第84話 魔物料理はお好きですか

スライムをバレンタイン子爵の領地から一掃した後、しばらくしてからジュリエッタの家へと招待された。バレンタイン子爵の件でお礼がしたいという事だった。

ジュリエッタの相談の事もあったので、俺とリーンは再びジュリエッタの家を訪れる事にした。


俺達がジュリエッタの家を囲う鉄柵の入り口で呼び鈴を鳴らすと、使用人ではなく、ジュリエッタが迎えに来てくれた。


「お待ちしておりましたわ。」

ジュリエッタが門を開けた。


「久しぶりね。元気だった?」

リーンが挨拶をする。


「ええ。元気でしたわ。それで・・・その・・・この前にも申し上げたように、お二人に教えて欲しい事がありますの。」

ジュリエッタは家の玄関に案内しながら唐突に切り出した。何が聞きたいのだろうか。


「お二人に魔法の使い方を教えて欲しんですわ。」


「えっ? なんで?」

予期していない申し出だったので、足を止めてジュリエッタの方を見て聞いた。


「実は、私魔導士学園の一般クラスを受験したのですが・・・筆記試験はそれなりだったんです・・・でも、実技試験がまるでダメだったんですわ・・・そこでお二人に教えてもらえないかと・・・」

ジュリエッタが魔導士学園を受験していたのは初耳だったので、俺は驚いた。


「ジュリエッタは魔法使いになりたかったの?」

リーンが聞いた。


「いえ、お二人が魔導士学園に入学すると聞いて、私もアギ・・・いえ、入ってみたいと思いまして・・・あれから必死で勉強したんですわ。でも、実技試験が全然だめで・・・」

俺達と別れてから勉強したという事か。何点くらい取れたのだろうか。50点くらいだろうか。俺はあの忌まわしい筆記試験を思い返した。


「へー、それで・・・筆記試験はどのくらいとれたの?」


「77点ですわ。特別クラスに受かったアギラ様やリーンさんには言うのもお恥ずかしい点数ですわ。」

77点だと・・・俺は確か17点・・・いや一般クラスと特別クラスの筆記試験は違うに違いない・・・

ジュリエッタは俺の事を崇拝している節がある。俺の点数を知ってしまえば幻滅してしまうかもしれない。俺が全然筆記試験で点を取れなかった事は秘密にする事に決めた。

と、そこでリーンは俺の点数を知っている事を思いだした。俺はリーンの方を見た。リーンは俺の視線に気づき頷いた。どうやら、アイコンタクトで俺の考えている事が伝わったようだった。


「大丈夫よ。私たちが魔法を教えてあげるわ。私たちに任せておけば、来年は余裕で合格できるわ。実技試験なんてちょちょいのちょーいよ。」

リーンが人差し指を突き出した拳を振り下ろしながら言った。俺の考えが伝わっているようで安心した。


「本当ですの?」

ジュリエッタが期待に満ちた目でリーンを見た。


「本当よ。アギラなんか筆記試験17点で受かったのよ。77点も取れるんなら、私たちが魔法を教えれば簡単に合格できるわ。」

・・・くぅ。さっきの頷きは何だったのか。リーンには何も通じていなかったようだった。これで、ジュリエッタの俺に対する評価が下がっていく気がした。


「じゅ、17点ですの?何で、それで受かったんですか?・・・いや、でも、アギラ様の魔法を見れば、筆記試験なんて関係ないですわ。」

おや。どうやら馬鹿だと思われずに済んだのか・・・


「そうよね。アギラの魔法は反則クラスよね。私にもいろいろと教えてよね。」

リーンは俺の方を向いて言った。リーンもあれから俺に魔法を教えてほしいと言っていたので、ジュリエッタと一緒に教えればいいかなと思った。

ティーエ先生にも教えないといけないのだが、先生はいつも忙しいようだった。俺が詠唱なしでの魔法の使い方を教えますと言うと、忙しいという理由でいつも断られていたのだ。


玄関の前で話も終わり、家の中へと案内されると、そこにはジュリエッタの父親だけでなくバレンタイン子爵も一緒にいた。

俺達が部屋に入るなり、バレンタイン子爵は俺とリーンに握手を求めた。


「ありがとう。君たちにおかげでスライムが一匹残らずいなくなったよ。本当にありがとう。」

バレンタイン子爵は涙を流して喜んでいた。

「何かお礼がしたいのだが、私の領地はそれほど潤っておらず、私自身それほど裕福ではないんだ。」

バレンタイン子爵は申し訳なさそうに言った。

「大丈夫ですわ。アギラ様は見返り等求めてはいませんわ。ですよね?」

ジュリエッタは純粋な目で俺を見つめた。

貰えるものは貰える主義だが、まあいい。今回はいろいろと収穫があったのだ。大量のスライムだけでなく、竜の体内にある魔力結晶の欠片かけらが5つも手に入ったのだ。ルード皇国時代に魔力結晶については教わっていた。手に入れたのは欠片だが、魔力結晶は欠片であっても絶大な力を発揮するのだ。

何故スライムの体内に入っていたのかは分からないが、倒して手に入れたのだから自分のものとしていたのだった。

「そうですね。今回はいろいろと収穫もありましたので、何も頂かなくてもいいですよ。」


「そうか。本当にありがとう。冒険者ギルドでは誰も依頼を達成できない依頼だというのに・・・あなた達は本当に凄いですね。」

おや。あの時森で会った4人はギルドに依頼達成を報告しなかったのだろうか。

俺はあの時の事を思いだした。あの時に出会ったお姉さんの姿を思い返すと、興奮が蘇ってきた。

お姉さんは水着のような恰好でほとんど何も身につけていなかったのだ。そして、その速さがもたらした光景は俺にしか見切ることができなかったであろう。その速さは水着を置き去りにしていたのだ。回し蹴りをした時など乳首が水着から見え隠れしていたのだ。

