徒だから、今は学園の寮にいるわ」


「僕はアルティマだ。ウルティマと同じく学園の寮で暮らしている」


「それであなたは?」

 ザックは俺に質問する。面倒ごとになるくらいなら嘘の名前と住所を言ってバックレる事もできそうであるが、ウルティマとアルティマが本当の事を言っているのでそれは意味のない事であろう。


「俺はアギラです。同じく学園の寮にいます」

 俺は正直に答えた。


「分かりました。何かあれば、学園に伺います。お前たち、そいつらを連れて行くぞ」

 ザックは倒れた男達を調べている仲間達の方に振り向いて、命令を下した。

「分かりました」

 それに従い、倒れた男達を担いで全員で元来た方へと去って行く。後には俺達3人が路上に残された。

 俺としては時間を取られなかったのは有難かった。ウルティマの訳の分からない話で長引かなかったのはむしろ結果オーライである。

 俺は気を取り直して、リーン達がいる可能性がある病院へと向かうことにした。ウルティマとアルティマは黙って俺の後ろをついて来る。時折、俺に何かを言おうと口を開きかけたが、結局病院に着くまで何も会話はなかった。


「ここか。ここにリーン達が・・・」

 俺は病院を見上げた。かなり大きな病院である。3階建で10以上の部屋はありそうである。ここでは薬による治療が行われていると聞いている。

 受付らしき人にリーン達の事を聞くと、「あなた達も特別クラスの生徒さんですか? 来ていただいてありがとうございます。クラリスさんには本当に感謝ですね。それで・・・先ほどの来てくれた方達は2階にいらっしゃると思います」と階段を指さした。


 俺はお礼を言って階段を昇る。後からはしっかりと2人もついてくる。


 そして一つの部屋の中から大きな声が聞こえてきた。

「そんなはずは・・・私の処置は完ぺきだったはず。クソッ・・・・どういう事だ。魔法が使えない・・・だと・・・」


「どいて!! 私がやるわ!!」

リーンの声である。


「五月蠅い!! 麒麟児である私に任せておけば大丈夫だ!!」


「そんな事言ってる場合じゃないわ。患者が苦しみだしてるわ」


「くっ!!」


 俺は扉に手をかけ、部屋に入る。部屋には6つのベッドがあり、奥の方のベッドのそばにリーンとマリオン、それにシリウスの3人がいた。どうやらリーンとマリオンは無事のようで俺は安堵する。

 リーンを見ると、回復魔法の詠唱を開始していた。

「 光の 精霊よ聖なる 息吹で 万傷を 癒せ 完全治癒ベルフェクトゥス・ヒール

  ・・・・どういう事・・・私の魔法も使えないわ・・・」

リーンの魔法は不発に終わったようだった。


「ふん!! さっきも【完全治癒】を使っていたからな。大方魔力切れだろう。診断もせず、【完全治癒】などに頼っているから肝心なところで魔力切れが起きるんだ」

 シリウスがリーンをなじる。


「じゃあ、君は【局所治癒】一回で魔力切れかい?」

 マリオンが皮肉っぽくシリウスに言っていた。


「くっ!! そんなはずは・・・」


「私もよ!! まだあと1回くらいは使えるはずよ・・・でも、どうすれば」

2人はベッドで苦しむ患者に何もできず悔しそうにしている。


「僕はもう魔力切れだしね・・・さて、どうするか・・・」

マリオンは魔力切れを認めていた。


「ア、アギラ!! どうしてここに?」

 リーンが俺に気付いて顔をこちらに向ける。

 どうしてと言われればシリウスが何か企んでいると思ってリーンの事が心配だったわけだが・・・

 俺はシリウスの方に目をやった。


「何だ? 私に何か? 落ちこぼれのくせに、この私の失敗を笑いにきたのか? 流石、不正をはたらくだけはあるな。いい趣味をしている。だがな、ただ眺めているだけの貴様には私の事をとやかく言う資格などはない」

 全くそういうつもりはないし、何故俺が不正をしている事になっているのか・・・

 むしろ何故俺を殺そうとするのか問いただしたいところである。しかし、俺はそれを口にするのを躊躇った。今思えばシリウスが俺を殺そうとしたという証拠を掴んでいないのだ。この前冤罪の容疑をかけられた俺としては慎重にならざるをえない。

 それにシリウスの様子がどことなくおかしい気がする。この前の時より余裕が全く感じられないのである。何があったのだろうか?


