第85話 アバロン湯けむり殺人事件 ~事件編~

今日はクロエ部長の提案で呪術研究会のメンバーで2泊3日の温泉旅行に行く事になっていた。

場所はカイエン王国の南に位置するアバロンという温泉宿だ。馬車で行けば夕方には着くという事だった。馬車を使わない方が早い気もするが、今回の目的は日ごろの疲れを癒し、皆との親睦を深めるという目的なので馬車でゆっくり行く事に賛成した。

しかし、馬車を借りて乗り込もうとするときに事件は起きた。後ろから怒りに満ちた大きな声で俺の名を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。


「アギラーーーー!!」

その声の主はマリオンをストーカーしていた鬼人族だった。確かカイゲンと名乗っていたやつだ。そして、その横には小柄な鬼人族が前と同じように付き従っていた。

俺以外の呪術研究会のメンバーも振り返って、その2人を見た。


「知り合いか?」

ソロモンが俺に尋ねた。


「いや。頭のおかしいやつらしい。」

俺はあまり関わりたくなかった。この前の復讐に来たのだろうか。こんなところで騒ぎを起こしたくなかったので、どうしようか考えているとカイゲンは俺に向かって叫び続けた。


「マリオンというものがありながら、他の女性といちゃつくなど・・・許さん!!!」

はっ?・・・どうやら、カイゲンは何か勘違いしているようだった。呪術研究会のメンバーと温泉旅行に行くだけなのでいちゃついて等いなかったはずなのだが・・・

そもそも、本当はマリオンとは何の関係もないのである。俺が誰と行動しても非難されるいわれはない。しかし、それを言うとややこしくなりそうだったので、俺は伏せておくことにした。


「マ、マリオンさんとは?」 

クロエが誰ともなく聞いた。 


「特別クラスのマリオンの事か?」

ソロモンがそれに疑問形で答えた。


「なんかいろいろと誤解しているようだから、ちょっと話してくる。」

俺は何とか穏便に済ませようと考えた。最悪、全力で顎を狙って気絶させるしかないと考えた。


「前は使わなかったが、今回は使うぜ。」

俺が近づこうとすると、カイゲンは何かをしようとした。


「アニキー、やっちゃってください。」


「今回はお前もやるんだ。あんな外道に正々堂々なんて関係ねぇ。」


「アニキー。分かったっす。おいらもやるっす。」


2人は詠唱を唱えた。


『『 我が力 我が呼びかけに応じて 顕現せよ 武器召喚ウェポン・コール 』』


その魔法は森の中で見た事があるものだった。魔法陣が出現し、そこから武器を召喚したのだ。

そこから召喚された武器を見て俺は目を見開いた。


後ろからソロモンの驚きの声が上がった。


「・・・・・丸太・・・・だと・・・・」


魔法陣から身長の倍はあろうかという丸太が現れた。それを2人は軽々しく片手で持ち上げていた。

何故、丸太??確かに、丸太では持ち運ぶ事はできないから、武器召喚するしかないかもしれない。しかし、何故。あれは普通の丸太ではないのか。油断を誘っているのか。

俺は数々の疑問があったが、カイゲンの元へと近づいた。


「ケナス、丸太は持ったな!!」


「ハイッス。」


「行くぞぉ!!」

2人は俺に攻撃を開始しようとした。


俺は右手をあげて2人を制止した。

「待て!!」

「なんだ。命乞いか。」

カイゲンは攻撃を止めた。

「お前らは何か誤解をしているぞ。今日は魔導士学園の研究会の活動の一環なんだ。」


「何?女性を連れてどこへ行くつもりなんだ?」


「アバロンっていう温泉旅館だけど・・・」

嘘を言おうか迷ったが、バレた時に面倒なので本当の事を言う事にした。


「やはり、殺す!!」

カイゲンは丸太を大きく振りかぶった。

「待て、待て。この事はマリオンも知ってるんだ。本当に研究会のメンバーで親睦を深めるって目的なんだって。お前らの考えているような事じゃない。」

後でマリオンに口裏を合わせてもらえば大丈夫だろう。


「マリオンも知ってるだと・・・」

マリオンの名を出したら、カイゲンは少し冷静になってくれたようだった。


「・・・分かった。・・・それなら、お前が良からぬ事をしないように、俺達もその温泉について行くぞ。もし、嘘だった場合はどうなるか・・・分かっているんだろうな。」

えっ。来るの?

