第3話「歌にわすれて」
とりあえずの自由を許された
まずは
それも、今できることをやりながら。
それで遊馬は、アイゼルから頼まれた仕事を小一時間で片付けた。成果物を手に場内を探せば、すぐにアイゼルは見つかる。
彼に会うまで歩いた場所は、そこかしこで民が疲れた顔を並べていた。
その数、五千人弱……皆、命からがらこの城に逃げ込んだ者達だ。
「アイゼルさん、頼まれていた
遊馬の声に騎士の青年は振り向く。
彼は「ん、ありがとう」と言ってくれたが、差し出した
彼が見詰める先の大広間には、不思議な歌声が満ちていた。
なんだろうと遊馬も、アイゼルの眼差しを追って首を巡らせる。
避難民がひしめく中、子供達が輪を作っていた。
その中央でナルリが、歌っている。
重苦しい沈黙で
アイゼルも以外そうな顔をして、ふむと
「不思議な
「ええ、妙なんです。変ですよね」
「ああ。この状況下で誰もが、民への
「これが彼女に、ナルリに今、できること。お互い、まずはそれをやるって彼女も言ってくれてましたから」
「フッ、そうだな。どれ、頼んだ仕事を見せてもらうぞ。確か、遊馬だったな」
アイゼルは遊馬から
敵軍が送りつけてきた書状の翻訳は、不思議な指輪の力を得た遊馬には
そう、遊馬はこの絶体絶命の
それは、アイゼルが
そのアイゼルだが、翻訳された文章を読んで
「ふむ、まずいな」
「ええ、まずいですね。二重の意味でまずいです」
「わかるか? 遊馬」
「なんとなくは」
この城を取り囲む闇の軍勢は、アイゼル達の国を滅ぼした。そうして今、逃げ延びた王族を根絶やしにしようというのだ。
そのための
そして、書面には
「遊馬、君の翻訳が正しいとすれば……少なくとも民は助かる。……奴等の
「ええ。姫の身柄を差し出せば、他のものの生命は奴隷として保証するそうです」
「どこまでも
「なるほど……では、約束が守られる保証はないとも言えますね。そしてまずいことに」
「ああ。この書簡を見れば、我が姫は自ら進んでこの城を出るだろう。そういうお方だ」
そう言ってアイゼルは、遊馬の翻訳した文章を
その横顔を見上げて、遊馬は実直に疑問をぶつけてみた。
「アイゼルさん、
「……そうだ。しかし、この大陸にもう連中と戦える国家など存在しない」
「アンデットが率いる軍勢が、一週間や一ヶ月で態度や指針を変えるとも思えませんね」
「そうだ。我々は絶望的な状況でこの城を選んだ。……ここは聖なる場所だからな。古き
アイゼルは「あとで城の地下に来てくれ」とだけ言い残して、去っていった。彼も忙しいのだろう。それを見送る遊馬の隣に、気付けばナルリが立っていた。
少し恥ずかしそうに
「……いつからいるのよ。聴いてた、でしょ」
「歌、上手いんだね。周りを見て、一時とはいえみんなが不安を忘れられたみたいだ」
「これくらいしかできないなんて。あたしは異世界でなら、大活躍して英雄になれる……そう思ってたのに」
ナルリは彼女なりに、
「いい歌だったね。宇宙を生きる
「よしてよ、もう。あたしの
「凄いね……歴史ある一族なんだ、ナルリの家は」
「そうよ。辺境宇宙の名だたる氏族と
彼女は、遊馬のいた現代の日本よりも、遥かに優れた科学文明の人間だ。無限に広がる星の海を渡り、宇宙の半分を
だから彼女は、謎の女性から不思議な指輪を
「ナルリ、アイゼルさんが城の地下に来てくれって言ってるんだ」
「そ、頑張んなさいよ? あたしは、ここにいる。子供達も
「それは、ゴメン。一緒に来てほしいんだ」
「え? あ、あたしに?」
「君が必要だ。多分、恐らく。きっと、確実にね」
遊馬が手を伸べると、おずおずとナルリは手を重ねてくる。
手と手の中で指輪と指輪が、まるで呼応するように小さく、リン! と鳴った。
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