興奮するなというのは無理な話なのである。あの時は思わず鼻血が止まらず焦ってしまったものだ。

こちらの世界では、あの装備は普通にあるものなのだろうか。あの恰好にどんな意味があったのか。俺はいい意味でカルチャーショックを受けていた。

俺はあの時の事を思い出しながら、顔が自然とにやけてしまっていた。


「あんなスライムなんかは私達にかかれば余裕よ。ねえ?」

リーンの呼びかけで俺は現実に引き戻された。


「そうですね。それほど大変というわけでもなかったですね。あっ、そうだ。これ、よかったら皆で召し上がってください。」

俺は箱をテーブルの上に置いた。その箱の中にはドーナツにスライムをかけたものが10個ほど入っていた。あれからいろいろ試して分かったのはスライムの種類によって味が違うという事だった。俺はいろいろ作ったものをアーサーに預けていた。アーサーの時空間の中は時の流れが止まっているらしく、長期間保存しても腐敗の心配がないので、大量に作って置いてあるのだ。


「これは何ですの?」

ジュリエッタが聞いた。


「ドーナツにゃ。これはいいものにゃ。」

それにアーサーが答えた。


「ドーナツ??」

ジュリエッタと父とバレンタイン子爵はドーナツを手に取り、口に運んだ。


「美味い。」「美味しいですわ。」「こ、この味は・・・」

3人はあっという間に手に持った1つを平らげてしまった。


「この材料は何かね。今まで味わった事がない味だったんだが・・・」

ジュリエッタの父が尋ねた。


「ベースとなるのものは砂糖、卵、バター、薄力粉、油などなんですが、隠し味としてスライムを使っています。」

俺は答えた。


「何!!スライムとな。」

ジュリエッタの父は驚いていた。


「スライムは食べられるような味ではないはずだが・・・」

バレンタイン子爵は呟いた。

その点については俺もよく分からなかった。多分俺のオリハルコンで作った調理器具が作用しているのだろうと思うが定かではないのだ。


「特殊な製法で調理しています。」

俺はそれだけしか言わなかった。分からないのだから仕方がない。


「す、凄いですわ。スライムまで美味しくしてしまうなんて。」

ジュリエッタは感心していた。

実際には俺の腕ではなく調理器具が凄いだけではあるが・・・


ジュリエッタの父は何かを考えこんだ後、俺に提案した。

「もし良ければ、アギラさんの料理を出す店を開く気はありませんか?もし、その気があるなら私が出資します。以前助けてもらったお礼もありますし、何よりこのドーナツという食べ物は非常に美味しい。絶対に売れますよ。」


「もし店を開くなら私の領地で採れた果物やお酒も使ってください。軌道に乗るまでは格安で提供しますし。」

バレンタイン子爵もその考えに乗り気だった。すぐさま自分の領地の果物を勧めて来るとは商売上手だな。


俺は考えた。呪術研究会の方も順調なので、何か新しい事をしようかなとも考えていた所だったのだ。

俺は料理を作って皆が喜んでくれる事に少しはまっていた。だから、この話は凄く興味があった。

それに、大量に作ってアーサーに預けておけば、店員を雇えばそれほど俺がいなくても大丈夫な気もしていた。

「わかりました。学校の近くで店を出せるならやってみたいです。」

俺は軽い気持ちで了解した。


「そうか。では、私の方で店を出す許可や店の用意をしておきましょう。看板や店の申請で店の名前が必要になりますので、今決めてもらえれば、すぐにでもとりかかるのですが。いい名前はありますか?」

ジュリエッタの父はどんどんと話を進めようとしていた。


「名前ですか・・・そうですね・・・」

俺は考えた。しかし、すぐには思いつかなかった。


「魔物食堂なんてどうかしら?珍しくてお客さんが来てくれるんじゃない?」

リーンが提案した。しかし、そんな名前でお客は入ってくれるだろうか。この世界で魔物を食べる事にはかなり抵抗があるみたいだからな。


「あっちにいい案がありますにゃ。マスターの名前の最初の文字リーンの真ん中の文字とあっちの最後の文字サーを組み合わせてアーサー食堂という名前でどうですかにゃ。」

・・・いや、それは全部お前の名前だろう。


「ジュリエッタの名前が入ってないじゃない。そんなのダメよ。」

リーンがジュリエッタに気をつかっているようだったが、そんな問題ではない・・・


「私も参加していいんですか?」

ジュリエッタが聞いた。


「モチのロンよ。名前のいいアイデアがあったら言ってよね。」


「では、魔物料理の最初の文字の『ま』、リーンさんの『リ』、アギラ様とアーサーさんの『ア』、私の『ジュ』を組み合わせて『マリアージュ』というのはどうでしょうか?」


「いい響きね。」

リーンは気にいったようだった。


「マリアージュには料理とお酒の組み合わせ、またその相性という意味がありますわ。それにもう一つ・・・結婚という意味も・・・恥ずかしいですわ。」

何故かジュリエッタは顔を赤らめた。そしてその顔を両手で覆って恥ずかしそうにしていた。


「マリアージュか。洒落てていいかも。」

俺もその名前を気に入った。


「異世界食堂アーサーというのも捨てがたいにゃ。いや、あっちの可愛さを前面に押し出して異世界食堂ねこやっていうのもいい気がするにゃ。」

いや、いろいろ駄目だろ・・・


「それでは。マリアージュで申請しておきますね。店の完成までには少し時間がかかると思いますが、完成が近づいたらまた連絡します。」



俺の異世界料理ライフが今始まろうとしている・・・・・かもしれなかった。



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