「何があったんだ?」

俺はリーンに聞いた。


「そ、それが・・・」リーンが返事をしようとした時、マリオンがそれを遮った。

「そんな事よりまずはこの患者だ。尋常ではないくらい苦しんでいる」

マリオンが患者の方に目をむける。


「わかった」

 俺は患者のベッドの横に移動して手をかざす。シリウスが「何をする気だ」とか言っているが無視をして、さきほどリーンが言っていた詠唱を開始する。念のため、小さな声でぼそぼそと。しかし、どこか間違っていたようで魔法は発動しなかった。俺は例のごとく魔力を合成して完全治癒ベルフェクトゥス・ヒールを再現する。

 患者は光に包まれ、苦しんでいたのが嘘のように容体が安定していく。


完全治癒ベルフェクトゥス・ヒールだと?! 貴様まで? どういうことだ?!」

 シリウスが驚きの声をあげる。


「すごいな。剣の腕だけでなく、魔法もそのレベルとは・・・」

 マリオンは感嘆の声をあげた。  


「ちょ、ちょっと、攻撃魔法だけじゃなく回復魔法も高レベルのものを使えるなんて、どういう事よ」

 リーンも驚いているようだった。そのあと「わ、私も、もっと頑張らなきゃ」という小さな呟きが俺の耳に届いた。


「ねぇ、幻覚なんじゃないの? そう言ったわよね?」

 俺について来ていたウルティマがシリウスに詰め寄り質問した。未だに現実を受けいれる事ができないようである。ここまでくると変な葉っぱでもやっているのではと逆に心配になってくる。言ってることも『世界を救う』という変な妄想に取り憑かれているようだし、時折プルプルと体が震えている。変な葉っぱが切れた禁断症状ではないだろうか。


「いや・・・幻覚魔法など使ってはいない。これは現実だ・・・いったい、どういう事だ。貴様は試験官を操って不正に入学したんじゃないのか?」

 とんだ濡れ衣である。たしかに、俺の点数を考えればそう考えてもおかしくないところであるが証拠もなく断罪するとは・・・


「いや、そんな事はしていない。なにより幻覚魔法など使う事すらできない。証拠もないのに変な妄想で人を貶めるのは感心しないな」


「証拠ならあるっ!! 確かに試験官には操られていたものがいたのだ。私にはそれがわかる。そして、それをした疑いのあるのは貴様だろ。でないと筆記試験で17点しか取れなかった貴様が受かっているはずはないのだ」

 はうっ。大きな声で、それを言うんじゃない。


「それは違う。実は採点ミスがあって、本当の点数はもっと上だったんだ。おそらく50点くらいはあったはずだ」

 嘘は言ってないはずである。詠唱部分の得点が全て点になっているはずである。俺は黒歴史の改ざんを試みた。


「なん・・・だと・・・それじゃあ、一体誰が・・・」

 どうやらシリウスは試験官が操れていた事には自信があるようだった。本当に一体誰が試験官を操っていたのか・・・

「なるほど。それなら納得だね。アギラの魔法は凄いレベルだから、筆記試験で50点もあれば余裕で合格じゃないか」

 マリオンは頷いた。

「そ、そうね。アギラは凄いんだから。私は他にもアギラが凄いのを知ってるのよ」

 リーンが手放しで褒めるので、俺は少し照れた。


「じゃあ、やっぱり今日起きたことは全て現実ってことなのね・・・」

 ウルティマは何だかしょんぼりしている。


「あれが・・・全て現実・・・・?・・・・これが【光の戦士】の実力という事か・・・まがい物とは比べるべくもない」

 アルティマは意味不明な事を口にしていた。この2人は大丈夫だろうか。やはり、変な葉っぱを大量に吸っているのではないだろうか。



 患者の容体が安定したのを見て俺は再度リーンに尋ねた。シリウスに何かされなかったのだろうか。先ほど襲ってきた男達とシリウスを結びつける何かを探そうとした。

「それで、ここで何があったんだ?」


「それが、シリウスが一件、一件回るより病院に収容されている患者を一気に治した方が効率がいいという事でここにきたんだけど・・・私とマリオンが何人か治した後にシリウスがこの患者に【局所治癒】を使って治ったと思ったら、しばらくすると苦しみだして・・・」