2人が落ち着いたのを見て、俺は馬車へと戻った。


「大丈夫だったのか?」

ソロモンが俺に聞いた。

「うーん。誤解は解けたような気がするけど・・・なんか温泉に来るらしい。」

不安を残したまま俺は馬車へと乗り込んだ。


馬車は動き出し、カイエン王国へと向かった。

その後ろには2人の影が走って追いかけるのが見えた。よく分からなかったのはカイゲンは丸太を持ったまま走っていたことだった・・・




俺達は夕方頃に宿泊先のアバロンに到着した。

俺達が到着してすぐに、息を切らしながら鬼人族の2人も到着した。カイゲンの手にはもう丸太は握られていなかった。

「ここが、温泉宿か。かなり立派じゃねぇか。」

カイゲンはアバロンを見上げながらつぶやいた。

「そうっすね。アニキー。」


「じゃあチェックインするか。」


「ハイッス。アニキー。」

2人は俺達より先にアバロンの玄関をくぐり、受付へと向かって行った。

俺達はその後ろから、受付へと向かった。

ここは予約がいると聞いているのだが、飛び入りでも泊まれるのだろうか・・・


「2人なんだが泊まれるか?」

カイゲンが受付に聞いた。

「少しお待ちください・・・はい、大丈夫です。部屋は空いております。」

人気でなかなか予約が取れないと聞いていたが、そうでもないのかもしれなかった。


「そうか。じゃあ、これで、この休日のニ泊三日でお願いするぜ。」

カイゲンは銀貨10枚を机に並べた。


「お、お客様。」


「なんだ?多い分はチップとして取っておいてくれて構わないぜ。」


「い、いえ、これでは足りません。」


「なんだと?」


「一泊お一人銀貨7枚からになりますので、このお金ではお一人様が1泊しかできません。」


「アニキー・・・」

2人はお互いを見合わせた。


「し、仕方ねぇ。近くの冒険者ギルドで依頼をこなして金を稼ぐしかねぇ。おい、この辺に冒険者ギルドはあるのか?」

カイゲンは受付に聞いた。クロエは俺の方を見てオロオロとしていた。もしかするとお金を貸すか迷ってるのかもしれない。しかし、カイゲンとはそれほど仲が良いというわけでもない。だから、俺は首を横に振って、気にする事はないとクロエに伝えた。


「この近くにはございませんが、隣の町に行けば・・・」

受付は地図を広げ説明をした。


「ケナス。行くぞ。」


「ハイッす。」

2人は玄関を出て走り去った。それと入れ替わるように、玄関から6人の宿泊客が入って来た。その客は俺を押しのけた後、受付で手続きしようとするクロエに言った。


「おい女。受付の順番を代われ。」

先頭を歩いていた男は脂ぎった体をしていて太っていた。そして、体だけでなく態度もでかかった。俺は文句を言ってやろうと思い、一歩踏み出し肩をつかもうとした。

その時ソロモンが俺の行動をとめるために間に入った。

そして、俺に小さな声で言った。

「やめておけ。」


ティーエ先生も少し不安を感じているようだった。

その太った男は後ろを振り返り、何かに気づいたようだった。

「どこかで見た顔だと思ったが、お前はソロモン男爵のジュニアじゃないか?」


「はっ。そうです。ハリス様。」

ソロモンは恭しく頭を下げながら返事をした。どうやら知り合いのようだった。そして、ソロモンの態度から地位が高い事が窺えた。

それにしてもハリスという名前にはどこか聞き覚えがあった気がするな・・・


クロエは太った男に順番をゆずった。

ハリスの後ろには2人の男性と3人の女性がいた。男性の1人はやせ型でこの暖かい気候にもかかわらず手袋をはめており、眼鏡をかけた40代くらいの男だった。もう1人の男性は服から出る腕から鍛えられていることがわかるガタイのいい男だった。

女性の方は3人ともタイプが違っていたのだが、皆可愛かった。そして、1つ共通していることがあった。全員がリーンがつけられた事のある『隷属の首輪』をしていたのだ。つまり、この3人は奴隷のような扱いを受けているという事だろうか。俺はこの首輪には不快感しか感じていなかった。

しかし、この世界の文化は俺のいた文化とは違うので、ここでこの3人を救おうとは考えなかった。ここで3人を解放すれば、この世界では俺の方が悪人になってしまうのだ。そして、俺だけが悪人になるのであればいいのだが、今日は呪術研究会のメンバーもいるので、みんなにも迷惑がかかってしまう。


ハリスの後ろにいたやせ型の男が手続きを済ますと、その一行は自分たちの部屋へと向かっていった。その時、俺はハリスという名前をどこで聞いたかを思い出した。

ジュリエッタをさらおうとした宰相の三男とかいうやつではないだろうか。そして、ジュリエッタの父やバレンタイン子爵の領地に魔物を放った疑いのあるとかいう男ではないだろうか。

俺はソロモンに確認をとったところ、やはり、宰相の三男という事だった。


今の宰相はメガラニカ王国でかなりの権力を持っており、弱小貴族が逆らおうものなら、たちまち潰されてしまうという事だった。


俺はこの温泉旅行に不穏な気配を感じた。部長であるクロエも、そして大魔法使いの称号を持つティーエ先生さえもただならぬ雰囲気を感じ取っているようだった。


そして、この俺達が感じた予感は、最悪の形で的中する事になった。


次の日の早朝、混浴風呂で1人の水死体が発見されたのだ。


その遺体の人物は・・・・宰相の三男のハリスだった・・・










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