 どうやら普通に治癒をしていただけのようである。というか、リーンとマリオンにいいところを見せようと思ったら失敗してしまっただけのような気もした。

 そこでシリウスが声を上げた。


「私の【局所治癒】は完ぺきだったはずだ。それがいきなり苦しみだすなど・・・ありえない」


「だから【完全治癒】の方が良かったのよ。治す箇所が間違っていたのよ」

リーンが指摘する。


「私の診断は完璧だった。心臓に病がある事は私から見れば明白だったんだ」


「けど実際、苦しんでいたじゃない。診断が間違っていたのよ。アギラが来なかったら、この患者はどうなっていたか分からないわ」


「ぐっ」

シリウスは顔をしかめる。


「もしかすると、心臓が正常に戻ったことによって、その血流によって他の部分が損傷を受けたとか・・・」

 そんな症例を前世のテレビか本だったかで見たような気がしたので、俺は呟いた。


「正常になったのに他を傷つけるなんて何を言ってるのよ」

 ウルティマが俺の発言にオラつき始めたが、どこか元気がない。実際俺にもよくわからない。だから小さく呟いたのだ。俺はウルティマに返す言葉がなかった。


「そうか・・・動脈瘤ということか。なるほど、それは考えられる」

しかし、シリウスは一人納得しているようだった。


「どういう事?」

ウルティマはシリウスに問う。


「あなたに言っても分かるとは思わないが・・・」


「くっ」

 ウルティマはシリウスには俺のように強くは出なかった。何か弱みでも握られているのだろうか。それくらい俺とシリウスとで態度に差があるのである。


「つまり、血管の壁が弱くなった部分がこぶ状になったところに、私が完璧に心臓を治してしまったがために、勢いよく血流がそこに流れ込み破裂してしまったと」

 完璧に心臓を治したという部分をいやに強調していた気がするが、そこはスルーである。言ってる意味は何となくしか分からないが、シリウスが納得したのならそれでいいのではないだろうか。俺は無言で同意を示し頷いた。


「一目見てそこまで見破るとは・・・本当に採点ミスと言う事か・・・それならば不正をはたらいたものが他にいるということになるが・・・」

 シリウスはウルティマの方をチラリと一瞥すると、ウルティマはプルプルと禁断症状が出始めているようだった。


「もし仮に不正をしたとしても、それが魔法によるものであるなら特別クラスにいてもいいんじゃないか? 試験官を操る魔法なんてそれはそれで凄い気もするけど・・・」

 何としても不正をしたものを突き止めようとするシリウスだったが、今さら特別クラスの誰か一人が欠けるのは誰も望まないんじゃないだろうか。人を操る魔法というのは師匠にも教わっていなかったので、素直に凄いと思い、そう言った。


「不正は不正だろ・・・・」

シリウスは呟いた。どうやら、俺の言葉は彼には届かないようである。


 その後も話を聞いている限り、シリウスがさっきの男達と関係を持っている証拠は一向につかめそうにはなかった。というより、何やら無関係のような気さえしだしたのだ。いいところを見せようとして逆にリーンとマリオンの凄さに余裕がなくなった、というところだろうか。

 それでは一体あの男達は何だったのだろうか。最初に俺を狙っているような発言をしていた気がするのだが・・・・ザックという調査団が明らかにしてくれるのを祈るばかりである。


 こうして、俺たちはその日は解散する事になった。全員今日はこれ以上魔力が使えそうにないという事だったからだ。俺はまだ余裕があったが、皆に合わせることにした。今回の目的は特別クラスの有用性であるので、俺一人が話題になってもそれは特別クラスの存続にプラスに働かない気がしたからである。


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢



 次の日、授業でティーエ先生がいきなり試験官を操った犯人捜しを始めたのである。どうやらシリウスが先生に何か言ったようである。


「皆さん目を瞑ってください。・・・目を瞑りましたか。では、私こそがその犯人であるという方は正直に手を挙げてください。そうすれば、私はこの事は誰にも漏らすことはしませんし、追及する事もありません」

 俺は目を瞑りしばらく待った。果たしてこんな方法で犯人が分かるのだろうか。そして、ティーエ先生は目を開けるように皆を促した。


「皆さん、犯人は分かりました。ですが、これ以上追及しても誰も得することはありません。私はむしろ試験官を操ってまで入ったその技術を評価したいと思います。だから皆さんもこの件でこれ以上犯人を追及するのはやめにしましょう」

 先生もどうやら俺と一緒の考えのようだった。やはり人を操る能力はすごいものなのだ。先生の采配に脱帽である。俺は先生に敬意の眼差しをむけた。


 他のみんなも賛同の声を上げた。ミネットは「自分の研究に他人は関係ないにゃ」と他人の不正など全く気にした様子ではなかった。一人シリウスは納得がいかないという顔をしていた。


 そして、何日か慈善活動を続けた結果、特別クラスの廃止の危機はなんとか免れることになったのだった。全員が一丸となり、特別クラスの存続を勝ち取ったのだった。

 


♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢



 俺は呪術研究会の合宿について一つ悩んでいる事があった。

 それは、夏休みの合宿へ行くのに馬車を使うか、それともなんとかして全員で飛んでいくことができないだろうかと考えていたのだ。しかし、それは予期せぬ解決方法が見つかったのである。


 前に遺跡で救ったリゲルが浮遊石とともに大量の食材を届けてくれたのである。それも魔道列車という線路のない地面を高速で移動する事ができる貨物列車で運んでくれたのだ。

 リゲルやエルナトは忙しくして来れなかったそうで、届けてくれたのは遺跡で救った兵士の何人かであった。

 俺は貨車の部分に乗せてもらえないか頼んだところ兵士は2つ返事でOKを出してくれたのである。むしろ、座るもの等、何もない空間ですが、いいんですか? と恐縮されてしまったくらいである。

 俺にとっては何もない事は好都合でしかなかった。アーサーに家具類を運んでもらえれば、動く部屋の完成である。


 夏休み。合宿。俺の心は弾んでいた。

 

  


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